第7章: 心揺れる古都

1. 歴史の中の二人


修学旅行2日目の朝、千紗たちは早くに目を覚ました。朝食を済ませた後、生徒たちは班ごとに分かれて行動することになった。


千紗と佳奈の班は、午前中に金閣寺を訪れることになっていた。バスに乗り込みながら、千紗は少し寂しそうな表情を浮かべた。


「どうしたの、千紗ちゃん?」佳奈が心配そうに尋ねた。


「ううん、なんでもない」千紗は微笑んで答えたが、本当は浩介と別行動になることが少し残念だった。


金閣寺に到着すると、生徒たちは目を見張った。金箔に覆われた建物が池の水面に映る姿は、まさに絶景だった。


「わぁ、すごい…」千紗は思わず声を上げた。


「本当に金ピカだね!」佳奈も興奮気味に言った。


ガイドの説明を聞きながら、千紗たちは境内を歩いた。歴史ある建造物と美しい庭園に、みんな魅了されているようだった。


見学を終え、お土産屋を覗いていたとき、千紗は思いがけない人物を見かけた。


「こ、こーちゃん?」


浩介が振り返った。「お、千紗か。偶然だな」


千紗は急に心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


「どうしたの?ここに来るはずじゃなかったよね?」


浩介は少し照れくさそうに頭を掻いた。「ああ、実は班の行程が少し変更になってな。俺も驚いたんだ」


二人は少し離れたところで話を続けた。周りの喧騒が遠のいていくようだった。


「金閣寺、どうだった?」浩介が尋ねた。


「うん、とてもきれいだった」千紗は嬉しそうに答えた。「こーちゃんも見れてよかったね」


浩介は頷いた。「ああ、本当に美しいな。でも…」


「でも?」


「いや、千紗と一緒に見られたらもっと良かったかもな」


千紗は思わず顔を赤らめた。「え…そ、そう…」


二人の間に、何か特別な空気が流れた。千紗は胸の高鳴りを抑えられずにいた。


「ねえ、こーちゃん…」


「ん?」


「私…」


その時、佳奈の声が聞こえた。「千紗ちゃーん!どこ行ったの?」


二人は慌てて距離を置いた。


「あ、ごめん。戻らないと」千紗は慌てて言った。


「ああ、俺もだ」浩介も少し残念そうに答えた。


別れ際、二人は互いに微笑みを交わした。


「また後で」


「うん、また」


千紗は佳奈のもとに戻りながら、胸の高鳴りを感じていた。浩介との偶然の出会い、交わした言葉、そして言葉にならなかった想い。全てが彼女の心に深く刻まれていった。



2. 交錯する想い


午後の自由行動時間、千紗たち4人は約束通り合流した。二条城を訪れることに決めていた彼らは、バスに乗り込んだ。


「みんな、午前中どうだった?」佳奈が明るく尋ねた。


「僕たちは東寺に行ったんだ」将人が静かに答えた。「五重塔が印象的だったよ」


浩介は少し考え込むように言った。「俺たちは…」


千紗は思わず息を呑んだ。金閣寺での偶然の出会いのことを、浩介は話すのだろうか。


「予定が変わって金閣寺に行ったんだ」浩介は続けた。「綺麗だったよ」


千紗はほっとしたような、少し残念なような複雑な気持ちになった。


二条城に到着すると、4人は入場券を買い、城内に入った。


「すごい…」千紗は思わず声を上げた。堂々とした城壁と美しい庭園が広がっている。


将人が解説を始めた。「ここは徳川家康が建てた城で、江戸時代には将軍の京都における居城として使われていたんだ」


4人は興味深そうに将人の話を聞きながら、城内を歩いた。


「あ、ここが有名な鴬張りの廊下だ」浩介が言った。


千紗が不思議そうに尋ねた。「鴬張り?」


「そう」浩介が説明した。「廊下を歩くと鳥の鳴き声のような音がするんだ。敵の侵入を知らせるためだったんだって」


みんなで実際に歩いてみると、確かに軽い音が鳴った。


「面白い!」佳奈が目を輝かせて言った。


城内を見学しながら、千紗は時折浩介の方を見ていた。午前中の出来事が頭から離れない。浩介も何度か千紗の方をちらりと見ており、二人の視線が合うたびに、互いに慌てて目をそらした。


佳奈はそんな二人の様子に気づいているようだった。彼女の表情に、少しの寂しさが浮かんでは消えた。


将人は静かに全体を観察しているようで、時折意味深な表情を浮かべていた。


見学を終え、城を出た4人は近くのカフェで休憩することにした。


「ねえ」佳奈が突然言った。「みんな、この修学旅行で何か変わったこととかある?」


その質問に、一瞬の沈黙が流れた。


千紗は自分の気持ちの変化を思い、少し頬を赤らめた。浩介も何か言いかけて、口ごもった。


将人が静かに答えた。「変化は常にあるものだよ。気づかないだけかもしれない」


佳奈は少し物思いに耽るような表情をした。「そっか…」


4人の間に、何か言いようのない空気が流れた。それぞれの心の中で、さまざまな想いが交錯している。


千紗は思った。(本当に、何かが変わりつつあるんだ…)


修学旅行も折り返し地点。残りの日程で、彼らの関係はどう変化していくのだろうか。それは誰にもまだわからない。ただ、この古都で何か大切なものが生まれようとしていることは、4人全員が感じ取っていた。



