第5話 閑話・尽紫

「なんてことだ、全てが灰燼に帰してしまったではないか」


 関東山奥某所、とある廃村跡地にて。贄山隠はひとり頭をかきむしっていた。

 廃村になったその村は、メガソーラーの海に囲まれた山中に位置している。

 山ごと贄山の所有で、山の位置する自治体の担当議員は贄山と懇意だった。担当議員は突然の不祥事発覚や事故が相次ぎ、現在記者会見の準備に追われている。

 忌々しい田舎娘と野良土地神のせいで、贄山が施していた呪詛が全て壊されたのだ。

 贄山のスマートフォンは次々と連絡がポップアップして光り続ける。


「どうすればいい。どうすれば……」


 本来なら今日は都内某所ホテルにて、人気芸能人ばかりを集めたパーティでお楽しみの予定だった。

 それが明かり一つない山奥で、茫然としなければならないなんて。

 最初におかしいと思えばよかったのだ。

 だがなぜか、あの女の眼差しには逆らえなかった。たかが一介の無名のあやかしに、三百年の伝統を誇る呪詛師一族の当主たる自分が惑わされるなど、あり得ない話なのに。


「このままではまずい。あの女め、早く捕まえて新たな呪詛の構築に利用せねば……」

「あら、あの女って私のこと?」

「ヒッ」


 男の後ろから、裸の白い手が伸びる。

 少女の細い手だ。


「あ、……あのー……いえ……」

「ふふ。全てを失ったあなたに尽くして、よみがえらせてあげたのは私よ? その言い方はないのではなくて?」

「ほほほ本当にこのたびは申し訳ございません。せっかく尽紫(つくし)様が力を貸してくださったのに」

「うん。本当よ。もっと紫乃ちゃんを虐めてめちゃくちゃにして欲しかったのに」


 贄山の耳を後ろから甘く食む少女。

 贄山は若いアイドルが好きだ。黒髪で清楚系のアイドルがパーティに来ることを楽しみにしていた。

 だからある意味、裸の黒髪美少女と二人っきりなのはご褒美なのだ。

 彼女の長い黒髪がゆらゆらと蠢き、贄山の手足を拘束しているのでなければ。


「本当に申し訳ございません」

「素直な人は大好きよ。ふふ、地元じゃあ、可愛げない男ばかりなんだもの」


 笑いながら少女は正面に回り、贄山の顔を両手で包み込む。

 月明かりにさえざえと輝く、少女の白い裸体は官能的だった。

 美しいのに、恐ろしい。贄山は震えが止まらなかった。漏らしてない自分を褒めたいくらいだ。


「命尽くしの坂ってご存じ?」

「……し、知りません」


 彼女の眼差しに、一瞬失望がよぎる。しかし再び、赤い唇でふふ、と笑って続ける。


「九州(シマ)のとある交通の要所にね、通る人間の半分を殺して食らう、恐ろしい神様がいたの。だから命尽くしの神様がいる土地と呼ばれていたのよ。懐かしいわ」

「……そ、……そうなんですね~……」


 彼女の瞳が藍色に輝く。


「ふふ、あくまで一説よ。本当のことなんて、人間は覚えていない。中央ではなかった土地の記録なんて、その土地の人間の言葉では残されない。でしょう? だって邪馬台国もあんなに栄えていたのに、だぁれも場所さえ覚えていないんだもの……さみしいものね? 栄枯盛衰って」


 少女は贄山の首筋を撫でる。

 そして和装をはだけさせ、裸の胸に手を這わせる。


「あなたも私を、知らなかったものね?」

「ひっ、いや、いいいや、そんな、ええと」

「いいのよ。えいっ」


 つぷり。

 嫌な感覚とともに、彼の胸に指が差し込まれた。

 血は出ない。ただ、手が中に入っていくのだ。


「あ、あああああの、一体、あの」

「あら呪詛師ならわかるのではなくて? 魂を弄っているのよ。中指がお好き?」

「あっ、ああああっ」


 指先が体の中を蠢く、贄山は首をいやいやと横に振る。

 その反応に少女は恍惚とした表情を見せた。


「あらまあ、お腹の中は真っ黒。あなたひどいことをする人ねえ。お腹の中にたぁくさん、神の恨みが篭っているわ。ひどいことをしてきたのね?」

「ひ、ひいいい」

「そうよね、朽ちた廃村の墓から、旧き恨みのある土地から霊魂を吸い取って、加工して呪いとして人に植え付けるお仕事なんて、怖い物知らずをしてきたのだもの。そんなことをしたら大地も腐れるし、人の魂もあなたの魂も、ぜえんぶ壊れるのに……そんなこと、昔は誰でも知っていたのよ?」

「ああ、ああ、ああああ」


 魂を弄り尽くされる未知の感覚に贄山は叫ぶ。


「まあそんな愚か者だから、簡単に私の誘いに乗ってくれたのよね。……さあ、あなたが晩餐のメニューとなる番よ、神様たちがあなたをご所望よ」


 彼女が手を広げる。そこにはたくさんのあやかしたちがいた。


「皆さん、この土地の旧い土地神なの。九州(シマ)から出てお世話になったお礼に、あなたをごちそうしようと思うの。大丈夫、食べるのは魂だけ。意識を保っていられたら、案外気持ちいいわよ? 頑張ってね」

「ぎゃあああああ」


 腹を食らい尽くされる贄山。

 岩の上に座り、少女はうっとりと眺める。


「うーん、高慢で美しい愚かな男が恐怖と快楽に壊れていく姿は、令和の世でも美味しい肴だわあ」


 彼女は酒を飲む。

 贄山から捧げられていた神酒(みき)だった。


「ふふ、今の時代はいいわねえ、米も甘くて、お酒も美味しくて……ふふ、口嚙み酒もおつなものだったけれどね?」


 お酒と月。男の悲鳴と、裸の少女。


「あひっ、あひ、あああ、あああ」

「あら? あなたも気持ちよくなってきたみたいね、もう一回、再生けそう?」

「ひひいひっひ」

「ふふ、いいお返事ね。あの子も、これくらい従順ならいいのに」


 少女はひとり、妖艶に笑う。

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