第9話 元の人生の断片
「これからアイドル観に行くうちらにそれ言う?」
「審美眼は信じとるし?」
人魚さんが私にも笑顔を向ける。
「楓ちゃんもありがとうね、巫女の霊力ばっちり入ってる~!」
「そ、そうですか?」
「うんうん。うちら絶対ファンサ貰えるわこれ」
彼女たちの隣には手足が生えた鯉が一緒に座っている。庭の池から出てきたらしい。
人魚の前ではやっぱり礼儀として席に着くものなのだろうか。羽犬さんはちゃんと彼(?)にも可愛い小皿で麩を配膳する。可愛いな、なんか。
「いただきまーす!」
彼女たちは手を合わせ、美味しそうに平らげていく。鯉も行儀よく背筋を伸ばして麩を食べている。
よく見たらみんな色違いのおそろいのバングルをはめていて、スマートフォンのストラップも大荷物の鞄にも、どれにもカラフルなグッズがついている。
「私全然記憶ないんで教えて欲しいんですが、ライブよく行くんですか?」
「当然! 人魚は歌と音楽といい男が好きだからね!」
「全国ツアー行くために人間の振りして生きてるってもんよ。世界ツアーはセイレーンやバンシーもよく見るよ」
「へー……」
羽犬さんが話を補足する。
「ねーさんたち、普段は人間として生きとらすとよ。特に福岡は人間だけやなくて、あやかしの擬態生活も支援しとって身分証明が取りやすいから」
「へーそんなことできるんですね」
「人口は多いに超したことはなかやろ? あやかしは一度居着くと人間より長生きだし税収はよかけんね」
「そ、そんな視点が……」
人魚さんたちはうんうんと頷き合っている。
「推し活にはお金かかるし、普段は人間の真似して生きてるんだけどねー」
「やっぱり足伸ばして過ごしたいじゃん? そんなときここに来ると気楽なんだよね」
「へえ……」
ふとその話を聞いて足下に目を向けてぎょっとする。
いつの間にか、掘りごたつの中が水槽のように水で満たされている。彼女たちのすらっとした下半身が全部魚のそれになっていた。なるほど、ミニスカートだと座ったときに下半身を元に戻しやすいのかと思う。
「そうそう楓ちゃん! アクスタに霊力籠めて! グッズがランダムなのよ~!」
「こ、効果あるんですか!?」
「物欲センサーない巫女の霊力とか、最高じゃん?」
「ああ、ねーさん、やめとったほうがよかよ。今の楓ちゃん霊力の調節できんけんアクスタが爆散するかも」
盛り上がった会話は続き、彼女たちは元気にモーニングを平らげ、お会計を済ませて出ていった。
「じゃーねー楓ちゃん! 今度は一緒に行こうねー!」
「記憶戻っても戻らなくても、まあ元気出して!」
手を振って去っていく彼女たちを見送り、私は店内へと戻る。
嵐が過ぎ去った店内は、再び羽犬さんと鯉だけの静かなお店になった。食器を片づけながら羽犬さんが笑顔を向けてくる。
「見送りありがとうね、楓ちゃん」
「現金払いなんですね」
「人魚の肉でも貰うと思った?」
「そのジョーク怖いんでやめてください」
「あはは。そりゃお金は貰うよ、商売だからね」
「でもずいぶんと豪華なモーニングでしたね」
記憶が欠けている私でも、あれが普通なら採算が取れないレベルの豪華な食事だと理解できる。コーヒー一杯の金額にしては破格すぎた。
両手が塞がった羽犬さんが、顎でキッチンの冷蔵庫を示す。
「ああ、あれは土地神がくれたやつで作ったけん、ほぼ材料費ゼロ」
「ゼロ!?」
「今日のモーニングも、あの苺は言うまでもなくあまおうで、筑後の土地神が送ってきたやつ。パンも土地神(あちらさん)が地元の小麦で焼いたパンで、当然めちゃくちゃ美味い。そして生クリームは熊本との県境にある大牟田ので、洋菓子界では結構有名な品質のやつで、バターも。そしてもちろんサラダも。正直採算で言うと、ひひひ」
「……笑い方でいろいろわかりました」
「まーその分設備投資しっかりできてるからな、いい物できとると思うよ」
羽犬さんは笑う。
「お好きなんですね、カフェのお仕事」
「うん。俺、例の太閤秀吉の茶室にめっちゃ感動したタイプでさあ。アレと同じことやりたかなって思ったところから始めて、今はこうしとるとよ」
「そうなんですね……」
カランカランと、またドアベルが鳴る。
次に入ってきたのは人の姿をしていない、ただの光の玉だ。
紫乃さんと一緒に見送った、あの魂と同じタイプのお客さんだとすぐにわかった。
羽犬さんは当たり前のように、挨拶をする。
「いらっしゃい。どこでも空いてるよ」
ふわふわと魂はカウンターに寄っていく。何を注文されたのかわかるのか、羽犬さんは丁寧にコーヒーを淹れ始めた。その横顔と手つきがなんだか、神々しかった。
◇◇◇
それから次から次へと、忙しすぎず暇すぎずといった頻度で客が来た。
人魚さんたちのような人間の姿をしている人もいれば、ただの光の玉だったり、動物だったり、いろんな姿をしていた。過ごし方も違っていた。
ただ静かにひとりで座る人もいれば、複数人でやってきて楽しそうに過ごして帰る人もいる。
「紫乃様にご相談が……」
と、羽犬さんに顔繫ぎをお願いする人もいた。
どうやら紫乃さんは本来、そう気軽に会える相手ではないらしい。
みんな、私を見てあれこれとそれぞれ反応を示した。
璃院楓(わたし)はずいぶん、顔の広い存在だったらしい。
彼らに励まされたり、逆に何も言われずに普通に接してくれたり、そうこうしているうちに店じまいの時間になった。
午後からは羽犬さんが夕飯の支度を始めるからだ。
「今日は楓ちゃんが戻ってきたけんお客さん多かったね。疲れたやろ?」
「いえ、すっごく楽しかったです」
「そげん言ってくれるとありがたかな~」
羽犬さんが食器をシンクに置いてあげると、食器たちはそのまま自主的に体を洗って棚へと戻っていく。
「……みんなさ、自分を忘れんようにここに来とらすとよ」
それを愛おしそうな目で眺めながら、羽犬さんがぽつりと呟いた。
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