皇女、秋葉原に立つ

 パスの通過は恐ろしく呆気なかった。眩いパスに足を踏み入れた次の瞬間には、フィーコ達は秋葉原駅の電気街口駅前広場に降り立っていた。フィーコの手には、魔法陣発動用に兜が抱えられている。


「すごい数の建物だな……宮殿より背が高いんじゃないか?」

「しかも夥しい人の数です。きっとここはこの世界の都に違いありません」


 ピスケとフィーコが周囲を見渡して感心する中、ワレーシャは通行人たちを珍獣でも見るような目で眺める。

 

「揃いも揃って奇妙な格好ですわね……」

「え、そう? あの子達の服可愛くない? アタシも着てみたい」


 カリラに露骨に指をさされた女子高生達は、目を合わせないようにそそくさと改札を潜っていく。他の通行人達も、4人を物珍しげに眺めたり、関わり合いにならないように避けて通ったりしている。


「あれ何のコスだ?」

「さあ、新作のソシャゲかマイナーなVTuberかな……」

「でも4人とも髪色綺麗だな……クオリティ高ぇ」


 通行人たちは4人をコスプレ集団と思い込んでいるが、フィーコ達からは会話の内容は聞き取れない。

 ピスケは唸る。


「言語が全く通じなそうだ。どうするフィーコ」

「本屋か図書館があれば、私のハクタクの能力で大量の文字情報から言語パターンを習得して、皆にその知識をコピーすることができます」

「じゃあアタシ本屋の場所聞いてくる! あのメイドさん、多分ウチらと同じ帝国出身だよ!」


 カリラは、ティッシュ配りをしているメイド姿の女性にタッタッタと近づく。


「ねえ、その格好、お城で働いてたメイドさんだよね? 同郷のなじみで本屋の場所教えてくんない?」


 もちろんカリラの言葉は通じない。女性は迷惑そうに眉を困らせる。


「あれ、違った? てか何配ってんの?」


 カリラがメイド喫茶の宣伝のティッシュを手に取る。メイド姿の女性が何人か印刷されている。


「何これ、人探し? じゃあアタシらがこの子達一緒に探してあげるから、代わりに本屋教えてよ」


 謎の言語でグイグイ迫ってくるカリラに女性は恐怖を感じたのか、手提げバッグに入れていたスタンガンを徐に取り出す。だがカリラはそれを見るや、あっという間に女性からスタンガンを取り上げてしまう。


「これ武器だよね? いきなり攻撃とか酷くない? てかどう使うのこれ?」


 しげしげとスタンガンを眺めるカリラを見て、女性はティッシュ箱もその場に置いたまま逃げてしまった。見かねたワレーシャが、歩み寄ってくる。


「ちょっとカリラ、あまり往来で恥ずかしいことしないでくださいまし」

「ああこれスイッチか。雷? ガルドのおっちゃんからよく出るやつと同じ色だ」


 カリラは、スイッチを入れたままワレーシャの横っ腹にスタンガンを押し当てる。


「ミギャア!!!」


 ワレーシャは飛び上がると、その場に倒れ込んでしまった。驚いたフィーコとピスケも、駆けつける。


「おい、何があった!」

「これ凄いんだよ。フィトンと契約してないのに雷出せちゃった」


 得意げにピスケに話すカリラの横で、フィーコはワレーシャに手を差し伸べる。


「ワレーシャ、大丈夫ですか?」

「ぐぐ……今度の武芸大会では覚えてらっしゃい……」






 カリラに任せるのは危険だということで、フィーコが本屋の場所を聞き出す係になった。


「あの、もし。お時間ございますか」


 フィーコは、金髪ツインテールの少女に話しかけた。少女はフィーコに少し驚いたようだが、微笑むと


「Where are you from?」


 と返す。しかしフィーコはキョトンとしている。


「あれ、英語通じないんだ。見た感じ西洋出身だよね。D'où venez-vous? Woher kommen Sie? ¿De dWaar komt u vandaan? Var kommer du ifrån? Откуда вы?」


 少女は様々な言語で出身を尋ねるが、フィーコには伝わらない。


「えー、流石にバルト三国とかはわかんないぞ。参ったな〜」


 少女が何を言っているのかは分からないが、友好的な態度であることは読み取れたフィーコは、本を開くジェスチャーを繰り返した。少女はピンときたように両手を合わせる。


「ああ、君らも同人誌買いに来たクチね! スイカブックスならあっちにあるよ! スマホで検索してあげる」


 少女は自身のスマホを指差した後、フィーコを指差す。フィーコは首を横に振る。


「え、スマホ持ってないこととかある? 困ったな……あ、それ貸して!」


 少女は、フィーコが手にしていたメイド喫茶のティッシュを手に取ると、メイド喫茶の場所が書かれた地図に、ペンで印を書き加える。


「現在地がここ! で、ここに行けば同人誌いくらでもあるから!」


 フィーコは地図を眺めると、にっこり笑って胸に手を当てる。


「親切にしてくださってありがとうございます。私はフィーコと言います。あなたのお名前はなんとおっしゃいますか」

「えっと……ごめん、何て言ってるかわかんない」

「フィーコ」


 フィーコは一言だけ言って、胸を何度か叩く。


「ああ、フィーコっていうんだ。国際学会でも聞いたことない珍しい名前だね。私は瀬ノ川未唯(せのかわみゆ)だよ! ミユ!」

「ミユ……ありがとう、ミユ」

「じゃあね、日本を楽しんでね!」


 未唯はバイバイと手を振ると、秋葉原の人混みに紛れていった。


「世界は違っても、人の優しさは変わらないのですね」


 フィーコは、ティッシュを大事に抱えると、3人の元に戻った。

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