04 新しい友達
ひまりが受ける魔法適正検査の会場は4つの区画に区切られており、その4区画に一千人を250人ずつに分けて、検査を実施する。
ひまりは今回第三試験エリアに割り当てられており、ゲートを潜り、入場する。
ひまりと椿が検査会場に入ると、中には案内のスタッフがおり、子供とその保護者の誘導をしていた。
「検査をお受けになるお子様は向かって右側の通路に、引率の方はそのまま真っ直ぐ、階段をお上がり下さーい!」
どうやらここで分かれるらしい。
11歳とだけあって、保護者と離れて泣き出すものはいなかったが、不安の表情を見せる子供は多々いる。
当然と言えば当然であろう。
何故なら、この検査の結果次第で自分のこれから先の人生が変わる。そんなとても大事な検査の時に、居て安心出来る家族がいないのだから。
しかし、ひまりに限って言えば、全く問題なかった。
「では、一旦ここでお別れですね。」
「ん、」
「それでは魔法適性検査、頑張って下さい。」
「うぃ、頑張ってきます。」
ひまりは椿と分かれるとあっても全くのいつも通りであり、そこに不安や緊張は見られなかった。
こういう大事な場であっても、ひまりは緊張しない。
いや、それどころがひまりは
いわば一種の感情の欠落である。
恐怖心が無いからそれに繋がる不安を感じない。そして、不安を感じないから、そこから発生する緊張がない。
故にひまりは他の同年代の子供達が大なり小なり魔法適正検査に恐怖、不安、緊張を抱えている中、何も気負う事なく自然体でいる事が出来るのだ。
ちなみに自分自身というのは、他者に関する物事には感情が動くという意味である。
昔、家で飼っていたサワガニが死んだ時は落ち込んでいたし、衰弱していた犬(後の白玉)を発見した時は、ちゃんと回復するか心配していた。
この事を茜と椿は勿論知っている。
故に椿は分かれるとあってもひまりの精神面での心配はしていなかった。
こうしてひまりは椿と別れ、他の子供達と一緒に右側の通路へと進み、椿もひまりの後ろ姿を見届けた後、階段を上っていったのだった。
ひまりは通路を進んでいく。
周りには同じく適正検査を受ける子供達がいた。
するとその中に、体が震えている男の子を発見した。
ひまりはどうしたのか気になり、その男の子に声をかける。
「ねぇ、君。」
ひまりに声をかけられた男の子はひまりの方を向き、目を見開く。
「え、えっと君は?」
「私、星宮 ひまり……。はじめまして。」
「は、初めまして。僕は天野 剣磨。」
「ケンマかー。よろしくです。」
「よ、よろしく。え、えっと……。」
剣磨はいきなり話しかけてきたひまりに何を言ったらいいのか分からない様であった。
「ぶるぶるしてたらかどうしたのかなと思って。」
「!…………僕、震えてた?」
「ん、ウサギみたいに。」
「ウサギ………。」
どうやら剣磨自身、自分が震えていた事に気付いていなかったらしく、驚いた表情を見せる。
しかし、次には顔を真っ赤にした。
震えているのを同い年の異性に見られたのが恥ずかしかったのだ。
「ハハ……恥ずかしい所を見られちゃったね。」
「なにか、不安でもあるの?」
「……君には関係ない事だよ。」
剣磨はひまりから目をそらし、そう言って突き放す。
ただでさえ震えている事を指摘されてしまったのにその震えている理由まで教えるなど、恥の上塗りだと剣磨は思ったのだ。
しかし、ひまりも簡単には食い下がらない。
「お母さんが言ってた。悩みは人に話すと楽になる事があるって。確かにケンマとは今会ったばかりだけど話くらいは聞いてあげられる。」
「星宮さん………」
剣磨はひまりの言葉を受けて少し考える。
そして、
「うん、そうだね。それじゃあごめんけど、少しだけ話、聞いてもらってもいいかな?」
「ん、ばっちこいです。」
剣磨は話す気になった様である。
「まぁ、悩みといってもそんな大層なものじゃなくて、ここにいる皆んなが感じている物だと思うんだけど、」
「うん。」
剣磨は一度前置きを入れて話を始める。
