第6章: 京都への旅路
1. 旅立ちの朝
5月下旬、修学旅行の朝が訪れた。まだ薄暗い早朝、千紗は緊張と期待で胸を躍らせながら家を出た。
「いってきます」千紗は両親に向かって声をかけた。
「気をつけてね」美佐江が優しく微笑んだ。「楽しんでくるんだよ」
「写真をたくさん撮ってきてくれ」健太郎も笑顔で送り出した。
千紗は深呼吸をして、学校に向かった。道すがら、いつもより大きなバッグを持った同級生たちとすれ違う。みんな、どこか特別な雰囲気を纏っているように見えた。
学校に着くと、すでに多くの生徒たちが集まっていた。千紗は佳奈を見つけ、駆け寄った。
「おはよう、佳奈ちゃん!」
「千紗ちゃん、おはよう!」佳奈も興奮した様子で応えた。「いよいよだね!」
そのとき、浩介と将人も合流した。
「おう、みんな揃ったな」浩介が笑顔で言った。
「朝が早いね」将人も静かに加わった。
4人は互いの顔を見合わせ、小さく頷き合った。この瞬間を、みんなで迎えられることの喜びを感じていた。
「はい、みなさん!整列してください!」引率の先生の声が響く。
生徒たちは班ごとに並び始めた。千紗と佳奈は同じ班で、浩介と将人はそれぞれ別の班だ。
「じゃあ、バスの中でね」浩介が千紗たちに声をかけた。
千紗は頷いた。「うん、また後で」
バスに乗り込む前、千紗は深呼吸をした。(いよいよ始まるんだ…)
バスの中で席に着くと、窓の外を見つめた。朝日が昇り始め、新しい一日の始まりを告げている。千紗の心の中も、何か新しいものが芽生え始めているような気がした。
「千紗ちゃん」隣に座った佳奈が声をかけた。「楽しみだね」
「うん」千紗は微笑んで答えた。「きっといい思い出になるよ」
バスが動き出す。千紗は窓の外を流れていく景色を見つめながら、これから始まる旅に思いを馳せた。浩介のことや、自分の気持ち、そしてこの旅で起こるかもしれない変化について。
京都へと向かうバスの中で、千紗の心は期待と不安で満ちていた。この修学旅行が、彼女の人生にどんな影響を与えるのか。それはまだ誰にもわからない。ただ、何か大切なことが起こりそうな予感だけが、彼女の胸の中でそっと膨らんでいた。
2. 歴史の街へ
長時間のバス移動を経て、千紗たちの修学旅行団は京都に到着した。バスから降りた生徒たちは、初めて目にする京都の街並みに目を輝かせていた。
「わぁ、空気が違う!」佳奈が興奮気味に叫んだ。
千紗も深呼吸をして、京都の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。「本当だね。なんだか、歴史を感じる」
浩介と将人も合流し、4人は周りを見回した。古い町家と現代的な建物が混在する独特の景観に、みんな魅了されているようだった。
「さあ、みなさん」引率の村上先生が声をかけた。「これから清水寺に向かいます。班ごとに整列してください」
生徒たちは再び班に分かれ、バスに乗り込んだ。清水寺に向かう道中、窓の外には次々と京都らしい風景が広がっていく。
清水寺に到着すると、生徒たちから歓声が上がった。有名な舞台造りの本堂が、彼らの目の前に広がっている。
「すごい…」千紗は思わず呟いた。
「ねえねえ、あれが『清水の舞台から飛び降りる』って言うやつだよね?」佳奈が目を輝かせながら言った。
浩介が茶目っ気たっぷりに答えた。「そうだな。でも、実際に飛び降りたら大変なことになるぞ」
将人が静かに付け加えた。「この舞台、釘を一本も使わずに建てられているんだよ」
みんなで感心しながら、本堂を見学した。千紗は時折、浩介の方をちらりと見ていた。彼の真剣な横顔に、胸が高鳴るのを感じる。
見学を終えて境内を歩いていると、村上先生が声をかけた。
「みなさん、ここで少し自由時間を取ります。お守りを買ったり、写真を撮ったりしてください。でも、決して はぐれないように」
生徒たちは歓声を上げ、思い思いの場所へ散っていった。
「ねえ、みんなでお守り買いに行こうよ」佳奈が提案した。
4人は頷き、お守り所へと向かった。
「どんなお守りにする?」千紗が浩介に尋ねた。
