第24話 番でもないのに、何故邪魔をする。
私は布団の中で目を覚ます。外がいつもの朝より明るい。
「あれ……寝坊しちゃったかな……」
妙にぬくぬくとした寝心地だ。腕の中に何かを抱いている感覚。もごもごと声が聞こえてきた。
「音がうるさかったから、叩いたら止まった」
「夜さん? アラーム止めたの?」
布団をめくると、黒い頭が中から飛び出す。
出てきたのは猫耳の生えた20代くらいの全裸男性だった。
「うぎゃーッ!!」
「どうした、楓!?」
私の叫び声に、紫乃さんが数秒でやってくる。
バシンと開かれた障子の向こう、紫乃さんがこちらを見てみるみる真顔になる。
「これは合意か? 非合意か?」
「ひひひ非合意ですとも!」
「何を言うか楓殿。某は楓の飼い猫なのだ、非合意なわけなかろう」
夜さんは不服であると言わんばかりに主張した。
声は確かにいつもの夜さんだけど、猫耳全裸成人男性が喋っていると、理解が追いつかずに頭が混乱する。
切れ長の目元が涼やかな美形だが、いかんせん全裸だ。
「か、飼い猫なら猫の姿で入っててよ~!」
「とにかく、楓の布団に入るな、出ろ」
紫乃さんが捕まえようとすると、夜さんは猫の姿になってひらりと逃げる。
私の背中に隠れながら、毛繕いをしつつみゃあみゃあと鳴いた。
「落ち着け筑紫野の神よ。猫の某が人間の楓殿に発情するわけなかろうが」
「発情するかどうかは些事だ些事、お前が楓の布団に入ること自体がよろしくない」
「ふん、全身で暖を取らせてやろうと思ったのだ。猫として至極真っ当な行いであろう」
「なら猫の姿でやれ、猫の姿で」
紫乃さんは夜さんを後ろから引っ張り出す。
夜さんは畳に爪を引っかけ、にゃああ、と伸びて抵抗する。
「ふ、ふん、貴殿は嫉妬しておるのか? 悔しければ猫になるがよい」
「誰が嫉妬するか、俺は楓の神だぞ。ほらこっちに来い」
「にゃーッ」
にゃあにゃあと抵抗する夜さんに、引っ張る紫乃さん。夜さんが長く伸びている。
「ま、まあまあ……夜さん、布団の中に人間の姿で入るのはやめよう、ねっ」
私はとりあえず二人の間に割って入った。夜さんは不満であると言いたげに、二本の尻尾をゆらゆらと揺らす。
「気にするとは嘆かわしいぞ楓殿。筑紫の神の戯言に惑わされるとは」
「いや気にするよ普通に」
「むむう」
夜さんは恨みがましく、紫乃さんを半眼で睨む。
「そもそも筑紫の神よ。貴殿は楓殿の
「それは実質的にはお前の言う夫婦(つがい)だし、十八まで育てた保護者だからだ」
「ふん、曖昧な答えだな。実質的にと言うが本当の番ではないではないか。そして保護者ぶるのであれば、そろそろ楓殿の交友関係に口出しはやめろ。楓殿は成人なのだろう、養育者離れをする年頃ではないのか?」
「……」
紫乃さんが一瞬じっと真顔になる。
夜さんが勝ち誇ったように目を眇める。
「ふふん、言い返せぬなら去れ」
「……はいはい、それとこれとは別だから」
「ににゃーッ!」
紫乃さんは夜さんを抱えて、ぺいっと寝室から廊下に放り出す。
「心外であるぞ筑紫の神、某は猫として楓殿に接しているだけだ、こら、話を聞け、にゃー!」
夜さんはしばらく障子の向こうで文句を言っていたが、お腹が空いたのだろう、しばらくすると台所に向かっていった。廊下はいい匂いがするから仕方がない。
嵐が去った部屋の中、紫乃さんが気遣わしげに私に尋ねる。
「……あれ、大丈夫か?」
「あはは……まあ飼うと決めたのは私ですし、大事にしますよ」
「困ったときはいつでも相談しなさい」
「はーい」
私の髪をわしわしと撫でて、紫乃さんが部屋を後にしようとする。
そして、ぴたりと足を止めた。
「紫乃さん?」
「……まあ、確かに夜の言うことにも一理ある。少し話をしてもいいか?」
「はい、どうぞどうぞ。あ、布団」
「いいよこのままで」
紫乃さんは私の前に座る。私も掛け布団を畳んで脇に寄せ、彼の前で正座する。ふと、寝起きのままだと思い出した。恥ずかしい気もするけれど紫乃さんが気にしていないのならまあいいか、と割り切ることにする。
「楓。十八歳になったら聞くつもりだったんだが……。これからについて希望はあるか?」
「希望……とは?」
「今の楓として、俺と夫婦になりたい?」
「……思いのほか直球ドストレートに来ましたね」
「ぼかしても仕方ないだろう」
肩をすくめ、紫乃さんは続ける。
「夜の態度を咎めるなら、なるほど確かに、当然俺も自分の立場もそろそろはっきりさせておいたほうがいいだろう。親代わりとして楓と接していくのなら、恋愛対象から降りて、楓の自由恋愛を受け入れないといけないし」
紫乃さんはしかめ面で続ける。
「あの猫は論外だが」
「それは論外なんですね」
「人間になれるのを隠したまま布団に入る猫、俺は認めません」
「あはは……」
「で、楓はどう思う? 今のところ」
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