「僕、この魔法適正検査で不適正になるのが怖いんだ。」
「ふむふむ。」
「僕の家、天野家っていって、代々優秀な魔法士を輩出している家系で、僕はそこの跡継ぎなんだけど、」
「ほうほう。」
「もし、僕がこの魔法適性検査に落ちたら、家の名前に泥を塗る事になる。そして何より……」
剣磨はここで言葉を区切りる。
悩みをを言葉にする。
それは己がそのことに対して、不安を感じていると改めて、再認識する行為。
剣磨は続きを言葉にするのが怖かった。
しかし、剣磨は勇気を出し、己が一番不安に感じていることを口にする。
「親に失望されてしまうかもしれない。それがすごく怖いんだ。」
剣磨の恥やプライドを捨てた本心の言葉。
それを聞いてひまりはーー
「なるなる。」
そう言った。
「………あの、ちゃんと聞いている?何?なるなるって。」
剣磨はジト目でひまりを見る。
「なるなるは成程のふむふむバージョンです。」
「いや、初めて聞いたよ。」
「それよりも今はケンマの事。勿論真剣に聞いてる。そしてケンマの話を聞いて、思った事がある。」
「何を?」
「………正直にいっちゃってもいい?」
「………うん。」
ひまりの深妙な雰囲気に、剣磨は少し緊張する。
「私がこう思いました。」
(ゴクリ………)
「これはイチ小学生が何かアドバイス出来る様な問題ではないと!」
ひまりは腕を組んでドン!という効果音が付きそうなくらいに堂々とした体勢でそう言い切った。
「…………………………」
「正直、中々に重たい話で何て言ったらいいのか皆目検討つきません。」
剣磨は壮絶な肩透かしを喰らった気分である。
しかし、ひまりは話を聞いてあげると言っただけで、アドバイスをすると言っていたわけではないので、怒るのは筋違いだなと思い剣磨は心を落ち着ける。
(ん?)
しかし、剣磨は気持ちを落ち着けた時、話す前と比べて気分が幾分か楽になっている事に気付いた。
(不安の原因が解消した訳じゃないのにどうして?)
ここで剣磨はひまりの言葉を思い出す。
(成程、確かに星宮さんの言う通り、悩みを誰かに相談する。たったそれだけの事なのに気分が少し楽になった。)
剣磨は何ヶ月も前から魔法適正検査を行うこの日が来るのを恐れていた。
そして、その不安をずっと誰にも相談できずにいた。
しかし、ひまりにその不安を話した事で、1人で抱えていたという苦痛が解放されたのだ。
(これはちゃんとお礼を言わないとね。)
剣磨はひまりに話を聞いてもらったお礼を言おうとする。
「星宮さんーー」
「でも!」
しかし、それよりも先にひまりが言葉を続ける。
「私、何もアドバイスは出来ないけど、やれる事はまだあります。」
「ん?やれる事?」
「………ケンマ、友達になろ。」
「え!?」
「ケンマの不安、今の私じゃどうにも出来ない。でも、不安、悩みをいつでも聞いてあげられる友達にはなれる。」
「…………」
「今の私じゃあ何もアドバイス出来ないけど、友達になって、お話沢山して、もっとケンマの事を知ったら、今度はちゃんとアドバイスもしてあげられる………多分。」
「…………」
「だからケンマ、友達になろ。」
そんなひまりの突然の言葉に、
「…………うん。こちらこそお願いします。」
剣磨は、少し恥ずかしそうに、ひまりの友達への誘いを承諾した。
「ん、よろしく。それじゃあ……はい。」
ひまりは剣磨に右手を差し出した。
「この手は?」
「友達になった証に握手。」
「え!?」
剣磨は驚きの声を出す。
「?、何を驚いているの?」
ひまりは首を傾げる。
「い、いや、だって僕、女の子と手を握った事なんてーー」
剣磨は顔を赤くし、しどろもどろに答える。誰が見ても分かるくらい慌てており、初々しい反応であるのだが、残念ながらひまりにはどうして慌てているのが理解できなかった。
「ケンマ、変なの…………それじゃあ。」
「え!?」
ひまりは左手で剣磨の右手を掴むと、そのまま自分の右手に持っていき、そして半ば無理やり握手をした。
「あ、」
「これで友達。」
