第7話 朝ご飯と羽犬さん
紫乃さんの屋敷はいわゆるリノベーションした古民家という感じのもので、私は一階の奥、中庭から日の光が入る明るい部屋に布団を敷き、寝室として使っていた。
紫乃さんの神通力で構築された空間なので、敷地のサイズはいくらでも変わるし、空間はいろいろと変えられるらしい。
隣の衣装部屋が明らかにモダンな造りになっているのも、その奥にある私の自室も、なぜか窓から太陽の光が入る明るい部屋だ。構造がおかしいが、そういうものらしい。
ともあれ私は中庭に面した広縁に出て、ぐるりと回りながらダイニングルームへと向かう。
いつもそこで紫乃さんと食事をしていた。
「そういえば、台所はいろいろ曰く付きなんだっけ……今日の朝ご飯どうしよう」
紫乃さんに聞くのを忘れていた。
そう思いながら台所に行くと、知らない男の人の背中があった。
「楓ちゃんおはよ」
奥二重の切れ長な目元に、しっかりとした唇。パーマをあててワックスをつけた黒髪は前髪が長めですごくおしゃれ。細身の黒シャツに黒いパンツ、エプロンがとてもよく似合う。ピアスをいくつもつけていて、腕まくりして覗いた肘やら首やらが筋張ってごつくて、女子だけでなく男子も釘付けになりそうなタイプの美男子だった。
「おはようございます」
「だはは、楓ちゃんがかしこまってら」
私の態度に笑う彼、後ろからふわっと、炊きたてのご飯の匂いとお味噌汁の匂いが香る。匂いに思わずお腹がぐうと鳴った。屈託なく彼は笑顔を見せる。
「ほらほら、朝ご飯できとるよ、持ってって」
彼は私にお盆を渡し、ひょいひょいと朝ご飯をのせていく。炊きたてのきらきらご飯に高菜漬け、卵焼きに焼き海苔と、お味噌汁。生野菜を添えたポテトサラダだ。
「あ、このポテトサラダ、昨日の朝ご飯で見たような。白身魚が美味しいやつ」
「そうそう、焼き魚にするのもいいけど、これならパンにも挟めるやろ? 卵は朝採れたてのだし、高菜漬けは少し古くなっとったけん今朝炒めた。ごま油でささっとやるだけで全然匂い変わるとよ」
「説明だけでも美味しそう……」
私の反応が嬉しいのか、お兄さんは自慢げな顔をする。
「昨日までの朝ご飯も俺が作とったとよ。知っとった?」
「知りませんでした」
「ふふん。作り置きしとったとよ。最近は紫乃に頼まれて、ちょっと情報集めたりして家出とったけんね」
私はテーブルに座って、早速朝ご飯をいただく。
「いただきます!」
これまでも作り置きの朝食はいただいていたから、美味しいのは知っていた。けれど作りたてのほかほかは、今までにないほど絶品だった。
卵焼きはしっかりとした黄色が眩しいふわふわで、合わせ味噌で薄味に調えたお味噌汁には、端っこの残りを上手に使った野菜がたくさん入っていて、上に散らされたネギとしゃくしゃくの南関あげが美味しい。
「南関あげ入ってるってことは、福岡のものだけじゃないんですね」
「うん、こないだあの辺の子に貰ったけんね。美味しかもんは、なんだって美味しかやろ?」
ご飯はもちろん真っ白でつやつやで何杯でも食べられる甘さで、美味しさに意識が覚醒してきた頃に、高菜漬け炒めが刺激的に美味しい。
ポテトサラダは焼き魚の風味が利いていて、他の和食と仲良く味わいが調っている。途中で淹れてもらったお茶も苦みが美味しくて、気がつけば美味しい美味しいと歓声をあげながらおかわりまで所望してしまっていた。
「うう、朝からおかわりして食べてしまう……!」
「よかよか、体力たくさん使ったんやけん、山ほど食ってよかやろ」
「ううーお米美味しい」
