03 魔法適正検査の受付
「おー、風が気持ちいい。」
「あまり、窓に顔を出さないでください。危ないですよ。」
現在ひまりと椿は村を出て、高速を車で走行していた。
魔法適性検査がある施設は村から約60キロ離れており、高速を使わなければ、まず指定時間に着くことは出来ない。
現在90キロの速度で高速を走っており、ひまりは窓を半分開けて車を通り過ぎる強風を楽しんでいた。
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少しここでひまりと椿が乗っている車の話をしよう。
現在この車は90キロも出しているのに、全くエンジン音がしない。
その理由はこの車の原動機にあった。
実はこの車、ガソリンを全く使用していないのだ。
それどころか走行する為に絶対に必要なタイヤすらも装着されていなかった。
なんと、地面から10センチ浮いて走っているのである。故にエンジン音だけでなく、タイヤの摩擦音もせず振動もない。
この浮上を可能にしているのは前述に述べた原動機が大きく関わっている。
この車の原動機にはガソリンの代わりに魔道磁力と呼ばれる物が用いられている。
魔導磁力とは、その名の通り、魔法と磁力を融合させた
その効果は魔導磁力を出している装置から最大半径3メートルに特殊な磁場を発生させるという物である。
この磁場内ではあらゆる物に磁力を持たせる事ができ、そしてこの車は磁力を帯びた特殊素材で出来ている。
つまりこの車は磁場内の空気ーー正確には、二酸化炭素や酸素などの元素に磁力を持たせて、車と反発させる事により浮上・促進をしているのである。
これが現代魔法社会が産んだ車ーー魔道磁気浮上式自動車である。(皆は略して魔道車と呼ぶ。)
しかしーー
「椿ネェ、あとどれくらい?」
「あと40分程ですかね。高速などに乗らず、空を直線上で行けたら、直ぐに着くのですが、そういう訳にもいきませんから。」
空を飛べるといっても椿が言う様に、自由に飛び回れる訳ではない。
国家公安委員会、国土交通省、そして魔法省の3つの機構が共同で定めた魔導交通法により、魔法が使用されてある乗り物には様々な規則ある。
魔道車の場合だと、まず他の車と同じ様に交通法を厳守しなければならない。そして最大浮上高さは50センチまでと決まっており、他にも魔道車にのみ適用される法律、条例が数多くある為、利便性という部分では普通のガソリン自動車、電気自動車とそこまで大差はないのである。
その為、初期費用が他の車の5倍はする魔道車よりも普通の車を使用してい人の方が大多数である。
「むぅ。40分は長い……。やる事なくて退屈。」
「では、アニメでも見ますか?」
「見ます!」
「では、何を視聴します?」
「魔法戦隊ユニオンがいいです!」
「分かりました。では再生します。」
魔法戦隊ユニオンとは小学生から中学生の世代に見られている戦隊モノである。今年で放送30周年を迎える長寿アニメであり、ひまりの好きなアニメトップ5に入っている。
結局魔道車でも目的地にまで掛かる時間は他の車と変わらない為、ひまりは着くまでの残り時間をアニメを見て過ごすのであった。
そして40分後。
「着いたー。」
ひまりと椿は魔法適正検査か行われる検査会場へたどり着いた。
「おー、人がいっぱい!」
「確かにかなりの人がいますね。ここにいる全員今日検査を受けるお子さんとそのご家族でしょうか?」
魔法適正検査は11歳の誕生日の前後10日間までの間に受け事が義務付けられている。
検査場の前には子供とその引率の保護者を入れて、約一千人程の人々が集まっていた。
ちなみにひまりは今日が日曜で学校が休みということもあって、誕生日当日の今日来ている。
「適性検査を受けるお子様と引率の方は案内票に従い指定の場所で手続きを行って下さーい!」
スタッフの案内の声が会場に響く。
その声を聞いた人達は皆、手続きをする為の仮設テントに並んでいく。
「ひまりさん。私達も並びますよ。えっと、私達は第五仮設テントですね。」
椿は事前に家に届いていた魔法適性検査の案内票を手に持ち、ひまりと仮設テントへと向かおうとする。
しかしーー
「長時間の車移動が終わったと思ったら今度は長蛇の列……。ひまりは心に50ダメージを受けた……。」
