ひまりちゃんの魔法生活

河蛙

01 田舎生まれのひまりちゃん


 ここは川と山々に囲まれた小さな集落。

 人口は300人程度。

 見渡す限り田んぼが広がっており、まばらまばらに家屋が建っている。

 そして、その家屋も殆どが古き日本をイメージされる作りをした、古民家である。


 そして、その古民家の中でも一際デカい、屋敷といっても差し支えない家が一軒、建っていた。


 ここはその家の2階。

 

 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!


 「んう、ん〜」


 現在時刻は朝の7時。

 セットした目覚ましの音と共にその少女は起きた。

 少女は眠たげな目を擦りながら目覚まし時計を止め、布団から出る。

 そして、猫がまるまって寝ているイラストのパジャマから犬が駆け回っているイラストの私服に着替え、覚醒していない脳のまま、眠たげな表情で一階へと降りていく。

 

 「あ、おはよう、ひまりちゃん!」

 「おはようございます、ひまりさん。」

 

 一階へ降りると、玄関から二人の女性の声が聞こえた。

 一人は、少女ーー星宮 ひまりの母親、

 星宮 あかね(38歳)である。

 あかねは38歳とは思いないほど若く、そして、綺麗な容姿をしていた。紅色のロングの髪をゴムで一括りに束ね、スーツを来ており、その姿は、仕事が出来るキャリアウーマンといった印象であった。

 玄関で靴を履いており、丁度、仕事に出ていく所らしい。

 もう一人は、この家でただ一人の家政婦。

 中田 椿(26歳)

 あかねほどではないが伸びている髪を、一括りに束ねており、少し吊り目が特徴的な黒髪の美人である。明治時代の使用人をイメージさせる様な、和の服装をしており、背筋が真っ直ぐと伸びた立ち姿が出来る使用人の印象を与える。

 10年前にあかねが何処からか連れてきて、それ以来、住み込みで働いている。

 ひまりにとっては物心がつく前から一緒にいる為、歳の離れた姉の様な存在として、慕っている。

 

 「おはよう・・・お母さん…椿ネェ…。」


 ひまりは眠たげな表情で二人に挨拶を返す。


 「もう!私の事はママって呼んでって言ってるのに!私の事をママ、ママと呼んで抱きついていたひまりは一体何処に・・・・ってそんな事言ってる場合じゃなかった。ごめんね!今日はお母さん、朝から大事な会議あるの。朝ご飯は椿が作ってくれてるからそれを食べてね。」

 

 「分かった・・・・。」


 あかりは日本屈指の大企業で働いている。

 さらにその中でも重要なポストに就いており、ひまりが起きるよりも早く家を出て行ていき、そして、ひまりが寝た後に帰宅するという事は珍しく無い。


 「それじゃ、行ってきまーすのギュー!」


 「ん。」


 あかりはそう言うがいなやひまりに抱きついた。

 母が会社に行く前に抱きついてくるのはいつもの事なのでひまりも戸惑う事なく抱きつき返す。


 そしてそのまま5秒ほど経って、


 「うん!ひまちゃんチャージ完了!これで今日も頑張れるわ!」


 「それはよかった。それじゃあ行ってらっしゃい。」


 「いってらっしゃいませ、あかね様。」


 「うん、行ってきまーす!」


 あかねはひまりと椿に見送られると、元気に仕事へ出て行った。


 ひまりは母を見送った後、そのまま洗面所へ行き、そして、寝起きの顔を水で洗う。


 「ん、すっきり、さっぱり。」


 顔を洗ったひまりの顔が洗面所の鏡に映し出される。

 鏡に映ったひまりの容姿はと言うと、まだ、小学生らしく、幼さが残った、綺麗というよりかは可愛い顔立ちをしていた。

 しかし、その整った顔立ちは、将来、誰もが振り向く美女になるだろうと思わせる容姿であった。

 顔を洗った後なのにひまりの瞼が半分閉じているのは元がそういう瞳だからである。


 ひまりは顔をタオルで拭いた後、寝癖を櫛で直して行く。


 ひまりの髪は銀色の長髪で、首下辺りまで、髪が伸びており、それでいて、寝癖は至る所にある為、毎日櫛で治すのが大変なのである。


 15分かけて寝癖を直した後、ひまりは朝ご飯を食べる為、椿のいる、ダイニングへ行く。


 「椿ネェー、ご飯〜。」


 「はい。もう朝食のご用意は出来てますよ。」


 椿は、テーブルの上に、鮭の塩焼き、だし巻き卵、ほうれん草のおひたし、豆腐とワカメの味噌汁、白ご飯、味付けのりといった、和のメニューを用意した状態でひまりを待っていた。


