魔法、幻獣、科学

 ガルドの霹靂から数日後。

 中庭で、フィーコ、ワレーシャ、カリラ、ピスケの4人はアフタヌーンティーに興じていた。


「あっつ!」


 ティーカップから口を離した緑髪の少女、カリラは、カップを隣に座るワレーシャの目の前に持っていく。


「ワレーシャ、氷ちょーだーい」

「わたくしは氷売りではありませんわよ」

「知ってるよ、だってタダでくれるもんね!」

「はぁ、あなたは皇族を何だと思ってらっしゃるんですの……」


 ワレーシャはカリラのカップに氷をポトポトと落とす。


「サンキュー!」


 ゴクゴクと喉を鳴らしてお茶を一気に飲み干すカリラを、フィーコは残念そうに眺める。


「アイス用の濃さで淹れてないので、熱いまま飲んで欲しかったのですが……」

「カリラに味なんて分かるわけないだろ」


 青髪の少女、ピスケはカリラを揶揄すると、ズビズビととても品があるとは言えない音で茶を啜る。ワレーシャは顔を顰める。


「フィーコの従者とはいえ、もう少し作法というものがございましょう? 優雅なティータイムのはずが、まるでスラムにいる気分ですわ」

「アタシへの当てつけ? アンタも1回住んでみる? あ、フィーコおかわり!」


 カリラが二杯目を要求する。


「はいはい、お待ちください」


 トポトポと紅茶を注ぐフィーコを見やりながら、ピスケはカップをソーサーに置いた。


「さて、フィーコ、ワレーシャ。あれだけの騒ぎを起こしたんだ。そろそろ事の顛末を話してくれないか」

「ええ……私から説明しますね」


 フィーコは席につくと、ボロ宿の地下室での冒険からガルドの実験禁止令に至るまでの経緯を整然と説明した。ピスケはフムフムと頷く。


「なるほどな。複数召喚の実験をしようとして、ミノタウロスとかいうのを呼び出してしまったというわけだ」

「フィーコって意外に趣味悪いね? あんなムキムキビフテキおじさんがいいんだ?」


 カリラのからかうような言葉に、フィーコは首を横に振る。


「いえ、あれは複数召喚の実験ではないんです。科学の世界とのパスを開いてみたかったのですが、パスが幻獣の世界までしか届かず……」


 フィーコの言葉に、ワレーシャは首を傾げる。


「フィーコ、あなた目先を変えたんですの? あれだけ複数召喚を実現すると意気込んでいたのに」

「ややこしいんですが、あの本は複数召喚より更に広い召喚そのもの……更にいうと、召喚を支える3つの世界とパスの概念について解説した本なんです。全ては繋がっているんです」

「さっきから、そのパスというのは一体なんですの?」

「そうですね……絵を描くとわかりやすいですが……」


 フィーコは辺りを見回すが、紙も筆記用具もない。フィーコは中庭の細長い雑草を2本引き抜くと、それをテーブルの上に『Ⅱ』の形に並べる。


「まずは皆さんに質問します。私達が普段召喚している幻獣は、どこから来ると思いますか?」


 問われた3人は、お互いに目を見合わせる。ワレーシャが口を開く。


「どこからって……ただそこに現れるだけではありませんの?」

「私もそう思っていました。ですが幻獣達には帰る場所があります。それが幻獣の世界です」


 3人はキョトンとしている。フィーコは、2本の雑草で区切られた左側の領域を指で示す。


「この2本の線は、3つの世界を隔てる境界だと思ってください。この、私から見て一番左側の領域が、魔法の世界。私達が今いるこの世界です」


 フィーコは次に、2本の雑草に挟まれた狭い領域を指差す。


「そしてこの真ん中の領域が、幻獣の世界です。ここには幻獣の本体がいますが、幻獣の世界を私達が直接視認したり訪れたりすることはできません。私達が召喚と呼んでいる術は、この世界から幻獣を魔法の世界に呼び込んでいるのです」

「え、じゃあピスケのドワーフもフィーコのハクタクも、普段はここで暮らしてるってこと?」


 問うたカリラの目を、フィーコは見つめ返す。


「半分あっています。ただ、幻獣の世界には物質や肉体、時間や空間が存在しません。概念だけの世界です。雷という概念、記憶という概念、武器という概念……この概念が魔法の世界で形を得たものが幻獣です」


 そこまで聞くと、ピスケは腕を組んで唸った。


「うーむ、随分と壮大な話になってきたな……だが、色々と腑に落ちる部分もある。幻獣はなぜ食事も睡眠も取らないのか、繁殖しないのか、野生にいないのか。幻獣が生物ではないのだとしたら、辻褄が合う」