ひまりは握手したまま手を上下にブンブンと振る。
こうして、ひまりと剣磨は友達になった。
「あの、もう手を離してもらっても……」
元々赤くなっていた剣磨の顔はさらなは真っ赤になっており、頭から湯気が出そうになっていた。
「?ケンマがそう言うなら。」
ひまりは剣磨が顔をトマトの様に真っ赤にさせているのを不思議に思いながらも、手を離す。
剣磨はホッとした様な、それでいて少し残念そうな顔をした。
ひまりは握手をした後、すぐ次の行動に移る。
「ケンマ、携帯持ってる?」
ひまりはカバンからを取り出してケンマに聞く。
「携帯?持っているけど、」
ケンマはポケットから携帯を取り出す。
現在ーー魔皇歴2030年では小学校高学年生にもなると、携帯を持っているのは当たり前なのである。
「じゃあ連絡先、交換しよ。」
「え、連絡先?」
「ん、連絡先が分からないとお話できない。ホントは直接会ってお話ししたり、遊んだり出来たらいいんだけど、残念ながら私の家、山奥にあるから。」
「あ、そうなんだ。」
剣磨はこれからも普通に会えると思っていたので、少しショックを受ける。
剣磨はこの近くに住んでおり、勝手にひまりもこの辺りに住んでいると思っていたのだ。
(よくよく考えたら魔法適性試験場は全国にたった10箇所しかないんだから、そりゃあ遠くから来ている人の方が多いよね。)
「………山奥って事はひまりさんのお家は田舎?」
「ん、しっかり田舎です。良く言えば緑に囲まれてて、沢山の小鳥のさえずりが聞こえて、夜は満天の星空が見える自然豊かな場所。悪く言うと自然と田んぼ以外何もなくて、何処に行くにも時間が掛かる。そんな場所です。皆さんも是非きてください。」
「何でご当地PR?というよりそれ、悪い所言ったらダメでしょ。」
「む、ついうっかりホントの事を。」
「………何で僕がこんなツッコミを。」
剣磨は思わずため息を出す。
しかし、それはひまりの言動にツッコミを入れられる位に心に余裕が出来たという事でもある。
「いや、今はその事は置いといて、そういう事なら連絡先、交換しよう。」
ひまりと剣磨はお互いの連絡先を交換する。
「やった。ケンマの連絡先ゲットだぜ……。嬉しい。」
ひまりの住んでいる村は人口が少ない上に少子化で子供が殆どいない為、数人の友達と知り合い、そして家族の連絡先位しかひまりは持っていなかった。
その為、連絡先リストに新しい友達が登録された事がひまりには嬉しかったのだ。
しかしーー
「いや、嬉しいって、そんな無表情で言われても。」
残念ながら、先程初めて出会い友達になったばかりの剣磨にはひまりの喜怒哀楽の喜の感情を読みとる事が出来なかった。
こればかりは年月を重ねないと分からない事なので仕方がない。
「むぅ。ホントに喜んでるのに。」
ひまりは頬を膨らます。
「でもまぁ、これで今度から星宮さんと連絡が取れるね。」
「…………」
「星宮さん?」
ひまりは剣磨をじっとみる。
剣磨は心なしかひまりが少し不機嫌になっている様な気がした。
そして、それは当たっていた。
「ケンマ。私ひまりって呼んでほしい。」
「え?」
「星宮さんはなんか他人行儀でイヤ。」
ひまりは剣磨に苗字で呼ばれていた事に少し機嫌を悪くしていたのだ。
「わ、分かった。じゃ、じゃあ……ひまりさんで。」
剣磨は少し気恥ずかしそうに言う。
しかしひまりはまだ納得しない。
「さん付けなくていいよ。」
「いや、いきなり呼び捨てで言うのは……」
剣磨にはまだひまりを下の名前を呼び捨てで呼ぶ勇気は無かった。
「……………」
「ほ、ほら、まだお互いの事何も知らないし、もっと関係性深めてからでも遅くはないかなって思って。」
剣磨は慌てた様にそう言葉を継ぎ足す。
「むぅ、仕方ない。」
ひまりは渋々ではあるが納得し、剣磨はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
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