 「やったー。シャケだー。」


 ひまりは魚の中では鮭が一番好きなのである。

 椅子に座ると、すぐ箸を持って、鮭を食べようとする。そんなひまりに椿が待ったをかける。


 「ひまりさん、食べる前に『いただきます』をちゃんと言わないとダメですよ。」


 「む、私としたことが忘れてた。」


 「仕方がないですね。はい、それでは手を合わせて、」

 

 「「いただきます。」」


 ひまりは椿と一緒にいただきますを言うと今度こそ、鮭を食べ始める。


 「うまうま。これは舌を巻く美味しさです。」


 ひまりは、独特な言葉で食べた感想を言う。


 「それは良かったです。早朝、魚市場に行ってみた所、運がいいことに、脂の乗ったキングサーモンが上がっていましたので。値段は少々お高めでしたが、ひまりさんが美味しそうに食べているお顔を見れたので、それだけで買った甲斐がありました。」


 「おー、ただのシャケじゃなくてキングなのか。道理で脂ののりが違うと思いました。」


 ひまりはどんどんと鮭を頬張り、食べ進めていく。


 するとそこに……


 「クゥーン」


 「おー。白玉もいたのか。おはよー。」


 鮭を夢中で食べていたひまりの足元に一匹の犬が来た。

 雪の様に真っ白な毛で覆われた子犬だ。

 

 この子犬は数年前にひまりが森で見つけて、拾ってきた犬だ。

 当時、ひまりが連れて帰ってきた時はひどく衰弱していたが、今では完治し、元気に走り回れる様になっている。


 ちなみに白玉という名前はひまりがつけたものである。ひまり曰く丸まって寝ている姿が白玉みたいだったからとの事。


 白玉はひまりの足に頬をさすりつけて何かもの欲しそうな目でひまりを見上げる。


 「白玉もこのシャケが欲しいのか?」


 「ワン!」


 白玉はそうだというように声を上げる。


 「しょうがないな。椿ネェ、白玉にシャケあげても大丈夫ー?」


 「白玉さんにはすでにご飯をあげたんですけどもね。たくさんあげすぎるのは良くないので少しだけですよ。」


 「ワン!」


 白玉は椿の言葉を聞いて嬉しそうに尻尾を振る。


 「よーし、よし。そんなに嬉しいか。ほら、シャケだぞー。しかもただのシャケじゃなくてキングだからなー。味わって食べるんだぞー。」


 椿はひまりが白玉に鮭を上げる様子を微笑ましそうに見る。

 椿にとって、ひまりは自身が仕える主の一人であると同時に、忙しいあかねに代わり、世話をし、ひまりが生まれて間もない頃からずっと見守り続けてきた年の離れた妹の様な存在でもあった。


 「椿ネェ。」


 「はい、何でしょうか?」


 ひまりは白玉に鮭をあげ終わると、椿の方に向き直り、声をかける。


 「実は今日、私にとってすごく大事な日です。それが何か椿ネェ、分かる?」


 ひまりはちょっと得意げに、それでいて嬉しそうに、椿に質問する。

 ひまりの喜怒哀楽の感情は人並みに以上にあるが、それを感情表現として顔に出す事は滅多に無い。

 そのひまりが今、誰が見ても分かるくらいにぐらいに嬉しそうな顔をするというのは余程の事である。


 「勿論存じておりますよ。ひまりさん、11歳のお誕生日おめでとうございます。お誕生日のプレゼントはしっかりとご用意していますので、後ほど拝見して下さい。」


 そう、3月31日、

 今日はひまりの11回目の誕生日なのである。

 しかし、椿はひまりが言う特別な日が誕生日の事を指してはいないという事を分かっていた。

 少しひまりを揶揄おうと思い、敢えて、知らないフリをしたのだ。


 「プレゼント!!…いや、そうじゃなかった。確かに今日はひまりの誕生日です。プレゼントもありがとうございます。しかし……!今日はそれ以上にもっと大事な事があります。それはなんでしょう。」