ひまりの瞳から光が無くなっていく。
実はひまり、車移動や行列といった長い待ち時間が苦手なのであった。
理由は7歳の頃、茜とショッピングセンターに買い物に行った時、茜の衣服選びに4時間付き合わされた為である。
既に2時間半にも及ぶ車移動で削がれていた精神に更なる追い討ちでひまりはダウンしそうになっていた。
「頑張ってください……そうです。適性検査が終わったら、どこか近くの喫茶店に入っておいしいスイーツを食べましょう。」
「スイーツ!」
椿の言葉を聞いて、ひまりの目に光が戻る。
大の甘党であるひまりはスイーツに目がないのだ。
「椿ネェ、早く並ぶ!」
先程のドンヨリとした空気は何処へやら。
ひまりは椿を追い越し小走りで列の最後尾に並び、椿に手招きする。
「そんなに急がなくてスイーツは逃げませんよ。」
椿は苦笑いをし、ひまりの元へ歩いて行く。
こういうひまりの扱いに関しては椿の右に出るものはいないのである。
そして20分後、前列の人の手続きが終わりひまりの番になった。
「おはようございます!案内票を確認させていただきます。」
椿は手続きを担当している女性スタッフに案内票を渡す。
案内票にはCRコードが貼られており、スタッフはそれを専用の機械で読み取る事で、その者の個人情報を確認するのだ。
「星宮ひまりさんですね……え、星宮ってあの?」
スタッフは星宮という苗字を見て、驚いた声を出す。しかし、直ぐに我に帰る。
「あ、取り乱してしまい申し訳ありません。えー星宮さんは本日がお誕生日なのですね。おめでとう御座います。」
「ん、ありがとうございます。」
女性スタッフはCRコードから読み取ったひまりのデータをパソコンに次々と入力していく。
しかしその入力途中、パソコンを打っていた手を止め、そしてまたもや驚きの声をあげる。
「え、すごい!魔力値150!?ここで多くの子供の魔力値を見てきましたが、こんな高い数値、初めて見ました!」
「何!?魔力値150だと!」
「それは凄いな……。」
「そんな数値初めて聞いたぞ。」
女性スタッフの声を聞いた列に並んでいた人達がざわめき出す。
皆驚いた表情でひまりを見ている。
それもそのその筈。
魔力値150とはそれ程までに凄い数値なのだ。
この国には魔法省が発表した、魔力値測定基準と呼ばれるものがある。
魔力値測定基準とはその者の魔力値が他の魔力保持者と比べた時、高いのか、低いのか。又、その魔力値は全体の魔力保持者の何%に位置付けられているのかが一目で分かる指標である。
指標の内訳は以下の通りである。
Cランク 1〜5の魔力値 全魔力保持者の8%を占める
Cランク 6〜10の魔力値 全魔力保持者の16%を占める
Bランク 11〜20の魔力値 全魔力保持者の65%を占める。
Aランク 21〜30の魔力値 全魔力保持者の8%を占める。
Sランク 31以上の魔力値 全魔力保持者の3%を占める。
この指標は魔力量測定検査を行う産婦人科や魔法高校・大学、魔法関連企業等で用いられている。
これを見ると、最も割合が低いのがSランクというのが分かるだろう。
そのSランクも殆どが魔力値40未満であり、それを超える魔力保持者などまずいない。
ひまりの魔力値150がどれ程珍しく、そして、どれ程高い数値なのか、お分かり頂けただろう。
「これは是非とも魔力適性者に選ばれて欲しいですね!もし適性者に選ばれたら、人生の成功が約束された様な物ですから!」
女性スタッフはまだ興奮が冷めやまない様で、完全に手続きの手を止め、ひまりに向けて話し続ける。
しかし、その興奮も一気に冷める事になる。
何故ならーー
「失礼……受付の貴方。少々お話が過ぎるのでは。」
「ヒッ!」
椿が凍てつく様な目で女性スタッフを睨んでいたからだ。椿に冷たい目を向けられ、女性スタッフは小さく悲鳴をあげる。
「貴方が驚く気持ちは理解できます。しかし、だからといって、ひまりさんの個人情報に当たる魔力値のデータを周囲に沢山の人がいるこの場で言うとは情報の秘匿義務がなっていないのでは?」
「あ、」
女性スタッフは椿に言われて初めて、己が犯した過失に気が付いたらしく青褪める。
