女子会
オリエンを終えた3人は、同じビルの低層階に案内された。低層階は居住スペースになっており、寮やホテル代わりに使われているという。3人は3LDKの部屋を1つあてがわれ、そこで寝泊まりすることになった。
「あの黒い板、アキバにあった! どうやって絵出すんだろ!」
カリラは薄型テレビの周りを物色しはじめた。手当たり次第に本体のスイッチや横にあるリモコンをいじるうちに、電源が入る。
ピスケも部屋をぐるりと見回す。
「フィーコの寝室より小さいんじゃないか。ここに3人も押し込めるとはな」
「清潔感があって、素敵な部屋ですよ」
フィーコは、ベッドに腰掛ける。
「こんなに柔らかいベッドは初めてです。一体どういう素材が使われてるんでしょうね」
その時、コンコンとノックの音が響く。
「どうぞ」
フィーコが言うと、ビニール袋を下げた未唯が入ってきた。
「あのお弁当じゃお腹空いたでしょ。デザート買ってきたよ!」
未唯の差し入れは抹茶プリンだった。容器に込められた深緑色の物体を、3人はしげしげと眺める。
「なんか色グロいんだけど……」
「これ腐ってるんじゃないのか……?」
カリラとピスケが警戒すると、未唯が苦笑する。
「ブロッコリー弁当の時もそうだけど、君ら容赦ないね……」
フィーコもしばらく抹茶プリンをじっと見つめていたが、思い切ったようにフィルムを剥がすと、スプーンでプリンを口に運ぶ。
「……!!」
フィーコは2口目、3口目を次々に口に運ぶ。
「お、美味しい! 口に入れた瞬間、渋みを伴った香りがふわりと広がります。これが抹茶という……お茶なのですか? ほろ苦さと甘さとのバランスが完璧です。そして、まるで絹のように繊細で口の中をとろけていく舌触り! この世界に、あーいえ、世界が違うんですが、こんな食べ物があるなんて!」
フィーコは、未唯に半ば興奮した表情を向ける。
「これはさぞ名のあるパティシエが作ったに違いありません! きっとこの国の皇族しか召し上がれない逸品なのではありませんか!?」
「コンビニスイーツだからそこらじゅうにあるけど……」
「コンビニスイーツ! なんて甘美な響きでしょう!」
抹茶プリンに舌鼓を打つフィーコを見たピスケとカリラも、恐る恐る抹茶プリンを口に運ぶ。
「!!」
「うっま!」
カリラは凄まじい勢いで抹茶プリンをかき込み始める。ピスケも無言で頬張る。その様子を見て、未唯はにっこり笑う。
「私の好物だし、気に入ってくれてよかったよ。最近はアメリカにも抹茶製品が出回るようになったけど、こんだけ安価にハイクオリティのものが手に入るのはやっぱ日本だけだよね」
「おかわりないの!? おかわり!」
カリラが空になった容器を未唯に突き出す。
「カリラは傷治すのに栄養が必要だもんね。この後一緒にコンビニ行こ! あ、そうだ、本来の目的忘れてた」
未唯は、ポシェットバッグから3つのスマホを取り出し、3人にそれぞれ手渡す。
「はい、この世界の魔法のアイテム! セットアップ手伝ってあげるから、その後皆でコンビニ行こう。決済アプリも入ってるから、これで好きに買い物もできるよ。税金だから使いすぎると怒られるけどね。奈津が国会で」
スマホを受け取ったフィーコは、それを大事そうに胸に抱える。
「何から何までありがとうございます。はい、無駄遣いしないように気をつけます」
「カツカレー食べ行こうよカツカレー! キャベツめっちゃ乗ってるやつ!」カリラが騒ぐ。
「お前、そんなに食うともういっぺん腹に穴が開くぞ……」
ピスケが呆れると、一同は笑った。
翌朝、ピスケは騒がしい音で目が覚めた。寝ぼけ眼を擦ると、ベッドの端で、寝間着のまま腰掛けたカリラが慌ただしくテレビのリモコンを操り、様々な動画を流している。
「おいカリラ、騒々しいぞ。フィーコが起きる……」
「このGooTubeってアプリ凄いんだよ。スイカ爆発したりビリビリした歌が流れたりすんの。さっき見つけたメガネのおじさんが面白くてさー。どこだったかな」
