純愛教の狂信者、自分が過激派であることを知る

《過激派》……俺たち純愛教の教皇派はそう呼ばれているらしい。

 敵対派閥の貴族、オルデウスをぶっ潰した翌々日、なんてことない風を装った俺に告げられたのは、とんでもない真実だった。


 「市井の人には白い目で見られるかもしれないけど、気にせずあなたの愛を貫きなさい!」


 そういって俺を送り出そうとするシスターのフィールはニコニコと笑っていた。

 今日は、全員の洗礼を終えた記念に、大聖堂で小さなパーティーを開くらしい。


 「ジャックとニーナは先に向かったから、急いで向かった方がいいでしょう」


 オルデウスが死んでから、顔の険が取れたフィールは随分と明るくなっていた。

 洗礼の際に渡された司祭服を纏って、孤児院を発つ。


 「行ってきます!フィール!」


 「ええ、気を付けてね」


 歩きなれた大聖堂までの道をてくてくと進んでいく。

 そうしてたどりついたのが、《宗教街》。

 乱立する宗教(性癖)に対して国が、ここに教会を置け、と指定した立地である。


 視界に入ってくるのは様々なデザインの教会。

 それぞれが別々のものをモチーフとして取り入れているため、滅多にデザインが被ることはない。


 《TS教》、《薔薇教》、《百合教》……

 

 うげ、一瞬目に映った邪教の教会を見なかったことにする。

 《NTR教》なんてなかった、いいね?


 乱立する教会はそのまま人々の愛の形を指し示している。

 この国は非常に自由な国風で、人々の愛の在り方を自由だと認めているのだ。

 お貴族様にはまた別の事情があるらしいが今はそれは置いておくとして……


 明らかに怪しい人影が一つあった。

 あれは……《百合教》の教会だろうか?

 女性同士の恋愛を推進している教会のはずだが、俺の見つけた怪しい人物はどっからどう見ても男だった……


 「ちょっと、お兄さん何やってんの?」


 異様な雰囲気の男を見て見ぬふりできず、おれはつい声をかけてしまっていた。


 「いいなあ、尊い、尊いですぞ~、何たる眼福、むふ、むふふ」


 完璧に自分の世界に入り込んでいるお兄さんの肩をゆする。


 「ちょっと、お兄さん!」


 「おっふ、そんな!、ゆかりお姉さま、そんな!」


 聞いちゃいねえ。

 ていうかそんなこと言われると気になってくるな。

 好奇心が義侠心を上回った俺はお兄さんの覗いている窓ガラスから、教会の中をうかがった。


 そこにあったのは……まさにこの世の春、と表現すべき世界だった。


 美少女どうしがくんずほぐれつ、という表現は行きすぎかもしれないが、仲良く教会の掃除をしていた。

 あらあら、といった雰囲気で新人シスターを指導する黒髪ロングなお姉さんと、顔を真っ赤にして恥ずかしがっているおさげの女の子。


 たしかに……これは大変良いものですな!

 と隣のお兄さんに声をかけようと、横を向くと、そこには無駄に整った金髪碧眼の美男子がいた。


 「なに……?不審者……?」


 「いままでの自分の行動振り返ってその結論なら、まじで頭おかしいぞてめえ!」


 自分自身を棚に上げて、不信そうにこちらを見て来るイケメン……

 くそ、なんでこんなやつがイケメンなんだ!おかしいだろ!

