第5話 義務ではない


「なるほど。それが舞耶さんの幸せに繋がりそうなんですか?」

「そうだと思う。私は心から恭太に愛してるよ、味方だよ、家族だよって言い続けなきゃいけない。これは義務だと思ってやることじゃないの。恭太を妊娠したとわかったあの日から恭太のおかげで生きるのが楽しかったの。幸せを返して、恭太にまた息子になってもらうの。」

「恭太の事考えない方が楽なんじゃないですか?恭太は二人も殺してます。年齢的に死刑にはならないとしてもいつこちらに戻ってこれるのかもわからないし、もしかすると恭太は二度と舞耶さんと会ってくれないかもしれない。それでも?」

「私の家族は恭太なの。私のことが大好きで誰よりも人の気持が分かる格好良い男の子。会ってくれなくてもいい。離れていても私が恭太のことを愛していたって、愛されてたってわかってくれればいい。」

 舞耶はメモに書き殴った。谷川は軽くため息をつき、買ってきたインスタントスープを準備し始めた。カリカリとペンを擦る音と、ポットのお湯が沸騰する音だけが聞こえていた。

「この部屋出るんですよね。一週間で家なんか借りられますかね。」

「借りれるまではホテルで寝泊まりするよ。まずは住むところからだね。」

「もし家を探すのが大変なら俺の家に来ませんか?」

「いや、さすがにいいよ。だって谷川君一人暮らしだよね?」

「俺一軒家の賃貸借りてて部屋余ってるんですよ。舞耶さんさえよければですけど。」

 谷川の心配通り、一週間で借りられる家はなく、結局舞耶は谷川の家に居候することになった。エキナセアは再開の見通しがなく職を失った舞耶は書き出したリスト通りに動いてみることにした。

 まず初めに、舞耶は同市内の大きな病院へ足を運んだ。そこには恭太によって意識不明の重体である真美さんが入院していた。舞耶は真美さんに会って息子がしてしまったことの償いをしたいと思っていた。他の被害者は家族の拒否が強く会うことが叶わなかった。

 真美さんは家族がいない。唯一血縁者である兄は現在服役している。罪状は殺人未遂で、四か月前ホームに突然押し掛け、真美さんにナイフで襲い掛かった。その時に真美さんは足と肩に深い傷を負い、杖が手放せなくなってしまった。真美さん自身への暴行で何度も逮捕されたその人物はついに真美さんの殺害を企て、ホームに火をつけるつもりだったようだ。しかしホームの壁に着いたガソリンや様子のおかしい男の出現に気が付いた恭太がいち早く警察に通報し、ナイフを振るう男に舞耶の投げた水筒が命中し鎮圧された。真美さんはその事件をきっかけにより二人のことを家族のように大事にしてくれた。しかし恭太はそんな真美さんですら手にかけ意識もいまだ戻らない状態にしてしまった。

 舞耶は真美さんの病室に入った。幸い外科的治療を必要とはしなかったものの頭部を強く打ったこと、一時的に呼吸が抑制され脳に酸素が届かなかったことで真美さんはいつ意識が戻るのかわからない状態だった。

真美さんの頬には赤黒く擦過傷がいくつも残り、唇は炎症を起こし腫れあがっている。

 それ以外にも何か所にも手当の様子が伺えた。舞耶は聞こえているだろう、真美さんの耳に口を近づけ、考えていた言葉を紡いだ。

 そして用意していた手紙を床頭台に置き、部屋を後にした。病院を出ると谷川が待っていた。谷川は運転してきた車の鍵を開け、舞耶を助手席に乗せた。

「真美さんどうでしたか?」

「やっぱり意識は戻ってない。でも伝えたいことは伝えてきた。後は意識が戻るのを祈るしかないよね。」

 エンジンをかけ、谷川が車をゆっくり動かした。前日谷川とともに家の荷物をまとめ、不要なものは全て業者に引き取ってもらった舞耶は恭太と住んだ暖かい思い出の家を離れていた。谷川の家に行くことになった舞耶は、途中にある真美さんの入院先に立ち寄ったのだ。

「次は何をするんですか?」

「次は恭太のところへ行く。会ってくれるか分からないけど毎日行って、私が会いたがってるのをわかってもらうの。」

「絶対会ってくれないでしょう。俺山口さんから連絡もらいましたけど、恭太が捕まっても何も言わないから事件の詳細が何も分からないって。何も答えないし、誰とも会わないから警察も困ってるって言ってましたよ。」

「恭太はわからなくなってる。事件の前に私たちが喧嘩ばかりしていたせいで恭太は私のことを疑うようになった。今回のことは私への気持のやり場が無くなってこんなことになったんだと思う。正直こんな酷いことをどうして恭太がやってしまったのか、こんなことをできるような子だったのか私にもわからない。でもただ一つ言えるのは、私は恭太を愛してるってこと。」

「こんなにいい母親を持ってあいつはなんで…。」

 谷川はそう言ってくれるが舞耶にも内心自信がなかった。事件の前それまでの二人と比べ明らかに様子は違っていた。いつからそうなったのか、何を原因に恭太がそうなってしまったのかわからない。恭太が愛を試した理由、何度もぶつけてきた気持ちを舞耶はまだわからずにいた。

