第23話 その頃、夢の国にて
「ああ、楽しかったー」
頭に真っ白なツイードのネズミ耳カチューシャをつけて、尽紫は夢の国を見渡せるホテルのテラスに佇んでいた。
ベッドの片隅には精気を抜かれた贄山が全裸で髪でぐるぐる巻きにされて転がっている。
尽紫は夜景に見とれた。夜景に浮かび上がる城に、魂の輝きに似たイルミネーション。深呼吸すると、人々の解放された快楽と欲が体の中にいっぱいに集まる。
それでも尽紫の霊力は人数ほどは回復しない。
「ちょっと贄山ちゃぁん、お腹空いたわあ。あなたの霊力もう少しちょうだい」
「ひぎっ!? あっ、も、もう無理れしゅう」
「もっと喜びなさい、私が直々に吸ってあげるのよ?」
「ひぎい」
そのとき、部屋に似つかわしくない匂いが漂う。
肉汁とふかした何かの匂いだ。
「限定品のネズミカチューシャに夢の国、実に楽しそうで何よりです」
「……」
尽紫が振り返ると、テラスの手すりに中華風の長衣を纏った男が座っている。長い黒髪に丸眼鏡、常に口元に笑みをたたえているが、切れ長の目は笑っていない。
夜にもかかわらず、彼の周りをカチカチと特徴的な鳴き声をあげるモノトーンの鳥が飛んでいた。
「高層ビルディングで夜景を楽しみ、次は電車を乗り継いでここまで。これもその男のプランですか? それとも、誰かの修学旅行でも真似をしているんです?」
「……何をしに来たのかしら? お使いもこなせない始皇帝のわんちゃんは」
「肉まんと情報を渡しに来たのですよ、あなたが空腹でくたばる前にね」
肉まんは横浜中華街のものだ。
「横浜って遠いのよね」
「一時間半ほどですよ。まあ我は直接ここに来たので五秒ですが。神奈川にも我の足跡はありましてね。だから中華街にもちょいちょい」
そこに、怯えた様子の贄山が口を挟む。
「あ、あああの尽紫しゃまあ、その男は一体」
「あら。贄山ちゃんにも顔でわかってもらえないようよ? 落ちぶれたわね?」
「フィクサーは裏にいるものですよ。あ、甘栗もあげましょうか? 彼にも食べさせます?」
「そうね? 食べたほうが長持ちするわよね。ほら、あーん」
「はひい……尽紫様……♡」
二人の様子を眺めながら、中華服の男は笑う。
「楓さんはどんどん力を取り戻してますよ」
ぴく、と尽紫の動きが止まる。男は尽紫の態度を楽しむように続ける。
「あの子あんまり悩みませんからね、ドーンでバーンですよ。悔しいですねえ、あなたのやり方でへこんでくれるのは、あなたの弟さんだけですよ」
「……嫌味を言いに来ただけ?」
「取引しません? あなたが神通力を貸してくださるなら、巫女を籠絡してみせます」
「あらぁ、あなた如きが?」
「方士を舐めちゃあいけません、倭国の封じられた土地神よりもずっと修練を積んでいますからね」
「始皇帝ひからびさせる甲斐性なしも強く出たものね? 不老不死の薬は自分の分しか作れなかったくせに」
「……」
「……」
「いいわ、その代わり紫乃ちゃんに手を出したらもぐわよ」
「ご安心を。我は人間にしか興味ありません」
尽紫が嚙み切った指から血が溢れ、勾玉を形成する。
そして髪を抜いて一振りすると、長い簪が形成された。
男は拱手をしてそれを受け取ると、髪をくるくると巻いて立ち上がる。
「残りは差し上げます。レンジでチンするとより美味しいです」
「レンジ……?」
「おや、知りませんか?」
「し、知ってるわよ。でも面倒だもの」
尽紫は贄山の腹を、なぞる。
「そうだわ。また、あなたの
「ひぐっ!?」
びくつく贄山。男はつまらないものを見るような眼差しで見下ろす。
「せいぜい四十度程度の肉で美味しくなるとは思えませんけどね、お好きにどうぞ」
にっこりと唇だけで微笑むと、男は姿をサッと消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます