第5話 お題:ロリィタ服 「決戦前の」 

 ひらり、ふわり、とスカートの裾とリボンが風に揺れ翻る。

 決戦に挑む心持で、フリフリのレースであしらわれた日傘を差し、つま先が丸くてストラップにリボンが付いた可愛い靴をカツッと鳴らしてアーケード街の舗装された道を背筋を伸ばして歩く。

 そんな私の姿を見て、多くの人は一瞬驚いたような顔をしてまじまじと見た後、それぞれ思い思いの感想が乗った表情で私を避ける様にして去っていく。中には二度、三度と振り返るようにして私を見ていた。

 今、私は白いレースリボンが幾重にもあしらわれたスカートを何重ものオーガンジーのレースで出来たパニエを穿く事で膨らませ、リボンとレースがふんだんにあしらわれたパフスリーブの可憐な服に身を包み、頭にはこれまたレースフリルがふんだんにあしらわれているヘッドドレスという装飾品を付けている。

 そして普段化粧をしない私の顔には、今、この『ロリィタ服』と呼ばれる可愛らしい格好に合わせて友達がメイクをしっかりと施してくれていた。

 この日の為に、明るい茶色へ染められた髪の毛もふんわりと巻かれ、優しく肩へとかかっている。

 生まれた頃から住む田舎には不釣り合いともいえるお姫様の様な可愛らしい格好で、この田舎唯一の、だけどたいして大きくもない寂れたアーケード街を歩くという大それたことを、きっと私一人では一生出来なかっただろう。

「……ちょ、ちょっと恥ずかしいね……」

 それでも思わず私を、いや、私達を避ける様に歩く街の人たちの姿にそう小声で隣にいる都会から引っ越してきた友達へと囁く。

 それにその子は小さく小首を傾げてふふっと笑うと、そうかな、と鈴が鳴るような可愛らしい声で答えた。

「東京だと普通だよ?」

 そりゃ確かに彼女がいた大都会や、好んで買っている雑誌や、ネットではこういう可愛い格好をしている人は多いかもしれないけど、普通っていう程普遍的な格好とも思えない。

 彼女の私服姿に惚れ込み、頼み込んで服を借りてこの格好をしている私が言うのもなんだけども……。

「あ、またその目。嘘じゃないってば」

 コロコロと彼女は笑うと、私と色違いの黒でまとめられたロリィタ服の裾を摘まみ軽く持ち上げる。

「ま、正確には誰がどんな格好をしていてもそんなに気にする人がいないから、こういう服着てても『普通』だって思えてるだけかもだけど」

「……それって『普通』っていうの? ただスルーされてるだけじゃないの?」

 私はこの田舎しか知らない。世界が狭く、しがらみの多い、この田舎しか。

 田舎では他人と違う格好をしていたらめちゃくちゃ目立つ。そして、結構な確率で奇異な目を向けられる。今、通り過ぎて行った人たちのような目。それはきっと私達の格好がこの田舎では『普通』じゃないから。

「んー、でもじろじろ見られたりもないし、拒絶をされることも、嫌がられるような雰囲気もないしなぁ。それって『普通』に受け入れられているって事でしょ?」

 ちらちらとこちらを物珍しそうに見てくる人たちに彼女はにこりと笑い返しながら、思いもしなかった事を言う。

 気にする人がいないから、『普通』。

 そんな考え方もあるんだと、喉の奥で小さく唸ってしまう。

「まぁ、この街だとまだまだこの服は珍しいんだと思うんだけど、」

 そこまで彼女は言うと、マスカラで更に長く黒く伸びた睫毛に彩られた美しい形の目を私に向き直すと、光の加減かキラキラと輝く宝石の様な瞳を細めて微笑んだ。

「私達で『普通』にしちゃえばいいじゃん」

 どこか悪戯っ子のような微笑みで彼女はそう言うと、私の手を優しく握って引っ張る。

 彼女のまさかの言葉に私は呆れた様に笑い、それでもその言葉の力強さと、私達で変えられるかもしれない『普通』にふるりと背筋が震えた。

 それはきっと武者震いだったのかもしれない。

 彼女の手を握り返しながら、私達がこの格好をし続ける事でこの小さな片田舎の街で、このお姫様の様な可愛い格好が当たり前の光景としてみんなに受け入れられる日が来るかもしれない。

 自分では考えた事もなかったことを彼女はこともなげに口にする。

 この格好だってそうだ。

 転校初日。

 制服のない私の学校にこのお姫様が着る様なドレス姿で現れた彼女に私は度肝を抜かれた。

 しかもその顔立ちもまるでお人形さんの様に整っていて、この上なくそのドレスが似合っていたのだ。

 ――あぁ、あんな風になりたい。

 彼女を始めて見た時に覚えた感情はそれだった。

 そして次に思ったのは、この街であんな格好をしたらみんなに奇異な目で見られてしまうから無理だろうな、だった。

 だけどそんな私のその弱気な感情を吹き飛ばしてくれたのは、クラスの女子たちからどんな風に言われても、男子たちに格好をからかわれても凛としてその背筋を伸ばしたまま全く気にせず堂々としている彼女の姿でもあった。

 そんな姿に感銘を受け、私は彼女に思い切って声をかけたのだ。


「俺を可愛くして欲しい」と。

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