散策の終わりに
4人は、交代でパスの見張りをしつつ、秋葉原中を探索した。
ウドバシカメラでブルブル震えるマッサージ椅子に腰掛けて楽しんだり。
ソフモップで精巧なフィギュアに目を奪われたり。
外国人観光客と拙い英語でコミュニケーションしたり。
神田明院で見様見真似で参拝をしたり(お賽銭は入れられなかったが)。
お金のかからない範囲で一頻り楽しんだところで、4人ともお腹が空いてきた。
「飲食物を買えない以上は、今日は帰りましょうか。日雇い労働をするわけにもいきませんし」
フィーコがお腹をさすりながら提案すると、3人とも賛成した。
「楽しかったね、アキバ! また来ようね!」
「おいカリラ、なんでお前がここにいる。パスから目を離すなと言ったろう」
「大丈夫だって! あんな高いとこにあるしどうせ何も起きやしないよ」
その瞬間、駅前広場から多数の悲鳴が聞こえ、人々が逃げてくる。
「パスの方で何か起きてるね」
「お前、3秒前の言葉覚えてるか?」
「とにかく急ぎましょう!」
フィーコの掛け声で、4人は広場に急行した。
そこにいたのは、巨大な芋虫のような幻獣だった。直径1メートル、体長5メートルはある。目はなく、ギザギザとした歯を持つ口だけが先端についている。幻獣はブヨブヨした体をうねらせて、周囲を窺っている。
「あれはサンドワームですね……ミノタウロス同様、パスに横入りしてきたようです。酸を吐くので正面からの攻撃は禁物です」
フィーコが解説すると、ピスケが慌ててサンドワームの方を指差す。
「おい、1人逃げ遅れてるのがいるぞ!」
サンドワームの2メートルほど前方に、フィーコ達の見知った顔がいた。尻餅をついている未唯だ。その傍では、紙袋からアニメグッズが溢れでている。
「う、嘘じゃん……写真よりグロすぎるって……」
未唯は恐怖でガタガタと震えている。腰を抜かしてしまっており、動けそうにない。
サンドワームは未唯に狙いを定めると、ビシャっと酸を吐きかける。未唯が目を瞑る。だが間一髪、カリラが未唯を抱き抱えて即座に離脱した。酸を浴びた紙袋やグッズは溶けて煙を上げている。
「あ、ありがとう……あれ、さっきの?」
カリラは、混乱する未唯をフィーコ達の前で下ろす。フィーコが未唯に頭を下げる。
「ごめんなさいミユ、私達の開いたパスのせいで危険な目に合わせてしまって……あれは私達が責任を持って対処します」
「パ、パス? ってかあれ、なんで日本語喋ってんの?」
「説明している時間もありません。とにかくここから逃げてください」
フィーコが真剣な面持ちで未唯にいうと、未唯は戸惑いつつも頷き、走って立ち去る。
「フィーコ、サンドワームの弱点は?」ピスケが尋ねる。
「弱点は炎なのですが、私たちの能力では炎は出せません。根気よく物理攻撃しかありませんね」
それを聞くと、ワレーシャは手の内に氷の剣を作る。
「望むところですわ。害虫駆除を始めますわよ。カリラ、わたくしは左から攻撃しますのであなたは右から」
「なーに仕切っちゃってんの? まあいいけどさ!」
2人は簡単に打ち合わせると、左右に展開して走り始めた。それを見送ったピスケは、フィーコに語りかける。
「私たちは通行人を避難させよう。野次馬どもが遠巻きに見てて危ない」
「そうですね、ドワーフで柵を作って立ち入れないようにしましょう。私も皆に呼びかけます」
フィーコはスマホをかざす群衆に向かって足早に駆け寄ると、
「危険ですから下がってください!」と避難を呼びかける。ピスケは群衆を追い返しながら、ドワーフで地面を叩いて柵を作っていく。
サンドワームの左側に回り込んだワレーシャは、氷柱を発射する。サンドワームの体はブヨブヨと柔らかく、簡単に氷柱が体に刺さるが、傷口から体液がヌルヌル流れ出すだけで、あまり致命傷には見えない。
「ギュギョ!」
怒ったサンドワームはワレーシャに向かって酸を飛ばす。ワレーシャはすかさず距離を取る。酸の付着したコンクリートから、煙がジリジリと上がる。
「ウラァ!」