「ほんっと幸せそうに食うねえ」
目の前に座った彼は頰杖をつき、ニコニコと私の食べる様子を見ている。
「ねえねえ、俺も名乗ったほうがよかやろ?」
「そうですね、名乗って貰えるとありがたいです」
「あはは、敬語じゃなくてよかってばりうける。俺は羽犬(は いぬ)。元々筑後の土地神だったやつね。筑後はわかる? 福岡の南のほう、フルーツが有名なところ」
「はい、それはわかります」
「ほんと半端に記憶欠落しとっとやなあ。で、俺はそのあたりの塚に祀られとったんやけど、いろいろあって零落して今はただのあやかしなんよ。楓ちゃんが赤ん坊のときから料理関係は俺が担当しとってね。紫乃とは長い付き合いで、楓ちゃんがおらんときもちょくちょくつるんどったったい」
「零落であやかしって……結構重たい話なんじゃないですか、それ」
「あーいやいや、俺としても落ちるのは上等なんよ。料理とか茶の湯とか、そういうのやるには一介のあやかしのほうが便利とよ」
「へー……そんなもんなんですね」
「だはははは、おかしか、ほんっとなんも覚えとらんし。うける」
笑い上戸なのか、彼はけらけらと笑いながら膝を叩く。その態度が全く失礼に見えず、むしろすごく人なつっこく見えるのは、彼の雰囲気のなせる業だろうか。
「羽犬さんって呼べばいいですか?」
「はーくんって呼んでもよかよ」
「はーくん……よ、呼びにくいからしばらくは羽犬さんでいいですか」
「よかよぉ。あっねえねえ、紫乃のことはどう呼びよると?」
「紫乃さん、と」
「だはははは、新鮮すぎ」
再び膝をバシバシ叩きながら笑う彼。
とりあえず私はおかわりぶんを食べることにした。無限に入りそうなくらい美味しい。夢中になって食べていると、彼は嬉しそうだった。
「楓ちゃんは変わらんな~。嬉しい食べ方してくれるよねえ、ほら食材も喜んどらすよ見らんね」
彼が親指を向ける先を見ると、台所から野菜が小躍りしながら出てきている。ひとしきり踊ったあと、また台所に戻っていった。活きがいいのはよくわかった。
「うちの食材ね、県内や時々県境くらいまでの土地神がさ、食え食えって自動的に貯蔵庫に押しつけてきてくれるヤツとけどさ、明日からもっと食材届くとやろなあ」
「そ、それは何より……?」
「あはは、野菜大量消費ならカレーかな? 野菜コロッケも美味(うま)いかもしれんね。ノンフライヤー買ったけん、揚げ物めっちゃ作りたかっちゃんねー」
彼は楽しそうだ。
「もしよかったら、私もお手伝いさせてもらっていいですか?」
「俺は歓迎だけどさ、楓ちゃん今霊力の調整できんのやろ?」
「う」
「あはは、それなら危なかばい。食材爆散しちまうかも」
「む、無力だ……」
「霊力調整の練習、調子は?」
「全然ですね。だから今日も道場で練習する予定でした」
「毎日同じやり方で上手くいかんとやったら、一旦休憩するのもありなんじゃなか? 焦(あせ)っても仕方なかし、楓ちゃんはもっと休んだほうがよかと。やけん今日はごろごろしとかんね」
「うーんでも……紫乃さんは忙しいみたいだし」
「真面目かねえ~前からそうやったけど」
羽犬さんはそうだ! と手を叩く。
「どうせ暇しとるとやったら、今日は喫茶のほうに来てよ」
「喫茶?」
「この空間間借りして、俺がしとる喫茶店よ。結構有名人も来てくれるとよ?」
「私が行っていいなら是非!」
「歓迎歓迎。みんな楓ちゃんにも会いたがっとったし」
彼は嬉しそうに人なつっこく笑った。
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