第8話 お題:ヒーロー 「それはヒーローのように」 BL/年下×年上
日曜日の朝、子供が見る特撮番組をぼんやりと寝起きの頭で見る。
チープなCGに、意外と凝っている衣装、悪役のおどろどろしかったり、コミカルなデザイン。顔立ちの整った若い俳優のまだ初々しい演技。ヒーローらしいコスチュームを身を纏い、視界が悪いだろうフルフェイスマスクで派手にアクションを決めるヒーローたち。
ぼーっとしながらもその三十分という短い時間の中で描写される、意外と濃厚な人間ドラマと、子供向けとは思えない深いテーマ、子供にはきっと繋がりの分からないだろうギミックの数々。それらが織りなすストーリーに内心感服する。
ごそごそと起き上がり、無精髭の生えた顎を軽く掻く。そのままベッド傍にあるローテーブルの上に置いてある煙草の箱を手に取り、中から一本取り出すとベッドの上壁にもたれかかった。
そして煙草に火をつけて燻らせながら、その小さなテレビの画面越しにヒーローを見つめる。
子供の頃は自分もいつかこんな風にかっこよく人を助けるヒーローになりたい、なんて、今考えると馬鹿みたいな事を真剣に考えていた。
だけど現実は厳しくて、いつの間にかヒーローに夢を見る時間は終わり、他の人間と同じように親が望む『普通』になる為、勉強をしていい学校に入っていい会社に……と夢のかけらもない日々を送らなくちゃならなくなった。
そして結局その『普通の人』というレールさえも外れてしまって、今がある。
フーッと天井に向けて紫煙を吐き出す。
その白い煙は最初口から勢いよく出て、その内ゆらゆらと部屋の中に漂い、ベッドの正面にあるテレビ画面を薄い白で煙らせる。
テレビの中ではヒーローがかっこよく名乗りを上げて、異形の怪人に戦いを挑んでいる。
昔から変わらないヒーローたちの名乗り。そして、子供にもわかりやすい勧善懲悪。
最も怪人がする悪事は現実を生きる俺達からすると、ちゃちくて、可愛げのある、取り返しのつくものばかり。なんならあまりのちっちゃさに笑いが込み上げてくる。この怪人がする悪事よりも、悪い事を覚えだした中学生の方が性質の悪い悪事をする現実。
悪意も悪事も現実よりも薄く、薄く、薄められて、毒々しい筈の猛毒が子供にも飲める甘いジュースになっている。
そんな夢の中の世界だからこそ、存在できるヒーロー。
煙草を燻らしながらぼんやりとテレビを見て、その空想の世界に意識のいくらかが吸い込まれていく。
怪人が一度やられ、お決まりの巨大化をし、そして敵に合わせた巨大ロボを操ってチープなジオラマの中で戦っている姿を見ながら、昔はこれを本物だと信じていたのだと思うと自分でも可笑しくてちょっと笑ってしまう。
それでも真剣にそのヒーローたちを応援したくなる熱さがそこにあり、感情移入してしまう善としての魅力がそこにはあった。
壁から背中を離し、ローテーブルの上にある灰皿を手に取ると膝の上に乗せて短くなった煙草の灰をそこへ落とす。そしてまた口に咥えるとゆっくりと燻らせた。
子供受けのいいコミカルな描写の合間に入るシリアスな展開や、ヒーローたちのほの暗い過去などが三十分の間にしっかり描かれていて、恐らく連続して見ていればその明るさの内側にある重い話やそれぞれがヒーローになるべくしてなったと分かるだろうストーリーに、演出と構成のうまさを感じて煙草を燻らしながら小さく唸る。
そしてエンディングまできっちりと見た後、思わず見入ってしまった事に舌打ちをしてかなり短くなってしまった煙草を灰皿に押し付けて揉み消す。
そのまままた背中を壁にもたれかけ、天井を見上げた。
「あ~~……」
喉の奥から声を出す。その呻き声のような、嘆きの様な声に自虐的に笑う。
そんな時、玄関ドアの開く音がして人が入って来た気配がした。
「あ、起きてたんだ。意外と早起きだね」
手にコンビニの袋を下げてキャップを目深にかぶり、マスクをした男がひとり部屋に入ってくると、その袋をテーブルの上に置きジャケットを脱いでクローゼットの中にかけながら俺にそう言葉をかけてくる。
その馴れ馴れしさとまるで自分の家の様にふるまう男に小さく息を吐く。
特に何も答えない俺に、男は微笑んで視線をテレビへと向ける。そして戦隊ヒーロー番組の後に放送しているアニメを見て、あ、という顔をした。
「……このアニメの前にやってる特撮、見た?」
「……別に」
男の言葉に視線を逸らし、また短く答えると男は嬉しそうな表情をして隣に座り、被っている帽子を取り、つけていたマスクを外した。
そこにはさっきまでテレビの中で悪である怪人に対して名乗りを上げ、正義を貫いていた赤いコスチュームを着ていた男と寸分たがわぬ顔立ちがあり、眉根を寄せる。
昨夜、たまたまバーで出会って一晩過ごした相手が戦隊もののヒーローだった、なんてなんの冗談だ、と思う。
お互い名前さえも知らなかったはずなのに、今は一方的にこっちはコイツを知っている。
「玉川
先程の番組でオープニングの時に流れていた名前を思い出しながらそう問えば、男はその整った顔ににこりとこれまたとびきりの笑顔を浮かべる。
「あなたと離れ難かったから。――脚本家の佐々部先生」
悪びれる風もなく笑いながらそう言う玉川に俺は思い切り顔を顰めた。
「……俺、自分の素性君に話した?」
「全然。でも僕は知ってる。昔一度、テレビ番組に出てたよね?」
玉川の言葉に俺は驚いて目を瞬かせ、十数年前に一度だけ出演したトーク番組の事を思い出す。脚本家として駆け出しだった俺が師匠と呼んでいた脚本家の先生の強い要望で出演した番組。メインはあくまでも師匠で、俺はただの引き立て役だった。そんな昔の一度だけ出演した事を、何故……。
「凄く印象的で。あなたがキラキラと輝く瞳で、ヒーローの脚本を書くのが夢だって言ってて……。いつかあなたの脚本でヒーローを演じたいって思ったんだ」
その時、その瞬間、あなたが僕の
「……なら幻滅したろ」
視線を玉川から逸らしながらそう言えば彼はテレビの中と全く変わらない純粋で、真っ直ぐな輝いている笑顔を俺に向ける。それはあまりにも眩しすぎる笑顔。
「まさか。僕と同じだってわかって逆に嬉しかった」
「同じ? 俺は落ちぶれた脚本家。君はこれから輝いていく
自嘲し、卑屈さに口の端を吊り上げながら言う俺に彼はまた眩しすぎる位の笑みを俺に向ける。
「先生だってまた輝くんでしょ」
そして部屋の端に置いてあるパソコンテーブルをその綺麗な指で指差す。その上には次回コンペに提出用の書きかけの脚本が画面に映し出されたパソコン。
「……輝く、か。そりゃ難しいかもな」
もう一度自嘲気味に笑って見せ、師匠の寵愛と期待を悉く踏みにじってしまった過去を思う。
「大丈夫だよ。僕がついてる」
無精ひげの生えている頬を、まるで愛しい人間に触れる様に玉川は触れ、そう囁いた。
それはまるでテレビ画面の向こうのヒーローのように。
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