02 幼馴染と嫉妬

「ひまりさん、そろそろ行きますよ。」

 

 家の玄関から椿の声がきこえる。


 「あーい。あと少しで準備完了します。」


 ひまりは椿の声に答えながら、身支度を進める。

 帽子を被り、ショルダーバッグかけ、そして最後に腕時計を付ける。


 「よし……これで完璧。」


 身支度が出来たひまりは椿が待つ玄関へと降りていく。


 「ふんふんふふふん♪」


 ひまりはご機嫌な感じに鼻歌を歌いながら階段を降りる。


 「お待たせしました。」


 「あ、その腕時計、早速使用して下さるのですね。」


 「もちのろんです。」


 ひまりがつけている腕時計は、椿からの誕生日プレゼントの一つである。



 朝食を食べ終えたひまりはさっそく、椿からの誕生日プレゼントを開いた。

 プレゼントの中身は、ひまりの好きなお菓子の詰め合わせ、そして、今身に付けている腕時計であった。

 

 薄いピンク色のクォーツ時計であり、羅針盤の部分にピンクのバーベナの花が描かれている。


 更にこれは唯の時計ではなく、魔法と科学の融合によって作り出された、である。

 クォーツ時計のデメリットである、多機能の搭載が難しいという部分を魔法でカバーし、あらゆる機能が搭載された、一品物である。


 「腕時計をすると、大人になった気分になる。」


 ひまりは時計をしている腕を胸の前に構え、ポーズをとる。


 「フフ、ひまりさんに似合ってますよ。」


 「椿ネェありがとう。大変気に入りました。」


 ひまりはペコリと頭を下げ、椿に感謝を伝える。


 「それはよかったです。私も気に入って貰えるか、半信半疑だったのでホッとしました。」


 悩みに悩んで選んだプレゼントであったが、気に入ってもらえるか不安であった為、ひまりが嬉しそうな姿をみて、椿は安堵する。


 「それでは、ひまりさんの準備ができた事ですし、出発しますよ。」


 「アイアイサー」



 2人は家を出て、隣接してある駐車場へ向かう。

 その途中、左右が田んぼに囲まれて、車が一台ようやく通れる程度の細い道から、1人の子供が、こちらへ歩いて来た。


 「おっす。」


 「おー、ソウター。おはよー。」


 ひまりにソウタと呼ばれた子供は、足立 草田あだち  そうた

 隣の家に住んでいる、ひまりの同い年の小学生、

いわゆる、幼馴染でる。


 「おはようございます、足立さん。」


 「椿さんもおはようございます。」


 椿の挨拶に草田も返す。

 

 「ソウター、私これから魔法適正検査に行くから遊べない……。ごめんなー。」


 「何で俺が遊びに来た前提で話を進めてんだ?

ひまり、お前今日誕生日だろ?プレゼンを渡しに来たんだよ。」


 草田は右手に持っていた紙袋をひまりに渡す。


 「プレゼント!」


 ひまりはプレゼントを受け取ると、早速紙袋の中の物を取り出す。


 「おー!これは!」


 紙袋から出てきたものは………


 「カエルさんの目覚まし時計!」


 「えぇ……」


 紙袋から出てきたカエルの目覚まし時計をみて、椿は思わず引き気味の声を出す。


 カメラの目覚まし時計………それ自体は別に何も問題はないと思う。自分が渡した、腕時計と、時計という部分で被ってはいるが、使い所で差別化出来ている為、そこも大丈夫。


 問題はそのカエルが妙にリアルであるという事である。 本物と区別が付かないリアルなカエルが、時計に後ろから被さっている作りをしており、よくネットやショッピングセンターで見るイラスト風の可愛いカエルの目覚まし時計とは似ても似つかない。

 カエル自体そこまで好きではない椿からすると、

ひまりが今手にしている、目覚まし時計は言い方は悪いが、気持ち悪かった。これが寝ている頭の上にあると思うと、鳥肌が立つ思いである。


 だが当人のひまりはというと……


 「カッコイイ……!しかもこれはトノサマガエル。」


 とても嬉しそうであった。

 

 「お、分かるか?ひまり、カエルの中じゃトノサマガエルが一番好きだっただろ?背中の斑点まで精巧に作ったんだぞ。」


 「え?このカエルの時計、足立さんが作ったんですか?」


 まさかの足立作と知り椿は驚く。


 「そっすね。俺工作は得意なんで。」


 「ですが、何故ゼロから作ろうと?カエルの時計なら市販で売られているのがあるでしょう。」

 

