ピスケの秘策

 フィーコ達がパスをくぐって闘技場についた時は、ちょうど補充の衛兵数名が駆けつけた時だった。


「ワレーシャ殿下の仰った通りだ、フィーコ殿下に生き写しじゃないか」

「この白い魔法陣が妖狐使いどもの侵入経路になっているというのは本当だったんだな」


 衛兵たちと向かい合いながら、梓がフィーコに話しかける。


「彼らは何と言っているのですか」

「私は賊の変装ということにされているようですね……」

「理解しました。機動部隊、戦闘準備」


 梓の掛け声とともに、機動部隊が一斉にテーザー銃を衛兵たちに向ける。

 衛兵たちもそれぞれ幻獣を顕現させる。オーロックス、コボルト、ガーゴイル……。

 だが彼らが体勢を整える前に、


「制圧!」


 梓の掛け声とともに、機動隊員達はテーザー銃を衛兵たちに放つ。


「か、体が!?」


 彼らは急激な痺れに耐えられず、バタバタと倒れ込む。召喚したばかりの幻獣も、消えていく。

 隊員たちは素早く彼らに駆け寄り、後ろ手に手錠をかける。

 

「さすがです瀬ノ川課長。命中精度も上がっています」


 梓が未唯に話しかけると、未唯は得意げに鼻を鳴らす。


「弾が小型化した分空気抵抗減らせたからね。でも一発あたりのバッテリー消費量見る限り、電源確保できないと長期戦にはまだ向かないなー」


 未唯は、台車の上に載せられた巨大な箱の側面のディスプレイを眺めていた。その立方体は黒色の装置で、ディスプレイやライトがところどころ明滅している。


「フィーコ、試しに充電してみてよ」


 未唯は、二本のケーブルをフィーコに手渡す。フィーコはそれを受け取ると、目を輝かせる。


「お任せください!」


 フィーコの右手の指輪が青く光る。ケーブルから飛び出した銅線の周りに青い火花が細かく散ったかと思うと、黒い箱のディスプレイに表示されていた数値が96%、97%……と変化し、すぐ100%になる。


「上出来! これで充電ステーションはいつも満タン! フィーコが100人いたら、冬の電力問題なんて解消するんじゃない?」

「フィトンの指輪はとても貴重なもので、大陸に5本もありませんよ」

「違うでしょ! そこは『私の代わりなんていない』って言わなきゃ!」


 未唯は充電ステーションの上に腰掛けつつ、満面の笑顔をフィーコに向けた。フィーコも笑い返す。

 衛兵たちの制圧を確認した梓が、2人に歩み寄ってきた。


「さて、どこをどう探せばお二人に遭遇できますか」

「ピスケがメッセージを残してます」


 フィーコが足元をコンコンと指し示すと、そこは床に石碑のように文字が日本語で彫られている。梓が身をかがめて読み上げる。


「『書斎で待つ』……ですか。その書斎の位置は、覚えてらっしゃるのですか」

「もちろんです。このお城はワレーシャと幼少時から駆け回った庭のようなものです。ワレーシャは生い立ちの記憶だけは残してくれましたから……」


 遠い目をするフィーコを、梓はしばらく見つめていたが、


「では、道案内をお願いいたします」

「はい。感傷に浸っている場合ではありませんね」


 フィーコの背中を、未唯がポンポンと叩く。未唯は、自分が座っている充電ステーションの天板を指さす。


「フィーコも座っていきなよ。隊員さん力持ちだから、2人くらいなら台車で運んでくれるよ」






 ピスケとカリラが書斎に入ると、ピスケの予測通り、そこは本棚が復活していた。本棚の多くはまだ空っぽであるものの、何個かは分厚い本で埋まり始めている。


「ワレーシャのやつ、ハクタクを手に入れた途端、急に読書家気取りか。殆どフィーコに頼り切りだったくせに」


 ピスケは鼻で笑うと、本棚を物色し始めた。カリラは周囲を見回しながらピスケに近寄ってくる。


「なんだ、ワレーシャいないじゃん」

「それはそれで都合が良い。奴がフィーコから奪った魔法の知識を少しでも収集したい。お前も、ヴァレリア1世という著者名の本やノートを探してくれ。この量ならそう時間はかからない」