 恭太に会いに来た。しかしやはり面会することは叶わず、舞耶は手紙を預けた。読んでくれるかどうかも分からない。だが今恭太を一人にすることはできない。

 留置所を後にした二人は舞耶の日用品の買い出しに出た。舞耶はマスクと眼鏡が手放せなくなっている。日用品を揃えていると、舞耶は遠くに見知った顔があるのに気が付いた。舞耶の事情聴取を担当した中嶋という刑事だ。

 店員に話を聞いているようだが、舞耶が気付いたのと同時に中嶋も舞耶に気が付いたようだ。話を切り上げ、舞耶の方へ向かってきた。

「こんにちは。お元気でしたか?」

「はい。お世話になりました。息子の様子はどうですか?」

「そのことで少しお話したいと思っていたんです。よければ我々の車で署まで来ていただいてもいいですか?」

「わかりました。大丈夫です。」

 谷川に伝え、先に帰ってもらうことにした。少し心配そうにこちらを気にしていたが刑事の姿を確認し何も言わずに舞耶を見送った。

 警察署に着くと以前も事情聴取された部屋に通された。

「お話とはなんですか?恭太は何か話しましたか?」

「いえ、残念ながら恭太君は誰とも話しません。僕たちがどれだけ事件のことを聞いても、もちろんそれ以外の会話でもほとんど反応しません。

 貫地谷さんに確認したいことが何点かありまして。

 まず恭太君の事件当日の持ち物なのですが、いつもホームではスタッフ用のユニホームに着替えてアルバイトをしていたかと思うのですが、あの日は部活動が終わってそのままホームに行っています。いつも帰りは着てきた部活動のユニホームで帰ってましたか?」

「恭太は綺麗好きで汗臭さを気にしていました。制汗剤も持ち歩いていましたし、部活終わりはそもそも着替えてホームに来ていました。確かにあの日は部活動のユニホームのままでした。寒いし暖かい服を着ればよかったのに半袖できたのでよっぽど急いでホームに来たのかなと。

 その前日も部活動が終わり次第ホームに来てくれましたが、私がクリスマスに買ってあげたスウェットを着てました。」

「そうですか。わかりました。実は恭太君が事件の時に着ていた服なのですがホームのユニホームは洗濯に掛けられ、部活動のユニホームに着替えていました。ホームのユニホームは毎日洗濯に出しているんでしょうか。」

「そうですね。狩野さんという方が週に三回洗濯を回して干してくれていました。」

「あの日は恭太君が自分で洗濯機をかけたということですね。

もう一つ聞きたいのですが、今意識不明の重体で入院している被害者ですが彼女は心臓マッサージを受けたようなんです。恭太君は心臓マッサージなどの知識はありますか?」

「将来は医療の道に進みたいと思っていたようなので、一度ホームで行った救急搬送訓練に参加したことがあります。ただホームの患者人形が故障していた関係で胸を垂直に押してもうまく戻らず、きちんとした訓練とは言えなかったと思います。真美さんの心臓マッサージを恭太がしたんですか?」

「僕はそうだと思っています。どうやらうまくマッサージできていなかったようですが、その刺激で彼女の呼吸は再開したようです。ちなみに施設はインフルエンザの拡大予防のために感染対策をしっかりされていたようですが恭太君はどこまで装着していたのでしょうか。」

「恭太はアルバイトで医療的な行為は行いません。なのでマスクとエプロン、食事の準備の際に手袋をつけるくらいです。帽子やゴーグルは利用者さんとしっかり接触する私たちが主に使っていました。」

「では恭太君は、感染対策の装備の着脱について正式な指導は受けていない?」

「少なくとも私が伝えたことはないです。ただ恭太は将来のためになんでも勉強するつもりでアルバイトをしていました。なので私がつけるところはしっかり見ていたと思います。」

「そうですか。恭太君は医療の勉強などはしていましたか?」

「医療の勉強…。人体構造とかですか?学生時代の教科書は家に置いてありましたけど、恭太は学校の成績を維持するために塾には行かずに家で一生懸命勉強していました。学校以外の勉強に割く時間はなかったと思います。」

「なるほど。なにせ恭太君が何も話さない分情報収集が大変で。また時々聞かせていただくかもしれません。」

「もちろんです。今日恭太に会ってもらえないか行ってみたんですけどダメでした。今どうしてますか?食事や睡眠はとれているんでしょうか。このあと恭太はどうなりますか?」

「何も話しませんが、日常生活としてはいたって平凡に過ごしています。

今後この事件の捜査が進めば裁判になり、刑が確定します。彼は未成年なので死刑にはなりません。」

「恭太はなぜ何も言わないのでしょう。きっと黙っている方が辛いのに。」

 中嶋がじっと舞耶を見つめた。言いづらそうに口を開いた。

 「お母さんは本当に恭太君が全て一人でしたことだと思っていますか?」

 「どういう意味ですか?恭太は誰かと一緒にあんなことをしたというんですか?それとも恭太ではないんですか?」

 中嶋はしまった、という表情を浮かべすぐさま言葉を被せた。

 「すみません。言葉を間違えました。気になさらないでください。」

 「そんなこと言われても…。」「本当に気にしないでください。申し訳ありませんでした。」

 中嶋は頭を下げた。舞耶は腑に落ちなかったが、気まずそうにする中嶋に帰るよう促されそのまま署を後にした。

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