その表情
「俺つええええええええええええええええ!」
未唯を載せた巨大な電源は、機動隊員が押す台車に揺られながら城内を爆走していた。
同じ電源の天板を分け合って座るフィーコは、台車の支柱を握りながら振り落とされないようにしている。
「本人が気絶すれば幻獣も消滅するって設定、イケてるね! これこそチートじゃん!」
「お父様はいつも仰ってました。ユニコーンを射んと欲すれば先ず主人を射よ、と」
台車とそれを取り囲む機動部隊は、中庭の渡り廊下に差し掛かった。この中庭には一階、二階、三階の渡り廊下があり、フィーコたちが進んでいるのは二階の渡り廊下だ。
その一つ上の階の渡り廊下の向かい側から、ワレーシャが現れた。だがフィーコたちに気づいたワレーシャは素早く柱に隠れると、こちら側に迫ってくる一行の様子を遠目に伺った。
「そちらから来てくださるのであれば、あんな命令の復唱しかできないインコ女に任せる必要ありませんでしたわ」
ワレーシャの視線の先には、未唯とイキイキと語り合うフィーコの姿があった。ワレーシャはギリギリと歯ぎしりをする。
「フィーコ、あなたにそんな表情は似合わなくってよ……」
フィーコ達は遭遇した衛兵をテーザー銃で気絶させつつ、書斎のある棟に侵入した。
「ここを右です! 突き当りを左!」
フィーコの指示で、部隊は迅速に書斎へと向かっていく。廊下を照らす灯籠が、次々に視界を通り過ぎていく。
突き当りに達したところで、部隊は90度旋回した。
だが、一寸先は暗闇だった。今までずっと続いていた灯籠が、そこから一切消えているのだ。
「視界が悪い! 止まってください!」
梓が即座に停止指示を出す。しかし、一同は止まれない。
勢いをつけすぎたからではない。床が滑るのだ。まるでスケートリンクのように。
「氷! ワレーシャが!?」
フィーコが気づいたのも束の間、台車はツルツルの床の上をそのままの勢いで滑っていってしまう。隊員の踏ん張りも効かない。背中から差す僅かな光が、その先の降り階段を照らす。
「いけない!」
フィーコは、電源ステーションの上から飛び降りる。あたり一面氷なので、着地などできずに倒れ込む。
「痛!」
だが階段とは別の方向に飛んだため、幸い階段を転げ落ちずに済んだ。フィーコだけは。
「うああああああ!」
階段の方から、未唯の悲鳴と、ドガガガという凄まじい音が聞こえる。階段に、台車と電源ごと転げ落ちてしまったらしい。
「未唯!」
フィーコは立ち上がろうとするが、床が滑って立てない。何とか匍匐前進しながら、階段の上に到達する。あたりが暗くてよく見えないが、階段を下った先の踊り場に、充電ステーションの明滅だけが見える。どうやらそこで止まったようだ。
「梓! 早く未唯を!」
「ええ。しかし冬山装備はさすがに想定してませんでした……ライトを」
梓が隣の隊員に指示すると、隊員はヘルメットのライトで階段の踊り場を照らす。そこには、車輪が外れて倒れた台車と、いまだに明滅を繰り返す電源がある。
だが、未唯の姿がない。
「踊り場の先まで転がったとしたら、怪我が心配ですね……」
梓は銃を構えると、氷で滑らないように慎重に一段一段階段を降りていく。機動隊員もそれに続く。
フィーコは一番後ろから、尻もちをついたまま恐る恐る階段を降りて行った。
「おい待て! さっきのは謝るから話を聞いてくれ!」
ドリルで壁を破ったカリラを、ピスケはほうほうの体で追いかけていた。だがカリラとは基礎体力があまりに違いすぎる。
おかんむりのカリラは、ピスケなど気にせずぐんぐん先に進んでしまう。
「クソ、何もかも裏目だ! このままはぐれたらどうすればいいんだ!」
カリラをほとんど見失いかけたその時、カリラが突然停止する。ピスケは息をゼイゼイ切らしながらカリラに追いつく。
「やっと私の言葉が通じたか……頼む、機動隊と合流して……」
だがカリラは返事をしない。カリラは一歩踏み出すと、思い切り床を踏みつける。
ピシッという乾いた音が鳴ったかと思うと、パリンと破片が砕ける。ピスケも、そこが氷の床であることに気づく。
「いる……近くに」
カリラがつぶやいた次の瞬間、悲鳴が聞こえる。未唯だ。
「そこにいるんだな、ワレーシャ!」
カリラは氷の床に向かって思い切りジャンプする。滞空している間に、靴の下にスケート靴の刃のようにカマイタチがみるみる顕現する。カリラはカツンと着地すると、そのまま颯爽と氷の上を滑っていってしまった。
「あいつはバカなんだか学習能力高いんだか……」
ピスケはブツブツ言いながら、ドワーフハンマーで氷の床を叩く。あたりの氷が細かい結晶に変化し、氷ではなく雪の床になる。ピスケは、ザクザクと雪の道を踏みしめながらカリラの後を追った。
下の階まで降りた梓と機動部隊は、あたりの廊下をライトで照らした。階段の下はT字路になっているが、三方向のどちらを照らしても、近くに未唯の姿はない。
だがよく目を凝らすと、廊下をかなり行った先に、淡い青い光が見えた。
「召喚の指輪……? 各自警戒してください」
梓は、T字路の角の壁に身を隠す。他の機動隊員もそれにならって、青い光の見える廊下に直接身をさらさないように、壁や障害物に身を隠す。ちょうど階段から降りてきたフィーコも、階段を降りきる前に停止する。
一方、廊下をスケートよろしく滑るカリラも、反対側からその青い光を視認していた。
「あそこか……!」
カリラが加速する。スケート靴を地につけるたびに、カンカンと音が鳴る。
だが、視線の先の青い光は、突然消えた。
「逃がすかよ……!」
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