 椿は改めてひまりが持っているカエルの時計をみる。細部までこだわって作られており、もはや職人技である。相当の時間と労力が掛かっているであろう事は容易に想像がつき、何故、市販のものではなく、わざわざ手作りにしたのか疑問である。


 「だって市販じゃここまでリアルなカエルの目覚まし時計は売られてないっすから。普通に気持ち悪いし。もしこんなのが枕元にあったら子供、泣きますよ。」


 確かにそうである。

 唯の置物としてならともかく、子供が使う目覚まし時計で本物に近い精巧なカエルの時計など、売れるとは思えない。手間暇がかかる上に売れる目処がない様な商品を生産して、販売する様な企業など存在しない。


 「でも、ひまりは可愛い感じのやつより、こっちの本物に近いやつの方が好きだろうなと思ったので、自作したんすよ。」


 「……ひまりさん、そうなのですか?」


 「ん……このヤクドウカンある感じが実に私好みです。流石ソウタ、わかってらっしゃる……。」


 ひまりの感性は少々変わっている様である。


 「まぁな……、だが!聞いて驚くなかれ。このカエルには隠された秘密がある!」


 「何ですと!」


 「ちょっと貸してみ………。えっと、アラームを10秒後にセットしてと。」


 草田は時計のアラームをセットして、ひまりに返す。セットした10秒後に向けて針が進んでいく。


 「何がおきるの?」


 「まぁ、見てろよ。」

 

 5……4……3……2……1……0


 ゲゲゲ……ゲゲゲ!……ゲゲゲゲ!!

 

 セットした時間になった瞬間、カエルが口を開けて鳴き出した。これまた何ともリアルな鳴き声であり、一呼吸事にどんどん鳴き声が大きくなっていく。


 「おおー!カエルさんが鳴き出した!」


 「目覚ましのアラームですか。」


 「どうせなら、そこも普通のアラームじゃなくて、カエル仕様にしたいとしたいなと思いまして。」

 

 「それにしても、本物そっくりの鳴き声ですね。」


 「そりゃそうっすよ。だって、本物のトノサマガエルの鳴き声を録音して、それをアラーム用にちょいと編集したやつを流してますから。」


 「最早、小学生のやる事じゃありませんね。」


 椿ぐ関心した様に呟く。


 「フ、これが天才ってやつですかね。」


 草田は前髪を手で払い、カッコつけて言う。


 「ソウタ……何かそれ気持ち悪い……。」


 「うるせぇよ!」


 しかし、ひまりから辛辣な一言を貰ってしまう。


 「でもソウタ、ありがとう。明日からはこのゲロ親分の鳴き声と共に朝起きます。カエルの鳴き声で朝目を覚ますの、前から夢だった……。」


 「そいつは良かった。だが待て……、もしかて、ゲロ親分って、このカエルの名前か?」


 「ん、この風格と鳴き声は親分の名が相応しいと思いゲロ親分と命名しました。」


 「いやまぁ、お前の物だから別にいいど…。相変わらず、変なネーミングセンスだな。」


 「変とは失礼な……。奇想天外なネーミングセンスと言って貰いたい……。」


 「いや、意味同じじゃねぇか。」


 「ひまりさん、楽しく会話している所、申し訳ありませんが、そろそろ、試験会場へ向かいますよ。お話の続きはまた帰宅してからで。」


 草田の精巧なカエルの目覚まし時計に椿も目を取られてしまっていたが、適性検査に遅れる訳にはいかないので、話を切り上げさせる。


 「ん、了解です。それじゃあソウタ、私は魔法適性検査に行って参ります……。」


 ひまりは早田に敬礼ポーズをとる。

 

 「おう、行ってこい。適性者になれるといいな。」


 「健闘を祈っていてください。」


 「了解、了解。そんじゃ、俺はプレゼン渡したし、家に戻るわ。」


 早田はそう言って隣にある自分の家へ戻って行った。



 「……プレゼント、良かったですね、ひまりさん。」


 「ん、大変満足です。」


 カエルの目覚まし時計を両手で持っているひまりは顔こそ無表情であったが長年ひまりを見てきた椿には分かる。


 これはとても嬉しがっている。

 

 (流石足立さん、ひまりさんの好みをしっかりと理解されている。……故に、少し悔しいですね。)