 世の理不尽を嘆いていた俺をじろじろ観察していたイケメン(不審者)は、結論を出したのか、こうのたまわった。


 「なんだ、同士の方でしたか」


 「もっと違えよ!俺のどこがお前の同類なんだよ!?」


 抗議の声を上げた俺に対して、イケメンはやれやれと頭を振るとミステリー小説の探偵みたいな口調で説明を始めた。


 「いいかい、同士君、まず最初に目を付けたのはその服装だ。真っ白な司祭服、そして右胸に施された赤い刺繍、ここから君が《純愛教》の《過激派》だということが分かる。そして次に君の服の裾、少しサイズが大きかったのか引きずっているね?そこから君がずぼらな人間なのかと予想するが、少し違う……、君の頭髪は整えられているし、爪もしっかりと切られている。ならばもう一度君の司祭服の裾に視点を移してみよう、数年間引きずったにしてはきれいすぎる、おろしたてかとも考えたがやはり君の小奇麗な恰好から考えられるのは……そう、新人司祭の可能性だ。今日は新人司祭の歓迎パーティーが開かれると聞いているから、きっと君はそこに向かっているのだろう、と予測できる。そして《過激派》といえばその苛烈なまでの行動から敬遠されることが多いが、他の宗教家に比べて、他人の恋愛に口をはさむことが少ないことが知られている。ほら、ここまで説明すれば分かっただろう!」


 イケメンはそう言って、息を大きく吸った。


 「つまり君は、私と同じ、百合を愛でるもの同士なのさ!!」


 「おーすごーい」


 正直途中から話を聞いていなかった俺は適当にそう返した。


 「ちなみに、君の腹をかばう動作、そして火で焼かれたように縮れた何本かの髪の毛、何かにおびえるようにちらちらと周りをうかがう仕草から推理するに、君は一昨日のオルデウス様殺人事件の……」


 「うわーーーーーーーーん推理力がでかすぎます!」


 「おいおい、宗教家たるもの、へんなネタをこするのはやめるんだ、いいね?」


 めっちゃびびったあ。

 さっきまで意味不明なこと言ってたかと思ったらいきなり真相にたどり着いちゃうんだもん、危なかったー。


 「俺を……貴族に突き出すんですか?」


 「いやあ、まさか、私がそんな暇人に見えるかい?」


 「どっからどう見ても暇人だろ!」


 真面目な顔を作った俺に対して、真面目な顔でバカなことを言うイケメンに呆れて大声を出してしまったが、仕方ないだろう。


 「そんなことよりも……」


 「そんなことより!?」


 お貴族様殺人事件をそんなこと呼ばわりするイケメンにびっくりしていると、またもやイケメンは窓ガラスを覗き込み始めた。


 「わかるかい、女の子同士が触れ合うこの独特な距離感と恥じらい、一見新人の子が初心そうに見えるがそうじゃあない、お姉さまの方だって緊張しているのさ、ほのかに震える指先と、いつもよりも色彩値にして……」


 ぺらぺらと語りだしたイケメンの話をひとまず終わらせようと声を上げる。


 「そ……」


 「素人は黙ってろ!!!」


 まだ何も言ってないのに突然叫び声をあげた彼は、どうやら自分の説明を途中で誰かに妨害されることを心底嫌っているようだった。


 「……ゆえに、この季節の百合は非常に新鮮ながらも、そこからあふれだす美しさは何物にも代えがたいものであり、私たちにはそれを守る義務があるのだ、わかったかい?」


 「ああ、うん」


 ようやく説明し終わったのかこっちに話しかけてくるイケメンは、憎々しいほどの笑顔をしていた。


 「さて、ここまで話したからには君にも分かっただろう?」


 「つまり百合は尊いもの、ってことだろう?」


 「ちっがああああう、いや、違わないけども」


 またもや耳元で大声を出したイケメンに辟易としていると、彼はとつとつと語りだした。


 「すみっこに座っているあの子、前髪を伸ばしたあの子だ……」


 「え、あのちょっと暗そうな子?」


 「む、まあいいか、その子だ。彼女は今年から新たに入信した新米シスターなのだが、今のところ誰とも話していないんだ」


 「そんなまさか、どうやっても事務的な会話くらいは生まれるものでしょう?大体話したか話してないかなんて、それこそ毎日でも見て居ないと……」


 「そう、私は毎日彼女たちを見守ってきた!」


 「声でっかいなあ」


 「雨の日も、雪の日も、灼熱照り付ける夏の日も、そして今年に入ってからは特にあのちょっと暗そうな子を観察している!だというのに!」


 ろうろうと語りだした彼を止めることは出来ないため、適当に聞き流していると、最後にイケメンは深刻そうに言った。


 「このままでは、彼女はお姉さまを見つけられないかもしれない……」


 ……なんて?

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純愛教の狂信者 五橋 @Itutubasi

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