3. 触れ合う心


修学旅行最終日の朝、千紗たちは少し寂しさを感じながらも、最後の思い出作りに胸を躍らせていた。この日のメインイベントは、嵐山での班別自由行動だった。


朝食を終えた後、千紗と佳奈の班、浩介と将人の班は別々のバスに乗り込んだ。しかし、嵐山に到着すると、4人はすぐに合流した。


「やっと来れたね、嵐山!」佳奈が嬉しそうに声を上げた。


千紗も笑顔で頷いた。「うん、楽しみにしてたんだ」


「どこから回ろうか?」浩介が尋ねた。


将人が地図を見ながら提案した。「まずは竹林の小径を歩いてみない?」


4人は同意し、有名な竹林へと向かった。細い道の両側に青々とした竹が立ち並ぶ景色に、みんな息を呑んだ。


「わぁ、まるで別世界みたい」千紗が感動した様子で言った。


浩介が千紗の隣に立ち、静かに言った。「綺麗だな…」


二人の指先が軽く触れ合い、千紗は心臓が大きく跳ねるのを感じた。浩介も少し顔を赤らめたが、指を離すことはなかった。


佳奈はその様子に気づき、少し寂しそうな表情を浮かべた。しかし、すぐに明るい声で言った。「ねえ、記念写真撮ろうよ!」


4人で写真を撮った後、彼らは渡月橋へと向かった。橋の上から見る嵐山の景色は絶景だった。


「ここで、お守りを買おうと思うんだ」千紗が言った。


「へえ、もう一つ買うの?」浩介が不思議そうに尋ねた。


千紗は少し照れながら答えた。「うん。これは…特別なお守りにしたいの」


浩介は何か言いかけたが、言葉を飲み込んだ。


お守りを買った後、4人は川沿いの遊歩道を歩いた。千紗と浩介が少し先に歩き、佳奈と将人が後ろについていく形になった。


「ねえ、佳奈ちゃん」将人が静かに話しかけた。「大丈夫?」


佳奈は少し驚いた様子で将人を見た。「え?…うん、大丈夫だよ。なんで?」


将人は前を歩く二人を見つめながら言った。「君の気持ち…わかるよ」


佳奈は一瞬言葉を失ったが、やがて小さく微笑んだ。「…ありがとう、将人くん」


前を歩く千紗と浩介は、互いの気持ちを言葉にはできないまま、でも何か特別なものを感じながら歩いていた。


「ねえ、こーちゃん」千紗が突然言った。「この修学旅行、楽しかったね」


浩介は優しく微笑んだ。「ああ、最高の思い出になったよ」


二人の指が再び触れ合う。今度は、そのまま自然に手を繋いだ。



4. 帰路の沈黙


嵐山での最後の思い出作りを終え、修学旅行団は帰路に就くためにバスに乗り込んだ。千紗たち4人は近い席だったので、千紗は喜びとともに、浩介の顔を見て少し恥ずかしさを感じていた。


バスが動き出すと、周りの生徒たちは興奮冷めやらぬ様子で話し合っていたが、千紗たちの間には不思議な沈黙が流れていた。


千紗は窓の外を眺めながら、この3日間の出来事を思い返していた。清水寺でのお守り、金閣寺での偶然の出会い、そして嵐山での手つなぎ。全てが鮮明に蘇ってくる。


(私と浩介の関係、これからどうなっていくんだろう…)


隣に座っている浩介も、何か考え込んでいるようだった。時折、千紗の方をちらりと見ては、すぐに目をそらす。


佳奈は珍しく静かで、何かを決意したような表情を浮かべていた。将人は本を読んでいるようだったが、ページがほとんどめくられていないことから、彼も何か考え事をしているのは明らかだった。


しばらくして、佳奈が小さな声で話しかけてきた。


「ねえ、千紗ちゃん」


「ん?どうしたの、佳奈ちゃん?」


佳奈は少し躊躇した後、続けた。「私ね、決めたの。浩介くんのこと…応援する」


千紗は驚いて佳奈を見つめた。「え?」


「私、浩介くんのこと好きだったけど…」佳奈は微笑んだ。「でも、千紗ちゃんと浩介くんの方が似合ってると思う。だから、頑張ってね」


千紗は言葉を失った。佳奈の気持ちを知っていただけに、この言葉の重みがよくわかった。


「佳奈ちゃん…ありがとう」千紗は涙ぐみながら言った。


一方、浩介と将人も静かな会話を交わしていた。


「浩介くん、千紗さんのことどう思ってるの?」将人が突然尋ねた。


浩介は少し驚いたが、真剣な表情で答えた。「正直、まだよくわからない。でも…特別な存在だってことはわかってる」


将人は静かに頷いた。「そうか。でも、もう逃げちゃダメだよ。自分の気持ちにちゃんと向き合って」


浩介は黙ってうなずいた。


バスは高速道路を走り、京都の街並みがどんどん遠ざかっていく。4人の心の中では、この3日間の出来事が複雑に交錯していた。


千紗は再び窓の外を見た。夕暮れの空が美しく染まっている。


(これから先、どんなことが待っているんだろう)


そう考えながら、彼女は新しく買ったお守りを握りしめた。この修学旅行で芽生えた想い、変化した関係。全てが新しい始まりを予感させていた。


バスは静かに走り続け、4人はそれぞれの思いを胸に、家路についていった。

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