武芸大会

 ワレーシャは、想定外の来客を憎たらしそうに睨みつけた。


「謹慎は解けてませんわよ」

「ワレーシャてめえ!!」


 カリラは棒状のカマイタチを構えながら、韋駄天の如くワレーシャに向かって突進する。カリラは飛び上がると、空中で横回転しながらカマイタチをワレーシャの側面に叩き込む。


「く!」


 ワレーシャが瞬時に右腕の側面を覆うように氷の盾を出し、カリラの一撃を受け止める。盾はバリンと割れ、ワレーシャの二の腕にカマイタチが達する。


「っっっ!!!!」


 打撃を受けたワレーシャの表情が苦痛に歪む。同時に、カリラはワレーシャの顔の周りに微弱な電流が走っていることに気づく。


「!」


 カリラが急いで飛び退いた次の瞬間、ワレーシャの右腕全体が電流に包まれる。ワレーシャは打たれた右腕をさすりながら、カリラに笑みを向ける。


「さすがの反射神経ですわね、お猿さん。あなた、カマイタチが金属製だってことを知ってましたの」

「……フィーコが教えてくれた。おっちゃんの前でカマイタチ出すと感電するって」

「サプライズが一つ減ってしまいましたわね。ただ、これで接近戦はわたくし有利ですわ!」


 ワレーシャがカリラに向かって電撃を放つ。カリラはバク転しながら距離を取り体勢を整えると、ブーメラン型になったカマイタチを振りかぶって構える。


「イモムシの口の中にはアンタを突っ込んどくんだった」






 戦う2人を尻目に、ピスケは倒れているガルドの元に駆け寄ると、ドワーフのハンマーで石畳の床を叩きつける。石材がみるみる変形し、ガルドとワレーシャの方向を隔てる半球状の囲いとなる。ピスケは続け様に魔法陣の上で伏しているフィーコの元に移動し、そこにも同様にワレーシャから守るように石の囲いを作る。


「陛下はまだ息がおありだ。希望を捨てるな」


 ピスケがフィーコに伝えると、呆然と状況を眺めていたフィーコは、目が覚めたような表情をする。


「本当ですか!?」

「ああ。……立てるか?」

「は、はい。痺れも取れてきました」

「なら私がそこの壁に穴を開けるから、助けを呼びに行ってくれ。私とカリラであの狂人を抑え込む」

「分かりました」

「いや……ちょっと待て」


 ピスケは、立ちあがろうとするフィーコを手で制すると、頭上を見上げる。闘技場は、金属製のドームに覆われている。


「ここを実験場にしようと言ったのはワレーシャか」

「ええ、はい……」

「閉じ込められたな。金属の壁に電撃を流して触れさせまいという魂胆だ。ドワーフのハンマーも金属製だからな……」


 カリラと激しい戦闘を繰り広げるワレーシャは、常に壁を背にして戦っている。その体からは不規則に電撃がほとばしり、そのうちの何本かは壁に達している。


「雑に雷をばらまいているだけで我々を閉じ込められるというわけだ。律儀に扉を閉めるんじゃなかった」

「そんな……」

「フィトンに弱点はないのか? ジャックフロストでもいい」

「ごめんなさい、私、ハクタクも知識も全て奪われて……」

「何だって」


 ピスケが信じられないという表情でフィーコを見る。そして、歯軋りしながらワレーシャに視線を飛ばす。


「地中をドワーフで掘っていくか……しかし時間がかかりすぎる。狭い穴で背後から狙われたらおしまいだ。何か、何か方法は……」


 ピスケは周囲を見渡す。フィーコの傍に落ちている研究ノートが目に入る。ピスケはノートを拾い上げるとフィーコに突き出す。


「このノートに実験の詳細は全部記録してあるのか」

「覚えてません……でも私ならそうすると思います」

「記憶がないなら掘り起こすまでだ。パスを開いて逃げるぞ」






 ブーメラン、投げ槍、トマホーク……。カリラは考え得る限りの飛び道具をワレーシャに向かって放ち続けていた。しかしワレーシャは素早く走り回りながら氷の盾や氷柱を次々に生成し、その軌道を逸らし続けている。しかも防御や回避の合間に電撃を放ってくるため、カリラも正確に狙いを定められない。


「中距離戦はわたくしに一日の長があるようですわね。狙いが単調ですわよ、カリラ!」

「くっそ、ズルのくせにドヤ顔しやがって……!」


 カリラは歯噛みする。決定打を与えるには得意な近接戦に持ち込むしかない。しかしカマイタチを手にしたままワレーシャに攻撃すれば、カウンターで感電する。


「触らせなきゃ、いっか」


 カリラはカマイタチを両刃の長剣にすると、ワレーシャに走り寄る。ワレーシャの電撃をすばしこく避けながら接近すると、ワレーシャの肩口目掛けて袈裟斬りを放つ。ワレーシャは肩に氷の鎧を生成して斬撃を辛うじて受け止める。


