第4章: 夏の始まりと新たな感情
1. 幼き日の約束
夏休みを目前に控えたある日の放課後、千紗と浩介は学校の帰り道を一緒に歩いていた。蝉の鳴き声が響く中、二人は何気ない会話を楽しんでいた。
「ねえ、こーちゃん」千紗が突然立ち止まり、浩介を見上げた。「覚えてる?私たちが初めて出会った日のこと」
浩介は少し考え込むような表情をした後、微笑んだ。「ああ、幼稚園の入園式だったよな」
千紗の目が輝いた。「覚えてくれてたんだ!」
「もちろんさ。あの日のこと、よく覚えてるよ」
二人は近くの公園のベンチに腰掛けた。夕暮れ時の柔らかな光が二人を包み込む。
「あの日ね」千紗が懐かしそうに話し始めた。「私、泣いてばかりいて。お母さんから離れられなくて」
浩介は静かに頷いた。「ああ、覚えてる。みんなが楽しそうに遊んでる中で、お前だけが泣いてたんだ」
「そうそう。そしたらね、こーちゃんが近づいてきて…」
「『大丈夫?一緒に遊ぼう!』って声をかけたんだ」浩介が千紗の言葉を継いだ。
千紗は嬉しそうに頷いた。「うん!こーちゃんが手を差し伸べてくれて。それで私、やっと泣き止んだの」
「あの時のお前、本当に小さくて可愛かったなぁ」浩介が少し照れくさそうに言った。
「もう!からかわないでよ」千紗は頬を膨らませたが、すぐに笑顔に戻った。「でもね、あの日こーちゃんと約束したの、覚えてる?」
浩介は首を傾げた。「約束?」
「うん。『これからずっと一緒だよ』って」
浩介の目が大きく見開かれた。「あ…」
「覚えてなかったの?」千紗の声に少し寂しさが混じった。
「いや、今思い出した」浩介は慌てて答えた。「確かに、そんな約束をしたな」
千紗はほっとしたように微笑んだ。「よかった。私にとって、すごく大切な約束だったから」
二人は無言で夕焼けを見つめた。柔らかな風が二人の間を吹き抜けていく。
「ねえ、こーちゃん」千紗が小さな声で言った。「あの約束、まだ覚えていてくれる?」
浩介は真剣な表情で千紗を見つめた。「ああ、もちろんだ。俺たち、これからもずっと一緒だよ」
千紗の頬が少し赤くなった。「うん。私もそう思う」
二人の間に、何か特別な空気が流れた。幼い日の純粋な約束が、今の二人の心に新しい意味を持ち始めているようだった。
「さあ、帰ろうか」浩介が立ち上がり、千紗に手を差し伸べた。
千紗はその手を取り、立ち上がった。「うん」
二人は再び歩き始めた。夏の夕暮れの中、幼い日の思い出と、これから育っていく想いを胸に抱きながら。
2. 夏の青写真
学期末試験が終わり、いよいよ夏休み直前の日。放課後、千紗、浩介、佳奈、将人の4人は教室に残り、夏休みの計画を立てていた。
「じゃあ、まずは海に行くって決まりだよね!」佳奈が元気よく言った。
「うん、楽しみだね」千紗も嬉しそうに頷いた。「みんなで海に行くの、小学生の時以来かも」
将人が静かに提案した。「その後、花火大会にも行けたらいいね」
「おお、それいいな!」浩介が賛同した。「去年は行けなかったからな」
千紗はちらりと浩介を見た。去年の花火大会の日、浩介は風邪で寝込んでいたのだ。
「じゃあ、日程を決めよう」千紗が手帳を取り出した。「海は…みんな、いつがいい?」
4人で相談しながら、少しずつ夏休みの予定が形になっていく。
「あ、そうだ」浩介が突然思い出したように言った。「俺、8月の第2週は祖父母の家に行くんだった」
「えー」佳奈が少し残念そうな顔をした。「じゃあ、その前の週で調整?」
千紗は少し考え込んだ。「う〜ん、でも第1週は私、塾の集中講座があるんだよね…」
「僕は第3週以降なら大丈夫」将人が静かに言った。
4人のスケジュールを合わせるのは、思った以上に難しかった。それぞれの予定や都合があり、完璧な日程を見つけるのは簡単ではない。
「ねえ」千紗が提案した。「みんなで行けない時は、行ける人だけでも行くっていうのはどう?」
「それ、いいアイデアだね!」佳奈が賛同した。
浩介も頷いた。「ああ、そうだな。全員で行けなくても、できるだけ一緒に過ごす時間を作ろう」
将人も静かに同意した。「僕も賛成です」
そうして、少しずつ夏休みの計画が具体化していった。海水浴、花火大会、夏祭り、そして自主的な勉強会も。みんなで行けるイベントと、都合の合う人だけで行くイベントを分けて計画していく。
「よーし、これで大体決まりだね!」佳奈が満足そうに言った。
千紗も嬉しそうに頷いた。「うん、楽しみ!」
浩介は窓の外を見た。夕日が赤く空を染めている。「なんか、今年の夏は特別な気がするな」
「どういう意味?」千紗が不思議そうに尋ねた。
浩介は少し照れくさそうに答えた。「いや、なんとなくさ。きっと、いい思い出になるって」
その言葉に、千紗の胸が少しときめいた。
