第14話 先生は構われたい
「都合上、稲荷神ってことにしてるよ。稲荷神にしとくと全国各地で疑われないし、伏見稲荷(そうほんざん)とは所属先貸し(バーチャルオフィス)の契約もしてる。明治以降結構これで生き延びてる神霊は多いんだよ」
そう言いながら、紫乃さんはぽんと頭にふわふわの狐耳を出す。
稲穂色の綺麗な髪によく似合ってる。
「撫でていいですか」
「いいよ。優しくな」
「ふわー」
ふかふかの耳を私に撫でさせながら、紫乃さんは続ける。
「というわけで今日の依頼は大牟田のふわふわでキラキラの魂たちのお祓いだ。最近はレトロブームで全国各地から愛好家が多く集まるせいで、こう、写真に写りたがりで構って欲しがりのキラキラが地の底からわらわら出てきてるらしくて。あと単純に旅行客が訪れると、体にまとわりついた念とか霊が、そのまま大牟田の土地に吸着されて取れなくなる」
「吸着……」
「全国各地から人がたくさん集まっていた土地は、吸着しやすいんだ。土地がさみしがりだから」
私は紫乃さんの横顔を見た。紫乃さんは流れゆく窓の外を眺めている。
こちらが話しかける前に、紫乃さんが続けた。
「普段なら危なげない仕事なんだけど、今回に関しては念のため、現地の土地神にも同行を依頼した。楓にも会いたがってたし、依頼しなくても来てくれる人ではあるんだけどな」
特急に乗って二十分弱、西鉄二日市駅に到着するというところで、ふと車窓の外、進行方向に向かって左側に目を向けた。タイミングよく、線路すぐ脇の小さな社が目に入った。
線路に向かって建てられた鳥居と、揺れる満開のユキヤナギの白い花が目に焼きつく。
ふと、そこにいる誰かと目が合った気がした。
「あれ……」
次の瞬間。私はそこにいた。
電車に乗っていたはずなのに、なぜかそのお社の境内に立っている。
私が乗っていたはずの西鉄電車が、少し先の西鉄二日市駅で停車した。
「…………し、紫乃さん!? あれ!? 私だけ!?」
私は慌ててはやかけんを握りしめ巫女装束を身に纏い、あたりを見回す。
「ここだここ」
「あ」
私のほうに向かって、梅の枝がひらりと風にのってやってくる。
キャッチすると花が話しかけてきた。
「儂を素通りするつもりであったろう、せっかく梅花の季節につれないではないか。季節に遠慮せずとも楓はいつ訪れてもよいというのに。筑紫の神は過保護にするのは結構だが、儂を素通りさせようとするなど、まったく」
楓の秋ではなく、春だから遠慮するつもりか、と言いたいのだろう。
花がぷりぷりと怒っている。なんだか可愛くて微笑ましい。
「申し訳ありません。ええと、何もお供えするものがないなあ」
「よい。楓が何よりの手向(たむ)けよ」
それからしばらく境内の花を眺めたり他愛のない話をして過ごしていると、つかつかと早足で紫乃さんがやってきた。
「二日市駅から歩いたぞ」
「すみません、くつろいでました」
紫乃さんを見て、花が溜息をつくように揺れる。
「ふん、筑紫の神がやっと来たか。なぜ楓を儂のもとに連れてこない。嫉妬か、嫉妬か」
「嫉妬するわけがないだろう、俺は楓の神だぞ」
紫乃さんは肩をすくめる。
「太宰府は一筋縄ではいかない神霊やあやかしが集まりすぎて、人の念も強すぎる。まだ今の楓だと危ないと、先生もわかっているだろう」
「さみしいではないか」
「そう拗ねるな、他の天満宮なら連れていくって。今日は次の特急が来たら行くから」
「ふん。早く修行を積んでひとりで遊びに来なさい。甘いものでも食べようぞ」
「お誘いありがとうございます。ではまた」
私と紫乃さんは先生と別れる。西鉄二日市駅までは歩いてすぐだ。
時折通り過ぎていく普通列車や急行列車を見送りながら歩きつつ、私は尋ねた。
「……なんか私すごく愛されてます?」
「愛されてるよ。梅ヶ枝餅の話は覚えてる?」
「はい、あやかしや神霊さん抜きに一般常識としてふんわりと」
紫乃さんは榎寺の裏に目を向ける。そこには浄妙尼という女性の祠があった。
配流され不遇な生活を送っていた菅原道真(せんせい)に真っ先に餅を渡し、世話を焼いたというおばあさんの祠だ。
「あの梅を渡した浄妙尼(ひと)、前世の楓だよ」
「へー……って、えっ!?」
「老女として伝わっているし本名も残っていないけどな。若い巫女がかいがいしく食事を運んだって話だと、別の意味に聞こえるから変わっていったんだろうね」
「確かにおばあちゃんが渡したほうが優しいエピソードっぽくなりますね」
「だから今の楓に対しても、何かと構いたくなるんだろう、祖父気分で」
「それは嬉しいですね。おじいちゃんがいるって」
「子ども好きなんだよ。近所の幼稚園でも目撃例あるし」
「あるんだ……」
普段は全く意識しないけれど、私は人間としての血縁者を誰も知らない。
紫乃さん曰く、『楓』は天涯孤独の身で生まれてくるのだという。
その出自に特にさみしさを感じないのは、きっと紫乃さんや羽犬さん、先生やあやかしや神霊のみんなの愛情のおかげなのだろう。顔すら知らない実の両親もきっと、私がご機嫌に暮らしているのが嬉しいだろうから、生まれるきっかけをありがとう! と、心の中で感謝しておく。
紫乃さんが私の表情を見て、ちょっと不満げに唇を尖らせる。
「育てたのは俺だからな。それに楓は俺の巫女だ」
「対抗するところなんですか、そこ」
「そりゃそうさ。男親役で女の子を時代に即して育てるの、頑張ったんだから」
「おかげ様で元気に育ちました」
「うん、可愛い可愛い」
駅までの発掘現場ではきらきらふわふわと魂が見えた。
姿がおぼろげにしか見えないなあ、と思っていると、紫乃さんの手でさっと目を覆われる。珍しく低い真剣な声音で、紫乃さんは私に囁く。
「今の楓は見るな。強い思念や神霊に、心を惑わされかねない」
「は、はい」
私は視界を隠されたまま、素直に誘導されて改札に入る。
本来の用途で使ったはやかけんをしまったところで、紫乃さんはようやく手を退けてくれた。
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