「なるほど……これだけ刃渡りが長いと、わたくしも素手では触れませんわ」


 ワレーシャの顎から汗が滴るのに呼応するように、氷の鎧からもポタポタ水滴が落ちる。すると、鎧に纏わり付いた水滴に電流が走り、カマイタチを経由してカリラの体に到達する。


「ギッ!!」


 カリラが声にならない声を上げて仰反る。何とか踏ん張ってバックステップするが、ワレーシャが放った2撃目の電流を受けてしまう。


「イッ……!!」


 カリラは剣を杖にして何とか踏みとどまるが、


「這いつくばりなさい、この下層民が!」

「ガ!」


 ワレーシャから3撃目を喰らい、ついに膝をつく。


「膝では足りませんわ! 顔を、胸を、地につきなさい! 物乞いのように!」

「グゥ! ア!」


 膝立ちでうずくまるカリラに向かって、ワレーシャは何度も電流を放つ。カリラはその度に呻く。しかし決して倒れ伏さない。

 カリラは顔を上げるとカッと目を見開き、レイピア状になったカマイタチをワレーシャに向かって突き出す。


「っ!!」


 反撃を予想していなかったワレーシャは、太ももにレイピアを受ける。咄嗟に飛び退くが、傷口からは血が滴り落ちる。深傷ではないが痛みは鋭い。


「猿の躾は一筋縄ではいきませんわね……」






「ここの修正とここの修正を繋ぎ合わせて……後は冒頭の部分がどこかに書いてあれば……」

 フィーコは研究ノートを忙しなく捲りながら詠唱の呪文を探し、ノートの切れ端に書き写していく。呪文がまるまる書いてある場所はなく、実験のたびに修正箇所だけが記録されているため、それらの断片をつなぎ合わせないと呪文の全体像が分からない。

 その間にピスケは、フィーコの柄国まで、気絶しているガルドを引きずって来ていた。


「フィーコ、後どれくらいでできそうだ? カリラも苦戦してる」

「そんなの分かりませんよ! どこに何が書いてあるかも分からないし、覚えられないからいちいち書き写さないといけないんです!」

「お、おい、怒るな。悪かった。お前はそっちに集中してくれ」


 フィーコが声を荒げるところなど見たことがなかったピスケは、鼻白らむ。


「パスが開くまで、私もカリラに加勢するか……」


 ピスケが石の囲いの脇から状況を窺うと、カリラが腹を抱えてうずくまっているのが見えた。よく見ると、彼女は脇腹に刺さった氷柱を必死の形相で引き抜こうとしている。

 対していたワレーシャは、カリラに背を向けて、びっこをひきながらこちらに歩いて来る。腿には複数の刺し傷があり、険しい顔の周りには電流が渦巻いている。


「戴冠式の会場ですわよ。きちんと祝いなさい」

「フィーコ、やっぱり急いでくれ! あれが来る!」

「静かに!」


 フィーコは、ノートの文字列を指で追いながら詠唱を始める。床の魔法陣が微かに発光し始める。


「よし、後は時間稼ぎだ!」


 ピスケは石の囲いに向かって内側からドワーフハンマーを打ち付ける。ハンマーとの接触部分だけがくり抜かれ、ワレーシャに向かって弾丸のように打ち出される。弾丸の材料になった部分に穴が開く。


「!?」


 ワレーシャは氷の盾で咄嗟に防御し、石の弾丸をいなす。ピスケが開けた穴に向かってすかさず電撃を飛ばすが、穴はすぐに塞がる。

 第二弾、第三弾が次々に囲いから発射される。ワレーシャは巨大な分厚い氷の壁を生み出し、それらの弾丸を防御した。あたりに氷の破片が飛び散る。


「多少弁が立つだけの策士気取り。この程度ですの」


 氷の壁の底から、氷の絨毯が囲いに向かって勢いよく伸びていく。氷は囲いまで達すると、あっという間にその前面を覆い尽くす。ピスケがハンマーを打ち付けても、氷の覆いに阻まれて弾丸を発射できない。


「ハンマーが届く範囲まで氷が来れば変形させられるんだが……敵もさるものだ」


 ピスケは囲いの脇からワレーシャを覗き見ようとするが、頭を出した瞬間に電撃が襲ってくるので状況の確認もできない。フィーコの方を振り返ると、その背後には、白く光るパスの入り口が出来始めているが、まだその光は弱い。詠唱はまだ続きそうだ。


「くそ、次だ、次の手立ては……!!」

「おいピスケ」

「うおお、陛下!?」


 突然死角からガルドの声がして、ピスケは仰天する。ガルドは囲いを背もたれにして床に座っていた。


「盾を作れ。皇帝の特注品じゃぞ」

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