「じゃあ、解散!」佳奈が声を上げた。「みんな、楽しい夏休みにしようね!」
4人は教室を出て、夕暮れの校舎を後にした。それぞれの胸に、これから始まる夏休みへの期待が膨らんでいる。
千紗は浩介の横顔を見つめながら思った。
(今年の夏、きっと何かが変わる気がする…)
夏の風が4人の周りを優しく包み込んだ。まだ見ぬ夏の日々が、彼らを待っている。
3. 波音と友情
夏休みが始まって間もない7月下旬、千紗たち4人は待ちに待った海水浴の日を迎えた。
早朝、最寄り駅に集合した4人は、はしゃぐ気持ちを抑えきれない様子だった。
「やったー!やっと海だー!」佳奈が両手を上げて喜んだ。
「佳奈ちゃん、まだ電車の中だよ」千紗が笑いながら諭した。
浩介は大きなクーラーボックスを持っている。「お前ら、昼食の準備は大丈夫か?」
「任せて!」千紗が自信満々に答えた。「私、朝早く起きておにぎり作ってきたの」
将人は静かに頷いた。「僕は飲み物を用意してきたよ」
1時間ほどの電車の旅。車窓から見える景色が少しずつ変わり、都会の喧騒から離れていく。
「あっ!海が見えてきた!」
佳奈の声に、全員が窓の方に顔を寄せた。キラキラと輝く青い海が、彼らを出迎えてくれているようだった。
ビーチに到着すると、4人は急いで着替えて海に飛び込んだ。
「うわー!気持ちいい!」千紗が歓声を上げる。
浩介が千紗に水をかける。「おらおら、もっと深いとこまで来いよ!」
「もう!こーちゃんったら!」千紗も負けじと水をかけ返す。
佳奈と将人も加わり、4人で水掛け合戦が始まった。はしゃぐ4人の笑い声が、ビーチに響き渡る。
しばらく遊んだ後、みんなで砂浜に戻り、持ってきたおにぎりを食べ始めた。
「千紗ちゃん、このおにぎりすっごく美味しい!」佳奈が感激した様子で言う。
「ホント、うまいぞ」浩介も頬張りながら褒めた。
千紗は少し照れながらも嬉しそうだ。「ありがとう。みんなに喜んでもらえて良かった」
将人は静かに、しかし確かな口調で言った。「千紗の料理の腕、本当に上がったね」
千紗は思わず浩介の方を見た。浩介との思い出の中で、料理の練習を重ねてきたのだ。
午後は、ビーチバレーをしたり、貝殻を拾ったり、砂で城を作ったりして過ごした。時間が経つのも忘れるほど、楽しい一日だった。
夕方になり、帰り支度を始める頃。
「ねえ、みんな」千紗が呼びかけた。「今日は本当に楽しかった。こうして4人で過ごせて、私、すごく幸せ」
佳奈が千紗に抱きついた。「私も!最高の思い出になったね!」
浩介は少し照れくさそうに、でも優しい笑顔で言った。「ああ、俺もだ。こんな風に、みんなで過ごせる時間って、きっと一生の宝物になるよな」
将人も珍しく表情を緩めて頷いた。「僕も同感だよ。かけがえのない一日だったね」
4人は肩を寄せ合いながら、夕日に染まる海を見つめた。波の音が、彼らの絆を更に深めているようだった。
千紗は、隣に立つ浩介の存在を強く感じていた。(こーちゃん…これからもずっと、こうしていられたらいいな)
その想いを胸に、4人は帰路についた。夏の日の素敵な思い出と、少しずつ大人になっていく自分たちの姿を感じながら。
4. 夜空の花
8月中旬、千紗たち4人が楽しみにしていた花火大会の日がやってきた。夕方、約束の場所である神社の鳥居前に、みんなが集まってきた。
「わぁ!みんな浴衣姿!」佳奈が歓声を上げた。
千紗は薄いピンク色の浴衣に赤い帯、佳奈は水色の浴衣に白い帯をしていた。浩介は紺色の浴衣、将人は深緑色の浴衣を着ていた。
「千紗ちゃん、すっごく似合ってる!」佳奈が千紗の周りをくるくると回りながら言った。
千紗は少し照れながら「ありがとう、佳奈ちゃんも可愛いよ」と返した。
浩介は千紗を見て、一瞬言葉を失ったようだった。「お、おう…千紗、似合ってるぞ」
「ありがとう、こーちゃんも格好いいよ」千紗は頬を赤らめながら答えた。
将人は静かに「みんな、とても素敵だね」と言った。
4人で境内を歩き始めると、すでに多くの人で賑わっていた。屋台の匂いが漂い、祭りの雰囲気が高まっている。
「あ!たこ焼き食べたい!」佳奈が屋台を指さした。
「じゃあ、俺が買ってくる。みんなの分も頼むか?」浩介が提案した。
「うん、お願い」千紗が笑顔で答えた。
浩介がたこ焼きを買いに行っている間、千紗たちは近くのベンチで待っていた。
「ねえ、千紗ちゃん」佳奈が小声で話しかけた。「浩介くん、さっきからちらちら千紗ちゃんのこと見てたよ」
「え?」千紗は驚いて顔を上げた。「そ、そんなことないよ」
将人が静かに言った。「いや、僕も気づいたよ。浩介、千紗のことを特別な目で見ているように思うんだ」
千紗の心臓が早鐘を打ち始めた。(こーちゃんが…私のこと?)
