第2話 知られざる鴨川の特性

前回のあらすじ:鴨川を訪れたわたしは鴨川の中で座禅を組んでいる女性と出会う。わたしは女性が何をしているのか?が気になり、女性の方もそのことを話したいようだった。そして女性の語りが始まった。



「うん、よろしい! では、教えよう! ・・・ まず、ここはどこだ?」

ええ~、この人大丈夫かな?


「鴨川ですよね?」


「確かにそうだ。でもわたしが言いたいのはこの土台となっている石だ!」


腕を解いて石に指を指す。


「いし?」


「そう、この石。これは飛び石っていうんだ」


「これって川を渡るための物ですよね?」


 観光客として京都に来たときにみんながこの石を利用して川を渡っていた。

すると、目の前の女性はその答えに待ってましたといわんばかりに人差し指を立てながら


「ちっちっ、実は違うんだよ。この石は川を渡るための物ではないんだ!」


「ええっ~、じゃあ何なんですか?」


「これは親水のためのものだ」


「浸水? 沈むんですか?」


「いや、水に親しむという意味での親水なんだ。この石には鴨川の深~い深~い歴史が関係しているんだ」


「いや、鴨川は浅いですよ」


「確かに! って違う! 茶化さないでくれ」


「すみません、長くなる話かなって思って」


勢いの良いツッコミに面白くなって、わざと帰るようなそぶりをする。すると


「これを理解してくれないとわたしの行動を上手く説明できないんだよ。せっかくなら聞いてくれ!」


先ほどの誇らしげな表情がすがる表情になっていた。ころころ変わって面白い。さすがにかわいそうだと思ったので、


「わかりました! 聞きましょう!」


と勢いよく返事をしてみる。


「おお、よし。なら簡単に説明しよう。そもそも鴨川なくして京都はないといってもいい。時は平安時代、平安京の位置を選ぶときに、天皇は陰陽道を参考にしたんだ。そしてその中で東の清流に例えることが出来る鴨川が遷都の場所の決め手となったという」


「陰陽道? 青龍?」


「陰陽道は中国古来の考え方で、今で言う風水みたいなものだ。そして青龍というのは都の守護神としてそれぞれの方角を守る四つの神の内の一体で、昔の人は青龍を川に見立てていた」


「なるほど? つまり、鴨川は都にとってとても良い位置だったってことですか?」


「そうだ。そして話を戻すと、鴨川によって平安京が都となり、発展したのだ。水道が整備されていない昔で、水を確保することは何よりも重要だからな。だが、そんな鴨川にも欠点があった。何だと思う?」


目をキラキラさせながら、聞いてくる。


「え~っ、わかんないですよ!」


「君がさっき言っていたじゃないか。ほら、『鴨川には深~い深~い歴史』がある」


「いや、鴨川は浅いですよ!」


「そう、まさしくそれだよ」


うん?・・・・・、つまり川が浅いことが欠点?でもなんで?


「えっ?なんで川が浅いのが欠点なんですか?」


女性は待ってましたとばかりに満足そうな顔をしている


「説明しよう! 川が浅くなる理由は様々あるが、鴨川に関して言えば、傾斜がついていて流れが速いことと、源流に近いから流量差が安定しないことだな。川の流れが速いと山の上から土砂が堆積たいせきしやすいんだ」


堆積たいせき?」


中学の理科で聞いたことあるような気がするけど、何だったっけ?


「つまり、上流で削られた石が川の中でたまるということだ。しかも源流に近いから水の流れる量も不安定でさらに川の中でたまりやすい。目の前の三角形の地形、デルタ地形と呼ばれる地形も土砂が堆積(たいせき)して出来た物なんだ。さて、鴨川にはこれらの性質から二つの欠点がある」


「二つもですか?」


「ああ、一つ目は水の流れる量が一定でないからせっかくの川なのに水上交通に不向きであることだ」


「ええと、どういうことです?」


「わかりやすくいうと、水の量が一定でないということは、多すぎるときと、少なすぎるときが存在するということだ。問題なのは、水が少ないときで渇水期というんだが、このときには川底が見えてしまうほどに浅くなる。鴨川は江戸時代よりも前は今の二倍ほどの大きさで普通なら水上交通に差し支えない川だ。でも、ここまで浅くなったりする時があると、船は漕げなくなるんだ」


「じゃあ、昔はどうしてたんですか?」


「代わりにいくつかの運河、つまり人工的な川を掘っていたという。代表的なのは堀川と高瀬川だな。堀川は平安京に都が移った後に、整備され、高瀬川は江戸時代の頃にできたらしい。これらの運河によって鴨川の欠点を補っていたという」


高瀬川ってどっかで聞いたことのあるような?


