パスは開く
一方、なんとか氷柱を脇腹から引き抜いたカリラは、よろめきながらも立ち上がった。水色の服の生地には傷口を中心に血が滲んでいる。
「ワレーシャ、こっちを向けぇ!!」
カリラは槍を手に、挑発しながら走り始める。だが足を踏み出すたびに強烈な痛みに襲われる。
「グゥ、あぐ……」
カリラは二、三歩進んだだけで、傷口を手で抑えて立ち止まってしまった。ワレーシャはくるりと振り返る。
「武芸大会は閉会ですわ。二連覇とはいきませんでしたわね」
ワレーシャは冷笑すると、カリラに向かって一条の電撃を放つ。
「ギィア!」
避けることもできず、カリラは電流をもろに食らう。カリラが、ついに背中をついて倒れる。
「グホッ! ゲホッ!」
カリラは仰向けに倒れたまま、咳き込む。口元から血が僅かに吹き出す。カマイタチがその手から消滅する。
ワレーシャは満足げに、フィーコ達のいる方へと視線を戻す。
「さて、背後の憂いもなくな……!?」
ワレーシャの目に入ったのは、ドスドスと突進してくる扉だった。すぐにそれが扉ではなく、ちょうど人間が収まる程度の大きさの石の盾だと理解する。
「この身体中の血が逆流する感覚、ウェリッサ戦役以来じゃわい!」
「まだ動くかこの男! 本当にフィトンとの契約切れてますの!?」
ワレーシャはガルドの盾に向かって電撃を放つが、石の盾は電撃を弾く。ワレーシャはすぐに、氷の絨毯を足元からガルドに向かって伸ばす。だが氷がガルドの足元に達する直前で、ガルドは盾を構えたまま大きく跳躍する。ワレーシャにも届かん距離だ。ワレーシャは咄嗟に後退しようとするが、
「うぐッ!」
左足首に激痛が走る。見ると矢が貫通している。後方では、上体だけ起こしたカリラがボウガンを構えていた。
「まだ残ってんだけど……敗者復活戦」
「この死に損ゲブゥ!」
毒づこうとしたワレーシャに、ガルドが盾ごとのしかかる。
「ぐあっうっ!!」
盾の下敷きになったワレーシャは苦悶の叫びを上げる。
「年貢の納め時だ、小娘!!」
盾の上から馬乗りになったガルドが、ワレーシャの顔面に殴りかかる。その手は、石のグローブで覆われている。
「させるものですか!」
ワレーシャが氷の盾を右頬に作ると、ガルドの拳がそこに炸裂する。氷は砕けるが、それでも拳はワレーシャに届かない。
「我が執念に敵うものですか! 敵ってはならない!」
ワレーシャは、盾の下から辛うじて出ている右手の平から、伸び切ったガルドの腕に向かって、電撃を発する。電撃が、ガルドの体ごと包み込む。
「グオオオオオオオ!!!」
ガルドの咆哮が、ドームに響き渡った。
「できました、パスが! これで逃げられます!」
詠唱を終えたフィーコが言う。戦況を見守っていたピスケは、フィーコの目を見るとしっかりと頷く。
「まずはお前だけ逃げろ」
「ではお父様も……あっ!?」
フィーコの視線の先には、ワレーシャの電撃に覆われたガルドの姿があった。
「ウオオオオオオ!!」
「お父様! お父様が!!」
フィーコはガルドのもとに駆け寄ろうとする。ピスケが慌てて押し留める。
「陛下が何のために体を張ってらっしゃると思う! とにかくお前は逃げろ! あとは私たちが何とかする!」
「でもお父様が! お父様が!!」
フィーコはほぼ錯乱している。ガルドはなおも電流に身を焦がされている。だが、
「この雷はわしのものじゃ!!! 返してもらうぞ!!!」
ガルドは、電撃を身に纏ったまま、雷を出し続けるワレーシャの右手に向かって噛み付く。
「いっだぁああ!!」
ガルドは、フィトンの指輪をはめたワレーシャの中指に、根元まで食らいついている。
「離し、なさい! この! この!!」
ワレーシャはなおもガルドに電流を流し続けるが、ガルドは決して口を離さない。
ゴギッ。ワレーシャの指の骨が砕ける音がする。
「ぎいい!! この、あ、ぐうう!」
ワレーシャが激痛に耐えながらも電撃を流し続ける。だが、
ブチィッ!
という音と共に、電流が止まる。ガルドが首を持ち上げると、その口には指輪をはめたままの中指が、それ単体でくわえられている。
「ああ、あああああああああ!!」
中指を食いちぎられたワレーシャが絶叫する。あまりの痛みに涙が泉のように溢れ出る。
「こんなものでは済まぬ。貴様の払うべき代償は」
ゴクン。
ガルドは指を飲み込む。口を開くと、歯と歯の間にフィトンの指輪が挟まっている。ガルドがニタリと笑う。
「蛮族がッ!」
ワレーシャは落涙しながら、中指を失った手から氷柱をガルドに向かって突き出す。
氷柱が、ガルドの胸を貫いた。ガルドの胸と口から、大量の血が吹き出す。
「お父様あああああ!!」
「見るな、フィーコ! フィトンの指輪を奪い返されたら次こそ終わりだぞ!!」
ピスケはガルドに駆け寄ろうとするフィーコを何とか押しとどめている。
「くそ、せっかく雷が止んで壁に穴が開けられるチャンスというのに……!」
ピスケの指輪は何度か青く点滅しているが、フィーコを押しとどめるのに手一杯で召喚に集中できない。
「お父様!」
何度も名を呼ばれたガルドは、胸を貫かれたままフィーコの方を向く。
「フィーコ……この国でなくてもよい……この世界でなくてもよい……逃げて……逃げて……生き延びよ……」
ガルドは声を絞り出すと、滝のように口から血を吐き、そのまま動かなくなった。
「お父様ああああああ!!!」
「頼むフィーコ! 頼むから!!」
パスの前で揉み合っているフィーコとピスケ。その隣に、いつの間にか満身創痍のカリラが立っていた。
「いつまでやってんの!!」
カリラは2人をドンと押す。2人はあっけなくパスへと吸い込まれる。
カリラは、ワレーシャの方を振り向く。ワレーシャは、右手を押さえたままズルズルと盾の下から這い出していた。だが、カリラの視線に気付いてこちらを見やる。
「フー……」
カリラは鬼のような形相で、ワレーシャを睨みかえした。
秋葉原の駅前広場は、大雨だった。以前はあれだけたくさんいた人の群れも今はない。代わりに、物々しい装備に身を包んだ、いわゆる機動部隊がフィーコとピスケを取り囲んでいる。
「おいおい、ワレーシャの手先なんてことはないよな……?」ピスケが警戒する。
「お父様、お父様……」
フィーコは相変わらずガルドを呼んでいる。だが、叫び疲れたのかもはや元気もない。
機動部隊の中から、黒いショートカットにスーツ姿の若い女性が歩み出る。女性は、拳銃を2人に向けて構えている。
「内閣府幻獣対策本部、機動課課長の黒崎梓です。本部長代理に御面会を願います」
ピスケは、黙って梓と名乗った女性を睨みつける。
すると梓の背後から、白衣を身に纏った金髪の少女がひょっこりと現れた。
「また会ったね、フィーコ」
未唯は、白い手袋をはめた手を軽く振りながら笑顔を向けた。
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