カリラは矢継ぎ早にサムネイルをスクロールしていく。ピスケは話を聞かないカリラに辟易しながら画面を眺めていたが、急に半目開きの目を大きく見開く。
「おい待て。あの研究者がいる」
「え……あ、ほんとじゃん」
サムネには、確かに未唯の顔が写っている。
タイトルには「【これガチです……】異世界人を緊急保護しました」とあり、サムネには大袈裟な顔で驚く未唯の顔のドアップの周りに「敵意は? 幻獣の危険性は? 国防総省の研究員が徹底解説!」と言うテキストが元気に踊っている。「内閣府幻獣対策本部公式」と言うお堅いチャンネル名とのギャップが凄まじい。
カリラは、無言で動画を再生し始めた。
「おはこんばんち! 内閣府幻獣対策本部技術課課長兼、国防総省国防高等研究計画局ディフェンスサイエンス部門上席研究員の瀬ノ川未唯だよ! よーし、今日は噛まずに言えた!」
軽快に冒頭挨拶をこなす未唯を見て、カリラもピスケも口をあんぐりとする。
「奴は報道官も兼ねているのか……」
「インフルエンサーじゃん。すっご」
画面の中の未唯は、人差し指を立てて頬を膨らませる。
「実は今日、私はすっごく怒ってます! 異世界人に、じゃありません! この写真を見てください!」
画面の右側に、1枚の写真が表示される。高い建物から撮影したらしく解像度は悪いが、それは明らかにパスから逃亡してきたフィーコとピスケ、そして2人に銃を向ける梓だった。
「Twixxerでこの写真がタイムラインに流れてきてびっくりしちゃったよね。サンドワーム騒動があって以来秋葉原一帯は封鎖したはずなのに、どうやってクロスワールドの屋上に侵入したんだろうね? 撮影者は既に機動課が確保して今お説教中です。皆も、危険なことはやめてよね!?」
未唯はわざとらしくヤレヤレと両手を広げたかと思うと、両手を下ろして机にバンと勢いよくつく。
「まあもう、こうなっちゃうと隠せないんで、正直に伝えます。はい、異世界人です。ファーストコンタクトです。あ、セカンドか。とにかく、今彼女たちは対策本部で保護されてます。でも安心して、皆良い子たちだから。保護猫みたいに威嚇したり噛みついたりしないよ。私も一緒にご飯食べたけど……」
未唯は澱みなく、異世界からの来訪者が危険ではないことを説明し続けている。一方で、フィーコ達の名前、身分、能力、経緯など詳細については一切伏せ、「異世界から少女達が紛れ込んだが敵意はない」というメッセージ以外の情報を出さないようにしている。
「ペラペラ情報を流布されては面倒だと思ったが、あくまで混乱の収拾が目的か。ほぼ同年代と聞いたが、大したものだな」
「ね! こんだけ可愛いとずっと見てられそー」
「いや容姿の話はしてないんだが……」
その時、フィーコのスマホの着信音が鳴る。フィーコは、ノソノソと布団から這い出ながらスマホをとる。
「ふぁい……」
「お疲れ様です、黒崎です。昨日お伝えしたとおり朝食は3階のカンファレンスルームにケータリングを用意しております。早めにお越しください」
「ふぁい……ワレーシャも朝食に誘ってよいですか……?」
「は、はい?」
電話の向こうの梓の困惑する声が聞こえる。数秒の無言の後、フィーコがハッとする。
「ご、ごめんなさい、私寝ぼけてて……」
「……朝食の後、10時から最上階の執務室にて会議となります。では後ほど」
梓は端的に要件を伝えると、通話を切った。フィーコは、プープーと鳴るスマホを握ったまま、天井を眺めて虚ろな表情を浮かべている。
「私、昨日は城内の寝室で目覚めたんですよね……」
ピスケとカリラは、黙ってフィーコを見つめる。元気に配信の締めの挨拶をする未唯の声だけが、部屋に響いていた。
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