「うん、高瀬川は森鴎外の高瀬舟の舞台となった場所だな。中学の国語の教科書で読まされたのが懐かしい。あれは可哀想な話だった。わたしの後輩は鴎外の人生経験が元になっているのだろうといっていたなぁ・・・」


 女性は遠くを見ながら、昔に思いを馳せているみたいだ。まるで鴎外の心情を重ねるように、顔を曇らせている。でも朝日に照らされているその横顔は凜としていて・・・・・・。そして目があうと、さすがに黙っているのも気まずい。


「あのっ、それで続きは?」


「ああ、そうだったな。すまない。そして大事なのは二つ目、増水したときに川が氾濫しやすいことだ。雨が大量に降り続ければ、すぐに水位があがって簡単に氾濫してしまう」


「水位が上がりやすい?」


「ああ、川の深さと広さは水の受け入れられる容量に関係していて、浅い川は容量が少ないんだ」


「へぇ~、それがこの石にどうつながるんですか?」


先ほどから簡単に説明するというわりには話が長い。川についての話ばかりで肝心の所が聞けてない。


「まあ、あともう少しだ。鴨川は昔からそれはもう氾濫しやすい川だった。都の近くにあるのに氾濫しすぎては困る。そう思った、時の権力者達が治水工事を相次いでしたが、結局うまくいかなかった。そして、現在に至るまで様々な工事がされてようやく氾濫が少なくなってきたんだ」


「めでたしですね。あれ、じゃあ石は?」


「そう、次は水質汚染が起きたんだ」


「氾濫のくだり要りましたか?」


女性は前のめりになるわたしの顔の前に落ち着けと手を広げた。


「まあ、待て。それも踏まえて重要なんだ。・・・・・・コホン、鴨川は高度経済成長期に工業廃水、例えば友禅流しの処理水などによって川が汚染されたんだ。そして一時期は魚が住めなくなったんだ」


「むぅ~・・・・・・。はぁ、でもこんなにきれいで飲めそうですけど」


変わらず、話を続ける女性に少し怒りながらも、諦めて話に入る。下を見れば、川は澄み切っていて、川底がはっきりと見える。


「そうなのだよ。今ではこんなにきれいなのに当時は汚かった。そのため、鴨川に少しでも触れたら体を洗わないといけないっていわれたほどだ」


「そこまで!?」


「そしてさすがにこれではいけない!と、民間団体が立ち上がったんだ。代表的なのは鴨川を美しくする会といい、一九六四年から活動したんだ」


「ええっと、今年が二千二十四年だから、ええっと」


「今年でちょうど六十年になる比較的歴史の長い民間団体なんだ。そして市の規制も充実していき、九十年代には清流と呼べるほどきれいになったんだ。けど、川が汚い時に子供だった親は子供を川へ近づけたがらなかった」


「きれいになったと分かっていても小さい頃の経験は残っていますもんね」


「ああ、そこで水に親しんでもらうために飛び石が作られたんだ」


「えっ、これって最近出来たんですか?」


「ああ、実は飛び石は歴史が浅い。だから君の鴨川って浅いですよも今の景色についての言及なら、あながち間違っていないんだよ」


「へ~、そうだったんですね」


こう見ていると、ずっと昔からあったように見えるのに。今と昔が調和してある景色は小学校の頃に見た清水寺からの景色みたいだ。


「ああ、昔からあるように見える物も実は最近に出来た物というのは結構多いんだよ。


「なんか、そういうのを知るとまた景色が違って見えますね。」


「ああ、そうなんだよ! それが歴史を知ることの楽しさなんだ!」


女性はうれしさのあまりか、わたしの手を勢いよくつかむ。その勢いが急であったので後ずさってしまう。すると、女性のジャージのポケットから、からんと石の上に何かが落ちた。

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