 椿はひまりに喜んでもらえるプレゼントを必死に考えて選んだ。そして、その甲斐あってプレゼントの腕時計は喜んで貰えた。

 しかし、草田はひまりの感性にドストライクで刺さるプレゼントを選んできた。

 

 椿が選んだ腕時計と草田の目覚まし時計を比べた時、価格的価値という意味では、圧倒的に椿の腕時計のほうが上であるが、ひまりに喜ばれるプレゼントとして見た時、椿は負けている気がした。


 そもそも他の人が渡す誕生日プレゼントと自分の物とを比べる事自体間違っているし、ひまりが貰ったプレゼントに優劣を付けたりしない事も分かっている。あくまで、椿の気持ちの問題なのだ。


 更にもう一つ、椿は心にダメージを受けることがあった。


 ひまりと一緒に過ごしている年月は早田と変わらない……否。一緒に屋敷で住んであるという部分で自分の方がひまりと長く居る筈なのに、あくまでひまりの数ある好みの一つとはいえ、それを早田が知っていて、自分が知らなかったという事実に椿は軽くショックを受けていた。 

 ひまりの事は誰よりも、それこそ母親である茜よりも理解していると椿は自負していたのだ。


 (全く。何を私は小学生相手に嫉妬をしているのでしょう。大人気ない。)


 椿は基本、冷静沈着の常識人であるが、ひまりが関わると、小学生相手に嫉妬したりと、感情の制御が効かなくなるのである。

 そういう意味では茜と一緒であった。


 椿は己の醜い感情に嫌気が差し、ひまりに気付かれないよう、心の中で溜め息を漏らす。


 だが、そんな矮小な感傷に浸っている時間はない。椿は思考を切り替え、魔法適正検査の方に意識を切り替える。


 「嬉しそうで何よりです。それではひまりさん、車に乗ってください。出発しますよ。」


 椿はひまりを車に促す。

 しかし、ひまりは立ち止まったまま、椿を見る。


 「ひまりさん、どうされました?」


 ひまりは問いかけには答えず、黙ったまま椿に近づき、そしてーー。


 「ん、」


 そのまま椿の腰部分に抱きついた。



 ………そして五秒程抱き付いた後、椿の腰に回していた腕を離した。


 「ひまりさん。今のは………。」


 「椿ネェ、落ち込んでいるみたいだったから。私、落ち込んでいるとき、抱きしめて貰うと、不思議な事に元気が戻る。だから、同じ事をやってみました。」


 「!」


 椿はひまりに気を落とした素振りなど微塵も見せていないハズでだった。少なくとも顔には出していない。


 「どうして、私が落ち込んでいると?」


 ひまりは少し考える素振りを見せた後、


 「………家族だから?」


 と、言った。

 首を傾げているあたり、ひまり自身、理由はよく

分かっていない様だ。


 しかし、椿はその言葉を聞き、はっとなる。


 椿は基本無表情であるひまりが今、どういう心境なのか。嬉しがっているのか、悲しがっているのか怒っているのか等が、一目見ただけで分かる。

 それはひまりが0歳だった時から、ずっと見続けてきたからこそ出来る芸当であった。


 しかし、椿がひまりをずっと見ていた様に、ひまりもまた、椿の事をずっと見続けていたのだ。

 故にひまりは分かった。


 理屈ではない。物心着く前からずっと一緒いただからこそ気付けたのだと、ひまりは言ったのだ。


 「…………ひまりさん、お気を遣わせてしい、申し訳ありませんでした。ですがひまりさんのお陰でもう大丈夫です。」


 椿はそう言いひまりの頭を撫でる。


 自分が感情をコントロール出来ないばかりにひまりに気を遣わせてしまった。

 ……不甲斐ない。

 しかし、そんな自己嫌悪や嫉妬の気持ちなどが、どうでもよくなるくらいに椿の心は今、喜びに満たされていた。


 何故なら、ひまりがあくまでも家政婦である自分に対して、『家族』と言ってくれたからである。


 その事が椿にはとても嬉しかった。


 「元気が出たならよかったです。」


 ひまりは相変わらずの無表情で言う。

 しかし、椿にはひまりのその無表情の中に、安堵の気持ちがあるのが見えた。

 他の人には分からない、11年間一緒にいる椿だからこそ分かる、ひまりの感情の起伏。


 (全く、こんなくだらない嫉妬の感情で主を心配させてしまうなんて、家政婦失格ですね。)


 椿はそう思い猛反する。

 そしてもうこの様な事でひまりに心配を掛けさせたりはしないと、心の中で誓うのであった。

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