「え、野生は普通にいるじゃん。アタシとかワレーシャがよく討伐してるよ」


 カリラの再度の疑問に、フィーコが答える。


「あれは厳密には野生ではありません。何かの拍子にパスが開いて幻獣の世界から顕現したものです。いわゆるスポーンですね」

「話が見えてきましたわ。パスというのは、わたくしたちの世界と幻獣の世界をつなぐ通路ということですわね」


 ワレーシャが話を先取りすると、フィーコは力強く頷く。


「そうです。通常、魔法の世界と幻獣の世界は境界に区切られていてお互い干渉はできません。しかしそこに小さな穴を開ける方法があります。それは召喚術であったり、魔力の乱れによる偶発的なものであったりします。その通路がパスです」


 3人はフィーコの説明を概ね理解したようで、身を乗り出して2本の雑草を食い入るように眺める。

 ピスケが、一番右側の領域を指差した。


「じゃあ、この3つ目は何だ?」

「そこは科学の世界です」

「科学?」

「はい。科学とは、幻獣ではなく、機械によって文明を運営する技術を差すそうです。科学の世界では、オーロックスに引かれずとも車が走り、ワイバーンもなしに鉄の塊が空を飛び、ヤマビコもなしに遠隔通信ができると書かれています」


 彼女らにとってあまりに突飛な話に、ピスケとワレーシャは顔を見合わせる。


「にわかには信じ難いな……流石にホラじゃないのか」

「あなたはその科学の世界に行こうとしたんですの?」

「はい。理論上は、魔法の世界から幻獣の世界にパスをつなげるなら、そこから更に科学の世界までパスを延伸することが可能だと、例の本は語っています。私はそれを試していたんです。その過程で、幻獣の世界からミノタウロスがパスに横入りしてきてしまったというわけです」


 フィーコは一通り解説を終えると、目を閉じて深呼吸をする


「ああ、科学の世界……一体どのような場所なのでしょうか……幻獣もなしに空など飛べるのでしょうか……その技術を我が国に持ち帰ったらどれほどの恩恵があるのでしょうか……そして、そこにいる人々は私達と同じような見た目なのでしょうか……信頼関係を育むことはできるのでしょうか……」


 フィーコの独白にも近い語りを見つめていた3人は、顔を綻ばせた。


「なるほどな。これほどスケールの大きな話ともなれば、フィーコが研究にのめり込むのも無理ないな」

「旅行なら付き合うよ! カガクってなんか楽しそーな響き!」


 ピスケとカリラが同調すると、ワレーシャも感心したようにフィーコを見る。


「よくもまああの難解な文字の羅列から、これほどの情報を読み取れましたわね。で、どうすればその科学の世界というのには行けるんですの?」

「そう、そこなんです」


 フィーコが人差し指をピンと立てる。


「実はあの本は書きかけで、理論は載っていても実践方法が書いてないんです。研究ノートの方にはそれらしい走り書きは大量にあるのですが、ほとんど系統だっておらず解読は難儀です。ただ、召喚術がパスを開く方法の一つである以上、その延長線上で科学の世界までパスを延伸できるのではとの仮説を持っています。何度か試してみて手応えもあるのですが……」


 流暢に語っていたフィーコの口調が、急にしおれる。


「これを成功させるにはより強力な魔法陣が必要なのです……紙とペンだけとは行きません。書斎も魔術用具も取り上げられてしまった今、どうしたら良いか……あともう一息なのに」


 フィーコが落ち込むと、一同が沈黙する。ピスケがおもむろに口を開く。


「魔女の王国の呪具をうまく再利用できないか? 私は魔術は詳しくないが、強力な呪術が施されている品なら、何かそれをうまく活用できたりしないか」

「それですよピスケ! あの品々にはかなり精巧な魔法陣が施されています。術式を解読すれば、呪いを受けずにそのエネルギーをパスを開くのに使えるはず! あの古宿に行きましょう! 今すぐに!」


 興奮し始めたフィーコを見て、ワレーシャが眉をしかめる。


「まだ昼間ですわよ? いくら裏ぶれた路地裏とはいえ目撃されたら……」

「部屋に戻って準備してきます!」

「おい待て、研究は禁止されているだろう! 陛下に許可もなく……」


 ピスケの制止も耳に入っていないフィーコは、宮殿の裏口に向かって走り去ってしまった。ピスケは渋い顔をする。


「私も興が乗って焚き付けてしまったな……。しかしあいつ、ホストのくせに茶器も何もかも置いて行ってしまったぞ。おいカリラ、片付け手伝って……ってあれ、もういない!?」

「先行き不安ですわね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る