ワレーシャに気を取られたサンドワームの背後を、カリラは薙刀状のカマイタチで切り付ける。傷は確かについたが、やはり体液が染み出す程度で手応えがない。サンドワームは今度はカリラの方に振り向くと、酸を飛ばしてくる。カリラは機敏に回避する。
「ワレーシャ、これボディ狙っても埒あかないよ!」
「この毒虫、胴体しかありませんわよ!」
「口があるじゃん、口が! どんな幻獣も口から内蔵狙えば死ぬ!」
「酸はどうしますの! 狙いを定めてダーツとはいきませんわよ!」
「ダーツ! あー、ダーツやってみたかったなぁ!」
「真面目におやりなさい!」
「おわ!」
ワレーシャのツッコミに呼応するように、サンドワームは再びカリラに酸を吐きかける。カリラは苦もなく避けるが、決め手に欠けるので接近もできない。
ワレーシャは、群衆を整理しているフィーコに視線をやる。
「フィーコ! 氷の盾で酸は防げますの!?」
「ワレーシャ!? えっと、サンドワームの酸は水とは反応しないので、大丈夫だと思います!」
「聞きましたかカリラ!! わたくしが氷の盾を展開しながら、正面から氷柱を口の中に打ち込みますわ! 準備ができるまで注意を惹きつけてくださいませ!」
「オッケー! 咥えきれないくらいぶっといのお願いね!」
カリラは、サンドワームを四方八方からカマイタチで挑発し、サンドワームの狙いをワレーシャから逸らすように器用に立ち回る。
一方ワレーシャは、両手を前方にかざすと、そこを中心に氷の盾を生成する。それはさらに巨大化してワレーシャの前面を覆う、もはや盾と言うよりは壁へと変化する。そして壁の中心から、サンドワームに向けて巨大な氷柱がニョキニョキと生えていく。そしてその周りに、小さな氷柱が何個も生成される。
「準備ができましたわ、カリラ、離脱を!」
「あいさー!」
ワレーシャは、まず小さな氷柱達をサンドワームに向かって放つ。ワレーシャに気づいたサンドワームは、ワレーシャに向かって酸を吹きかける。透明な氷の壁に酸が勢いよく叩きつけられるが、フィーコの言う通り氷が溶ける気配はなく、ワレーシャの目の前を壁越しに黄色い酸がダラダラと流れ落ちていく。
「心臓に悪いですわね……さあ、こっちをもっとご覧なさい……」
ワレーシャは、緊迫した表情で、氷越しにサンドワームを見定める。サンドワームは不規則な動きをしているが、酸を吐きかけるために再度その大口をワレーシャに向かって開ける。
「今ですわ!」
ワレーシャが巨大な氷柱を発射する。見事にサンドワームの口に命中し、半分ほどがサンドワームの口に飲み込まれた状態となる。
「ギュ!? ギュギュ!?」
サンドワームは予想外のことに驚き、氷柱を吐き出そうと頭を激しく振る。すかさずカリラが、サンドワームに軽快なステップで接近する。カマイタチの形状は巨大なハンマーだ。
「今日覚えた日本語にあった! 『釘も出なけりゃ打たれまい』ってね!」
カリラは、思いっきり振りかぶったハンマーを、助走の勢いそのままに氷柱の底面に打ちつけた。ガキンと鋭い音がして、氷柱がサンドワームの口の中まで一気に押し込まれる。
「ギュ!ギュ!」
氷柱を完全に飲み込んだサンドワームは、のたうち回って苦しむ。しかししばらくすると、だんだんと動きが弱まっていく。
「トドメですわ」
ワレーシャは底面だけが見えている氷柱に手を当て、指輪を光らせる。すると、サンドワームの全身が膨らみ始め、一本、また一本と、皮膚を突き破って氷柱が出てくる。360度あらゆる方向から氷柱に内側から食い破られたサンドワームは、断末魔をあげる力もなく、ぐったりと力尽きた。そして、スーッとその巨体が消滅する。
「ふぅ……」
「やるじゃん! ほら、ハイタッチ! こっちの世界だとよくやるんでしょ!」
カリラはワレーシャに向かって、右手を挙げる。ワレーシャは少し躊躇ったが、照れくさそうに右手を挙げる。パチンという音がして、2人は力強くハイタッチを交わした。
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