京研(京都歴史研究部)

夢見

ガール ミーツ ガール in 鴨川

第1話 ガール ミーツ ガール in 鴨川

小学生の頃の修学旅行で訪れた京都。

観光客でひしめく二寧坂の階段を誰が一番に門にたどり着けるかを競って、私たちは駆け上がった。


わたしは足が遅くて次々とみんなに追い抜かれたけれども、ただ追いつこうとしているのが今までで一番楽しかったのを覚えている。


「こっちにいこうよ!」


音羽の滝の前で、班の一人が指さした階段を登っていくと、

目の前が、赤と黄色の紅葉でいっぱいになった。


手前には立派な清水寺の三重塔と舞台、そしてその奥には遠くまで京都の街が広がっていた。昔からあるものと、今の町が一緒になっていて、まるで一枚の絵みたいで――


「京都って本当にすっごい!」って、思わず心の中でつぶやいたのを覚えている。


修学旅行のあとも、京都の街がずっと心に残っていて、「いつか住んでみたいな」と思いながらも、口に出すことはなかった。


 でも、中学3年生になって進路のことを考えはじめた頃、京都に住んでいたおじいちゃんが亡くなってしまって、おばあちゃんが一人きりになった。

家族で集まって話し合う中で、おばあちゃんは「この町を離れたくない」と言っていて、お父さんとお母さんもそれを大事にしたいと思っていたけれど、一人にしておくのはやっぱり心配で、みんな悩んでいた。


そんな空気の中、小学生のときに見た京都の風景を思い出した私は気づいたら口にしていた――


「なら、わたし、高校は京都にする! おばあちゃんと一緒に住めばいいでしょ!」


その言葉に、お父さんとお母さんはしばらく顔を見合わせて悩んでいたけれど、

「数ヶ月に一度は必ず帰ってくること」という約束を条件に、最後はうなずいてくれた。


それから私は受験を乗り越えて、京都の高校に合格した。

そうして気づけば、いよいよ今日から新しい生活が始まる。

                 ***

 

 今日はその高校の入学式の日。

朝早く家を出て、おばあちゃんの家の近くにある下鴨神社に向かった。新しい学校で友達ができるようにってちょっとした願掛けのつもり。


下鴨中通から、細い路地を抜けて鞍馬口通へ。

途中、ローソンの前で信号待ちしながら、スマホで道をチェックする。


「うん、ちゃんと合ってる」


京都の道って、狭くて入り組んでて、ちょっとした迷路みたい。

慣れない私には、まだちょっとドキドキする。


おばあちゃんが前に言ってたっけ。

「京都は戦争に巻き込まれなかったから、昔の道がそのまま残ってるのよ」って。

たしかに、こういうなんでもない道にも、なんだか“時間”が染み込んでる感じがする。

そんなことをぼんやり考えていたら、信号が青に変わった。


横断歩道を渡ると、「下鴨神社参道入り口」と書かれた看板が見えてきた。

そのまま進むと、緑に囲まれた境内が、すこしずつ近づいてくる。

周りは木々に包まれていて、昼間なのにちょっと薄暗い。

まるで、木のトンネルの中を歩いているみたい。

足もとにこぼれる木漏れ日を踏みながら、先に差す光をたよりに、ゆっくりと奥へ進んでいく。

やがて、お賽銭箱の前にたどり着いた。

ポケットの中で小銭を探して、そっと入れる。

パン、パン、と手を合わせて。


新しい友達ができますように!


願いを込めてお参りを終え、参道を歩いていると、


ふと視界の端に、しだれ桜が見えた。

こちらにそっと寄りかかるように咲いた桜が、並んで風に揺れている。


このあたりは“糺(ただす)の森”といって、有名な散歩道らしい。


柔らかい桜の色に癒されながら、そのまままっすぐ歩いていくと、鳥居を抜けた先で、賀茂川と高野川が合流する場所に出た。


橋の上から川沿いを見ると、観光している人はいなくて、地元の人がチラホラランニングしているのが見える。


出町橋を渡れば、学校はもうすぐそこ。

……だけど、まだ少し早いみたい。

せっかくだし、もう少しだけ川を近くで眺めていようかな。


公園によくある自転車ガードの間をすり抜けて、川と同じ高さまで降りる。


私は背伸びをして、澄んだ朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

やっぱり、朝って気持ちいいなぁ。



ふと周りを見渡すと、川の西側、石の足場の上にジャージ姿の女性が座っていた。

それだけならよくある光景だけど、その人は――なんと座禅を組んでいる。しかも、手にはペンのようなものと、細長い、どこか上品な短冊のような紙まで持っている。


……歌人さん? いや、違うよね。見た感じ、私よりちょっと年上くらいの高校生っぽいし。


——じゃあ、いったい何してるの?


 好奇心がうずうずして、そーっと石の足場を渡っていく。

バレないように、そーっと後ろからのぞいてみるけど、よく見えない。

今度は斜めから……と、片足に体重をかけて身をのり出したそのとき――


「あっ……!」


足先が水面に触れて、ひやりと冷たさが伝わる。

慌てて足を引っ込めて、靴下が濡れていないか急いでチェック。

……よかった、セーフ。ぬれてない。

と、ホッとしたところで——


「うん? 後ろで何をしている?」


背後から、落ち着いた声が聞こえた。

振り返ると、女性がこちらをじっと見ていた。

どうしよう、怪しまれた!?


「あっ、怪しい者じゃないです! ただ、その手にあるのが気になって覗きたいなぁ~なんて思っていません!」


「いや、思っているだろう」


さらっと言い切られて、うぐっとなる。

でも女性はそのまま立ち上がり、砂をパンパンとはたくと、

前ならえの先頭の人みたいに手を腰に当てて、堂々と胸を張って私を見つめた。


「まあいい。わたしが何をしているか、聞きたいか?」


「はっ、はい! 確かに聞きたいって思っていました!」


急な展開と女性の勢いに押されて少し返事が遅れたけど、心の中ではまさにそれを聞きたかった。そんなふうにして、ちょっと不思議な先輩との出会いが始まった。



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