浩介は少し考え込んで答えた。「うーん、学業成就かな。受験も近いしな」
千紗は微笑んだ。「そっか。私は…」
彼女は一瞬躊躇した後、小さな声で続けた。「恋愛成就のお守りにしようかな」
浩介は少し驚いたような顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。「そうか。誰か…好きな人でもいるのか?」
千紗は頬を赤らめ、答えを濁した。「え、ええと…」
そのとき、佳奈が声をかけた。「千紗ちゃん、こっちこっち!可愛いお守り見つけたよ!」
千紗は安堵のため息をつきながら、佳奈の元へ向かった。浩介は少し物思いに耽るような表情で、彼女の後ろ姿を見つめていた。
お守りを買い終えた4人は、再び集合場所に戻った。清水寺を後にしながら、千紗は買ったばかりの恋愛成就のお守りを胸に抱きしめた。
(この旅で、きっと何かが変わる…)
そんな予感と共に、彼女たちの京都での初日は幕を閉じようとしていた。
3. 夜の談話会
清水寺での見学を終えた後、修学旅行団は宿舎に到着した。夕食を済ませた後、生徒たちは各部屋に分かれて就寝準備を始めた。
千紗と佳奈は同じ部屋で、他のクラスメイト4人と一緒だった。部屋に入るなり、佳奈が興奮した様子で声を上げた。
「わぁ!修学旅行っぽい!」
千紗も笑顔で頷いた。「うん、なんだかワクワクするね」
布団を敷き終えた頃、ノックの音がした。ドアを開けると、そこには浩介と将人が立っていた。
「よう、お邪魔していいか?」浩介が笑顔で言った。
「男子は他の部屋に入っちゃダメだって言われてたでしょ?」佳奈が眉をひそめながらも、嬉しそうな様子で言った。
将人が静かに答えた。「大丈夫だよ。先生たちは今、教員室で会議中だから」
4人は部屋の隅に集まり、小さな輪になって座った。
「今日の清水寺、すごかったね」千紗が話し始めた。
浩介が頷いた。「ああ、教科書で見るのとは全然違う迫力だった」
「私ね」佳奈が目を輝かせながら言った。「さっき買ったお守り、枕の下に入れたの。ご利益がありますように!」
みんなで笑い合う中、将人が静かに言った。「僕は、明日の予定を確認したいと思うんだ」
「そうだった」千紗が思い出したように言った。「明日は班別行動だよね」
浩介がスマートフォンを取り出した。「俺たちの自由行動の時間は午後からだ。午前中は班ごとの行動になるな」
4人は明日の予定を確認し合い、自由行動の際にどこを回るか、再度話し合った。
話が一段落したところで、佳奈が不意に言った。「ねえ、みんなには好きな人とかいるの?」
突然の質問に、部屋の空気が一瞬凍りついたように感じた。
千紗は思わず浩介の方をちらりと見た。浩介も同時に千紗を見ていて、二人の目が合った瞬間、慌てて視線をそらした。
「まあ、それは人それぞれだろ」浩介が少し照れくさそうに答えた。
将人は静かに微笑んだ。「恋愛は複雑だね。簡単には答えられない質問かもしれない」
佳奈は少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。「そっか。でも、この旅行で素敵な思い出ができるといいな」
千紗は黙ったまま、自分の気持ちを整理しようとしていた。浩介への想い、佳奈との友情、そして自分の将来。全てが複雑に絡み合っているように感じた。
しばらく雑談を続けた後、浩介が立ち上がった。「そろそろ戻るか。明日も早いしな」
4人は別れを惜しみつつも、おやすみの挨拶を交わした。
浩介と将人が去った後、千紗は布団に横たわりながら、今日一日のことを思い返していた。京都の街並み、清水寺での出来事、そして今の談話会。全てが新鮮で、心に深く刻まれていく。
(明日は何が起こるかな…)
そんな期待と不安を胸に、千紗は目を閉じた。修学旅行2日目が、どんな展開を見せるのか。それはまだ誰にもわからない。ただ、何か大切なことが起こりそうな予感だけが、彼女の心の中でそっと膨らんでいた。
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