内閣府幻獣対策本部
雨の秋葉原
雨に打たれながら銃を構え続ける梓に、ピスケは鋭い視線を送った。
「日本には、異国の皇族を迎えるのに武器を向けるしきたりでもあるのか?」
「皇族……?」
梓は少し驚いた様子だったが、銃は下ろさない。隣の未唯が目を見開く。
「綺麗な身なりだと思ってたけど、フィーコってお姫様なんだ!? これ国際問題にならない? いやもはや世界際問題?」
落ち着いた声で喋る梓に比べ、未唯は声が高く大きい。呆然としていたフィーコが、その声に気づいて未唯の方を見やる。
「ミユ……?」
その時、パスから新たな人影が出現した。それはガルドを背負ったカリラだった。カリラはガルドを地面にゴロンと下ろすと、
「ハァッ……! ハァッ……!」
と激しく息をする。ピスケがすかさず問う。
「カリラ! ワレーシャはどうなった!?」
「……アタシの心配より先にそっち? おっちゃん奪い返すだけでいっぱいいっぱいだったからもうよく分かんない。あいつもガタガタだし逃げたんじゃないの」
カリラとピスケのやりとりを眺めながら、梓が未唯に問う。
「緑髪の方はSNSにショート動画が上がってましたが、もう一方の男性は?」
「うーん、あんなガタイのいいおじさんはいなかったよ」
ぼうっとしていたフィーコは、仰向けになって横たわるガルドに気づくとその傍にしゃがみ込んだ。
「お父様……?」
ガルドの胸には巨大な氷柱が刺さったままだ。その衣装は胸を中心に真っ赤に染まり、口からも大量に吐血した跡が見える。雨はその血を洗い流してく。
フィーコは、ガルドの首元に指を添えて脈を確かめる。全く反応はない。
「……」
フィーコはしばらくガルドの遺体を眺めていたが、
「お父様……」
呻くように呟くと、ガルドの腹の上に上体を被せる。そして、そのまま静かに嗚咽した。
「フィーコのお父さんってことは……皇帝……ってこと? この子達、もしかして亡命者?」
未唯が困惑する。梓は銃を下ろした。
梓はフィーコ達に呼ばわる。
「あなた方の仲間はもう1人いると聞いています。その方を待ってからパスを閉じた方がよろしいですか?」
問われてカリラがキッと睨み返す。
「何こいつら? こっちにも敵がいるなんて聞いてないんだけど」
カリラがカマイタチを顕現するが、ピスケはカリラを手で制する。
「こちらの世界にもパスを閉じる技術があるのか。ではとっとと閉じてくれ。どさくさで研究ノートも置いてきてしまった」
「金髪の子は大丈夫なの?」
未唯が問う。ピスケは首を振る。
「奴は帝国の簒奪を企て殺人者に堕ちた。帝国の内部をどこまで掌握しているかも分からん。追っ手が来ないうちに急いでくれ」
「情報量多いなあ……まあオッケー。パスクローザー、起動して!」
未唯が呼びかけると、機動部隊の隊員の1人が、パスに向かって小走りに寄ってくる。隊員は大掛かりな機械を背負っており、その両手には金属製の長い棒状のデバイスが握られている。
隊員は背中の機械のスイッチを入れると、その棒をパスに向けた。パスの輝きがだんだんと小さくなり、数秒後に消失した。
その様子を見届けた梓は、フィーコ達に向かって深く頭を下げた。
「先ほどのご無礼を謝罪いたします。改めて、対策本部へのご同行を願います。車を用意しております。お父様のお身体は、技術課の方で丁重にお預かりします」
「皇女様ぁ!? 赤坂は赤坂でもここは迎賓館じゃないわよ!?」
肩まで伸びた栗色の髪の女性が、調子外れの声を広大なフロア全体に響かせた。赤坂センターシティARCと呼ばれる高層ビルの最上階は、間仕切りもなく全体が本部長の執務室兼会議室となっている。
女性はスーツを身にまとい、立派な執務机の上に行儀悪く腰を下ろしている。彼女と対するように、梓は背筋正しく起立していた。
「外務省に正式な接待を依頼しますか?」
「異世界のゲストに儀典長立ててもらえるわけないでしょ〜? それに私たちの目的は歓待することじゃなくて調査」
「迎賓館の話を持ち出したのは本部長代理では」
「冗談に決まってるでしょ」
「私も冗談で返しただけです」
「ああそう、そりゃ悪うございました……」
本部長代理と呼ばれたその女性 ーー 宮坂奈津 ーー は、その細い目をさらに細める。
「それで、皇女様ご一行は私たちの心を尽くさんばかりのおもてなしに満足してるかしら?」
「はい、救護室でカリラさんの傷の手当てを見守りつつ、瀬ノ川課長からのヒアリングに応じてくれています」
「未唯があの子達と面識あって助かったわ。国交樹立できたら親善大使に推薦しましょ」
「あと30分程度でヒアリングが終わりますので、そのサマリを本部長代理にご報告した後、17時から彼女たちに向けたオリエンテーションを開きます。本部長代理も御出席ください」
「詰め込むわねー。1人は怪我人で、しかも1人は親を亡くしたんでしょ? 今日くらいそっとしておいてあげられないの?」
「事情聴取と初動対応はスピードが命です」
「ここは桜田門じゃないわよ? せめておいしいご飯くらい食べさせてあげなさい」
「では会食ミーティングにしましょう。出前を取ります」
梓はスマホを取り出して出前アプリを開く。奈津が子供っぽく手をあげる。
「はいはい、ローストビーフ丼お願い! トッピングは半熟卵とマッシュポテトね!」
「ブロッコリーと鶏胸肉のカリフラワーライス弁当を人数分頼みました」
「それはさぞ喜ぶでしょうね! 筋トレの国のお姫様ならね!」
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