「貴方が先程発言していた通り、ひまりさんの魔力値はとても高く、珍しい。そう、いつ誰に狙われてもおかしくない程に。あなたの先程の不用意な発言を直接又は間接的に聞いた誰かがひまりさんに害が及ぼした時、責任が取れるのですか?」
「い、いえ、その……」
女性スタッフは椿の冷たい視線と怒気を含んだ問い詰めに涙を滲ませ、小動物の様に震えていた。周りの人達も椿の圧に当てられ、何も言えない。
しかし、ここで思わぬ所から女性スタッフに助けが入った。
「椿ネェ。ひまり、全然気にしてないから大丈夫。スタッフさん、許してあげてもいいのでは。」
被害を受けた張本人であるひまりが女性スタッフを助けに入ったのだ。
自分の裾を掴み見上げるひまりに椿は先程とは打って変わり優しげな目ななり、ひまりの頭を撫でる。
しかし、許してもいいのではという、ひまりの意見には首をゆっくりと横に振った。
「……ひまりさん。彼女が犯したミスは個人情報の流出です。魔法適性検査の受付という、たくさんの人の個人情報に触れる仕事であるからこそ、その扱う情報が他の第三者に漏れる事がない様、細心の注意を払わなくてはならない。」
椿はひまりに優しく丁寧に事の重大さ説明をしていく。
「それをあろうことか、情報を扱う当人が自らひまりさんの個人情報を漏らしてしまった。これはひまりさんの安全に関わる問題なのです。簡単に許す訳にはいきません。」
椿には命をかけてでもひまりを守るという使命があるのだ。
いくら被害を受けた本人であり、自分の主でもあるひまりが許すといっても、椿はそれを承諾する訳には行かないのである。
しかし、ひまりも簡単には引かなかった。
「でも、言っちゃった以上、スタッフさん怒っても何も解決しない。それにーー」
ここでひまりは一度言葉を区切り、椿の目を見る。
「誰かが私を狙ってきたとしても椿ネェがいれば絶対に大丈夫。」
「ッ!」
そう言ったひまりの目には椿に対する絶対的な信頼が宿っていた。
「だからもう許してもいいと思う。」
「……………」
ダメ?
ひまりは無意識なのだろうが、あざとく首を横に傾け、上目遣いで椿を見る。
それに椿はーー
「………そうですね。」
椿はひまりの言葉を聞くと、一度目を閉じて深呼吸をして心を落ち着ける。
そしてーー
「受付の貴方。」
「は、はい!」
「ひまりさんに免じてこれ以上深く追求はしません。私も少々熱くなり過ぎていた様ですし。」
「あ、ありがとうございます。」
女性スタッフは恐る恐る椿に頭を下げようとするが、それを椿は止める。
「貴方がしなければならないのは私への感謝ではなく、ひまりさんへの謝罪なのでは。」
「あ、」
椿に言われ女性スタッフは慌てて椅子から立ち上がり、ひまりの方を向く。
そして、
「星宮さん、この度は私の思慮が足りないばかりに、星宮さんの大事な個人情報ほ漏らしてしまいました。本当に申し訳ありませんでした!」
ひまりに深々と頭を下げる。
女性スタッフも己のミスにちゃんと責任を感じており、心からの謝罪である。
そして、それはひまりにも伝わった。
「ん、謝罪……受け取りました。以後気を付けて下さい。」
「はい、勿論です。今後は情報を扱う立場にいるという事をしっかりと自覚して行動します。」
こうして、ひまりのお陰でこの場は収束した。周りにいた人達も、凍りついていた場が暖和した事に安堵する。
女性スタッフは急ぎ手続きに戻り、今度は黙々と作業を進めていく。
そして、ひまりの情報をパソコンに全て打ち終え、最後にEnterキーを押す。
すると、スタッフの隣の設置されていた機械が作動し、その機械の中から薄型のカードが出てきた、
スタッフはそのカードをひまりに渡す。
「手続き完了です。こちらは星宮さんが今回魔法適正検査を受ける事を証明するカードになります。このカードを持って第3ゲートから検査会場に入場してください。」
「ん、了解です。」
「第3ゲートはあちらですね。ではひまりさん、行きましょうか。」
椿とひまりは会場に入る為、指定されたゲートに向かう。
そしていよいよ、受ける者の人生の大きな転換点となる魔法適正検査が始まるのであった。
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