「ハー? アタシが読み書き苦手なの知ってんでしょ?」

「名前だけなら読めるだろ。それに幻獣の数が違ったとはいえ、お前は一度ワレーシャに負けてるんだ。奴の弱点になりそうな手がかりは掴んでおくべきだ」

「負けてなんか……」


 カリラはムスッとするが、二の句が継げない。カリラは不承不承、近くの本棚に手を伸ばした。


「えっと、ビーレーネースー……ヴァレ何とかじゃない」


 カリラは本を手にとっては著者名を確認し、戻していく。スラム育ちで普段ほとんど字を読まない彼女にとっては、この程度でも一大作業だ。

 カリラは数分間、この不慣れな作業に徹していたが、


「ヴァレリア1世……あったよ!」

「そうか、でかしたぞ!」


 ピスケは、カリラから古びたノートを受け取る。


「あの分厚い古書じゃなくて、ノートの走り書きか……。フィーコでさえこれを読むのは難儀したと言っていたが、何もないよりはマシだな。引き続き残りも探してくれ」

「もうこれ見つかったんだからいいじゃん! てかアンタ、魔法詳しくないでしょ? 見つけたところで今ここでどうすんの?」


 カリラの問いに、ピスケは答えないで本棚を漁り続けている。

 カリラは苛立ちを露わにする。


「ちょっと、聞いてんの!?」

「ああ聞いてる。もう少しで全部見終わる。そうしたら機動部隊を待って帰ろう」

「……何言ってんのアンタ?」


 カリラは怪訝な顔でピスケを見つめていたが、途中からそれは怒りの形相に変わる。


「騙したな! ワレーシャのところなんて最初から行く気なかったんだ! アタシのことバカだと思って!」

「ああバカだと思ってる。この城に衛兵がどれだけいると思ってるんだ。情報収集しながら暴れユニコーンのお前をここに閉じ込める。そして機動部隊の到着を待つ。それが私の役目だ」

「閉じ込める……?」


 カリラはピスケの言葉に違和感を感じ、急いで入ってきた扉に駆け寄る。ドアノブをいくらガチャガチャと捻っても開かない。


「細工しやがった!」


 カリラはカマイタチをハンマー形状にすると、扉や周囲の壁を猛烈に叩き始める。だが凹みこそすれ、壊れる気配はない。


「お前が本に気を取られてる間に、この部屋の壁全体の組成を変えておいた。お前でも破るのに小一時間はかかるだろう。あとは梓たちの迅速さに期待するのみだ」

「……」


 ピスケの種明かしを聞いて、カリラは悔しさで言葉も出ない。ただただピスケを睨みつけるしかできない。

 だが、カリラの頭にふと去来するものがあった。


「ウドバシカメラで見た、何だっけ、あれ……ロボットの……」

 

 カリラは手の平を見つめながら目を閉じ、精神を集中する。カマイタチが、カリラの右手の周囲を覆うように顕現し始める。やがてそれは、カリラの手に装着された黒いドリルになる。


「おい、まさか……」

「オラ!」


 カリラは、ドリルの先端を壁に思い切り打ち込む。だが、穴は開かない。


「ふー……」


 ピスケが肩をなでおろした次の瞬間。

 カマイタチが高速回転し、ガリガリと壁を削りはじめた。


「ウラララララア!!!」


 ドリルはあっという間に根本まで壁に食い込む。周囲の壁に、亀裂が走る。

 ピスケは開いた口が塞がらない。


「嘘だろ……何でもありか、お前は……」

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