第9話 お題:祠 「ネットで流行るという事」
最近、巷では古びた祠を壊すのが流行っているらしい。
――と言っても、あくまでもネット上での話だ。
とあるSNSでとあるポストがバズった事で、瞬く間にそのネタは拡散されそれぞれがそこから連想されるホラーやコメディなど新たに創作が生まれていく。
手の中に納まるサイズの薄っぺらい板には連日次から次へとその物語の断片が流れていく。
口に咥えている煙草を燻らしながら、すいすいと指先でスクロールをし様々なネタを読んでいくとふとその中のひとつのポストが目に留まり、指が止まる。
何通にも渡るツリーで綴られているその物語は、今まで見てきたネタとは何かが違うと感じさせるもので。
具体的な名称などは当たり前だがぼかしてあり、時には全く別の実在しない名称に置き換わっていたにも関わらずそこに描かれている事象の数々はどうにもネタというには変な感じがした。
もちろん今流行りのネタに合わせて登場人物や内容は着色されているのだろうが、しかし妙にリアルな内容から恐らくこれを書いた人間が実際に体験した事なのだろうと思われた。
ふぅ……と紫煙を吐き出し、読み進めている間に短くなった煙草の灰を持参している携帯灰皿を取り出しそこへ落として、揉み消した。
そして視線を今一度スマホの画面へと向ける。
S県M村。リアルタイムで更新されているそのツリーに出て来るぼかされている地名。
ちらりと自身が立っているバス停に書かれている町名を見て緩く口元を吊り上げる。
そして、夕暮れが迫る田舎の砂利道を革靴でゆっくりと歩き始めた。
一歩進むごとに足元で砂利の擦れる音が静かな田舎道に響く。暫くそうして家らしい家のない道を山へと向かって歩き進めると、黒い影となった家の形がぽつり、ぽつりと現れる。
だが、その村に人気はなく、そろそろ暗くなろうというのに明かりのひとつも見えなかった。
胸ポケットから煙草を取り出し新しい一本を口へ咥えて、ライターで火を灯す。
すぅっとほろ苦さのあるその煙を呑み、村の入り口でふぅっと吐き出す。
途端に山の方で奇妙なカラスの様な、フクロウの様な鳴き声と共に羽ばたきの音が聞こえてきた。
「……厄介だな」
暗く沈む村々を見つめながらぼそりとそう呟く。村の中に続く一本道は山の奥へと伸びているのが白く浮かんでいて、それはまるで訪れた人間を山へと誘っているようにも見えた。
ゆっくりと足をその村に踏み込ませる。
バチッ。
小さく何かが弾けるような音が足元に響き、次いで、その村との境界線をまたいだ部分全てから静電気の弾けるような音が続く。
そして体の全てが村へと入ったところで、今度は耳の中にりーんっと澄んだ鈴の音が聞こえてきた。
その音を聞きながらゆっくりと燻らせている煙草の煙を吐き出していけば、ゆらゆらと揺れてその煙が自分の体をまるで取り巻くように覆っていく。
もう一度吸い込んだ紫煙を吐き出し、二重にその煙が自身の体を覆うのを確認した後ゆっくりと山へと続く緩やかな村の中の坂道を歩み始めた。
その度にバチッ! バチッ! と煙から小さな火花が起き、薄く消えていくのを見ながら、またゆっくりと煙草の煙を吐き出す。
それを何度か繰り返した後、ほどなく村外れに辿り着いた。
「……あーあ」
そしてそこにある光景を見て呆れた様に呟く。片手に持っていたスマホの画面を見やると先程までリアルタイムで更新されていたツリーはぴたりと動きを止めており、目の前の惨状と合致している事に口の端を緩く吊り上げて笑う。
「ダメだよ。こんな村に来ちゃぁ」
喉を震わせて笑い、吸っている煙草を壊れている祠の傍に転がっていた本来は線香を立てる香炉の中へ立てる。
そしてもう一本新しい煙草を取り出し、火をつけるとそこでスマホを握り締めたまま無様な格好で寝転がっている若者の顔へと吸い込んだ紫煙を思い切り吹きかけてやった。
瞬間、驚いた様にその若者は飛び起き、ゲホゲホと噎せたかと思うと口元を押さえ、慌てた様に少し離れた場所まで這って行きそこで吐き始めた。
「今は便利な時代だねぇ。アンタ、運が良かった」
くっと笑い、黒く淀んだ
するとその若者の喉が大きく膨れ上がったと同時に、明らかにその体の中にあったとは思えない量の黒い吐しゃ物が地面の上にぶちまけられた。
涙と唾液と鼻水でぐちゃぐちゃになり、タールの様な吐しゃ物で口元を汚した若者は四つん這いのまま荒く息をしてこちらに意識を向ける事さえも難しいらしく、その場で戦慄いていた。
「現実の穢れを誘い込むんじゃないよ、ここへ」
礼の言葉さえも発せられない若者の横にしゃがみ込みその背を二度、三度ポンポンと叩いてやり、顔を覗き込んでそう囁けば若者の顔が大きく恐怖の色に歪み、ぽかりとその口が開く。その口の中は今しがた若者が吐き出したタールの様な吐しゃ物と同じくらい真っ黒で、その喉の奥にぎょろりと動く目玉があった。
その目玉に向けて緩く微笑み、吸っていた煙草をその口の中へと押し込んでやる。
ギャッ! と人間が発するには酷く濁った音がその喉から発せられ、若者はもんどり打つ。その顔にはいつしか目玉がなくなり、どろりと黒く濁った穴だけがあった。
「中身はちゃんと現世へ帰してやる」
「オ゛マ゛え゛ハ゛……ッ」
「知る必要なんてないだろう」
もう一本煙草を取り出し火をつけその煙をすでにヒトの形を保てなくなりつつあるソレに向けて吹きかける。ゆらゆらと煙は意志を持ったように動き、ソレを覆い尽くすと断末魔にも似た咆哮を山の中へと響かせ、ぐるぐると回りながら煙が消えていくのに合わせてその姿も薄れ消えていった。
その姿が完全に消えるのを見届け、壊されていた祠へと目を向ける。
だが先程まで確かに壊れていたそれはいつの間にか元通りの姿に戻り、まるで何事も無かったようにそこに佇んでいた。
「――アンタも流行りに乗っかってバカな遊びは止めときな」
煙草の煙を呆れた様に吐き出し、先程と同じように線香を立てる香炉に今吸っている煙草も指してやる。
『……線香くらい持ってこい。このバカ息子が』
どこからか重く響く様な声が聞こえ、それにハッと鼻で笑い地面に落ちている先程の若者が持っていたスマホを拾う。
「アンタ、いつか本当に壊されるよ。近頃は信仰心なんて欠片もない人間が多いんだ」
『構わん。それだけ贄が増えるだけだ。……あぁ、それは置いていけ』
こちらの忠告を相も変わらず意に介さずぐわんぐわんと山鳴りの様な笑いを響かせるソレに呆れた様に嘆息する。
そして言われた通り誰ものモノかもわからないスマホを祠の扉を開けて中へとしまう。
――またすぐに誰かがそれで惑わされるのだとわかっていても。
誰も崇めなくなった祠に祀られている神は、こうしていつしか人を呼び込む禍つ神となる。
信仰がなくなり、崇める事が遠くなり、神はネタとして消費される。だから、神もまた、人を消費するのだ。
文明が発達したが故に禍々しい好奇心の種をどこへでも届く電波に乗せて――。
ほら、今日もまた禍つ神に誘われて穢れを纏った君も。
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