そのとき、浩介が戻ってきた。「お待たせ。ほら、みんなの分」
たこ焼きを食べながら、4人は会話を楽しんだ。そして、いよいよ花火の開始時間が近づいてきた。
「良い場所を確保しよう」将人が提案した。
4人は人混みをかき分けて、花火がよく見える丘の上に場所を取った。
「あ、始まるよ!」佳奈が空を指さした。
大きな音とともに、最初の花火が夜空に打ち上がった。色とりどりの光が広がり、歓声が上がる。
千紗は思わず浩介の方を見た。花火の光に照らされた浩介の横顔に、胸が高鳴るのを感じた。
「きれいだね」千紗が小さな声で言った。
浩介も千紗を見つめ返し、優しく微笑んだ。「ああ、本当にきれいだ」
二人の視線が絡み合う。そのとき、千紗は感じた。この夏、自分の中で何かが大きく変わろうとしていることを。
佳奈と将人も、二人の様子に気づいていた。佳奈は少し寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。
夜空に咲く大輪の花を見上げながら、4人それぞれの心に、新しい想いの種が芽生え始めていた。この夏の思い出とともに、これからの日々がどう変わっていくのか、誰にもまだわからない。
ただ、確かなのは、この瞬間が彼らの青春の1ページとして、永遠に心に刻まれるということだった。
5. 季節の変わり目
夏休み最後の日、千紗たち4人は学校の図書館に集まっていた。新学期への準備と、夏休みの宿題の仕上げのためだ。
図書館の窓からは、少しずつ秋の気配を感じさせる風が入ってくる。
「はぁ…」佳奈が大きなため息をついた。「夏休みがもう終わっちゃうなんて」
「そうだね」千紗も少し寂しそうに頷いた。「でも、楽しい思い出がたくさんできたから」
将人は静かに言った。「時間が過ぎるのは早いね。でも、その分充実していたということかな」
浩介は宿題のプリントから顔を上げた。「おい、懐かしむのはまだ早いぞ。今日を最後まで楽しもうぜ」
千紗は浩介の言葉に元気づけられた。「こーちゃん、その通りだね。よし、みんなで頑張ろう!」
4人は再び宿題に取り組み始めた。しかし、時折思い出話に花が咲き、作業が中断されることもあった。
「ねえねえ、海に行った日のこと覚えてる?」佳奈が突然話し始めた。「千紗ちゃんが波にさらわれそうになって、浩介くんが助けに行ったんだよね」
千紗は顔を赤らめた。「も、もう!あんなこと思い出さなくても…」
浩介も少し照れくさそうに笑った。「あれは…とっさの反応だったからな」
将人は静かに付け加えた。「でも、あの時の浩介くん、本当にかっこよかったよね」
その言葉に、千紗はちらりと浩介を見た。(確かに…あの時のこーちゃん、すごくかっこよかった)
話が弾む中、千紗はふと窓の外を見た。夕日が図書館の中に差し込み、オレンジ色の光が4人を包み込んでいる。
「ねえ、みんな」千紗が静かに言った。「新学期が始まったら、何か変わるのかな」
佳奈は首を傾げた。「変わる?どういう意味?」
千紗は少し考え込むように答えた。「うーん、なんだか予感がするの。私たちの関係とか、これからのこととか…」
浩介は真剣な表情で千紗を見つめた。「変わることもあるだろうけど、俺たちの絆は変わらないさ」
将人も頷いた。「そうだね。むしろ、より深まっていくんじゃないかな」
佳奈は元気よく宣言した。「そうだよ!私たち、これからもずっと一緒だもん!」
千紗は友人たちの言葉に心が温かくなるのを感じた。しかし同時に、浩介への特別な感情が胸の奥で大きくなっていることにも気づいていた。
「うん、そうだね」千紗は微笑んだ。「これからも一緒に、いろんなことを乗り越えていこう」
夕暮れ時の図書館で、4人は新学期への期待と不安を胸に秘めながら、最後の夏の1ページを綴っていた。
千紗は心の中で思った。(この夏の思い出と、みんなとの絆。そして、こーちゃんへの気持ち。全部大切に持って、新しい季節を迎えよう)
窓の外では、夏の終わりを告げる風が、桜の木々をそっと揺らしていた。
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