 「誕生日ではなく、別に何か特別な事があると。難しいですね。一体何でしょうか?」


 椿は考えるフリをするが答えは既に分かっている。

 というよりも、ひまりが質問をするまでもなく、それが来る事を、ずっと前から、それこそ、ひまりがまだ0歳だった時から待っていた。

 11歳。それはただ、一つ年が上がるだけの話ではない。

 11歳とはこれから先いくつもあるであろう、人生の転換点、その2の起点だからである。


 性別、家柄、は関係ない。

 はこの11歳という一つのターニングポイントでこれからの人生が大きく変わる。

 何故なら………


 「ふふん、椿ネェ分からない?……正解は今日、私の魔法適正検査がある日なのでした。」


 そう。特定の子供達は皆、11歳という、タイミングで、魔法適正検査を受けるのである。



 説明が遅れたがこの世界は魔法が存在する世界。 もっと言うと、魔法と化学という相反する二つが奇跡的に合わさった世界なのである。


 中世では魔法と化学は対立し、何度も争いを繰り返していたが、近代では、『魔法と化学を統合する事により、更なる人類の発展を』というのが主流の考え方となってきている。

 特にひまりがいるこのではその考え方が国家方針の一つとなっている為、他の国と比べても、魔法が身近なものとして存在している。


 しかしその魔法、誰しもが使えるかと問われるとそうではない。

 むしろ使えない人の方が大多数である。

 魔法を使うには魔力がいる。

 しかし、誰しもが魔力を持っている訳ではない。

 その為、産まれた人は皆、魔力の有無、そして、魔力があった場合の魔力量を調べる『魔力有無検査』と『魔力量測定検査』を産まれたその日に受けるのである。

 そう、1の人生のターニングポイント、それは産まれたその日に訪れるのである。


 当然ひまりも生まれたその日に検査を受け、そして、の認定を受けた。

 そして今日。

 11歳の誕生日を迎えたひまりは魔力保持者のみが受ける検査、魔法適正検査を受けるのである。


  魔法適正検査とは魔力を持つ者の中から魔法を使う適正がある者を見つけ出す試験である。


 魔力が無ければ魔法は使えない。

 しかし、魔力を持っていれば、魔法を使えるかと言うと、また話が違ってくる。


 魔法は使用する者の才能に大きく左右される。

 当然、努力と鍛錬は必要であるが、それ以上に魔法とは才能の世界なのである。

 魔力を持っていても才能がゼロであれば魔法は全くと言っていいほど使えない。

 その才能の有無を調べるのが今回ひまりが受ける魔法適正検査なのである。

 

 「勿論知ってましたよ。」


 「なぬ、知ってたのに、知らないふりしてたとは……。さすが椿ネェ、私はまんまと椿ネェの手のひらで踊らされてたと。」


 「踊らせたつもりは無いのですが、すいません。少し、揶揄ってみようかと思いまして。」


 「ムーー。」

 

 ひまりは頬を膨らます。


 「それよりも、今日は私がひまりさんの保護者として、魔法適正検査に同伴します。検査を受ける施設まで、少し時間が掛かりますので、8時半にはコチラを出る予定です。ですので、それまでに身支度を済ませて下さいね。」


 「ん、アイアイサー。」


 ひまりはシャキンと敬礼をする。

 椿は敬礼のポーズをとるひまりを微笑ましく感じながらも、頭の中では今日行われる、魔法適正検査の事について考える。


 (遂にこの日が来てしまいましたか。いずれ来る事だと分かってはいましたが、いざこの日が来るとやはり肩に力が入りますね。)


 魔法適正検査でその者の人生は良くも悪くも大きく変わる。

 それを椿が自分の妹の様に接して来た、ひまりが受けるのだ。緊張するなと言う方が無理である。


 そして、椿は勿論の事、あかねも玄関ではいつも通りに振る舞っていたが、心中は穏やかではなかった。

 本当なら今日、あかねも椿と一緒にひまりの魔法適正検査に同伴する予定だったのだ。

 しかし、前日になって、あかねに緊急の仕事が入ってしまった。


 最初、あかねはその仕事を無視して、ひまりの方を優先しようとしていた。

 しかし、あかねは大企業の幹部とも呼べるポストに着いている。 一つの仕事をとっても、億単位の金銭が動く立場にいるあかねが、緊急で来た仕事を無視するのは流石にマズイとの事で、椿とあかねの秘書の必至の説得によって、しぶしぶ仕事を優先する事を承諾したのだった。

 おそらく今日一日、あかねは不機嫌なオーラを隠す事なく、会社中に出す事だろう。


 (ホント、あかね様には困ったものです。)


 椿は昨夜の、長時間に渡る説得を思い出し、嘆息する。夜通しに渡る説得だった為、正直寝不足であった。


 (まぁ、あかね様の事は置いといて、今はひまりさんですね。)


 椿は思考を切り替える。


 椿には星宮家に使えてからというもの、ずっと任されている仕事が2つある。

 一つはこの家全般の家事。

 そしてもう一つがひまりの護衛である。


 (魔法適性検査には何かとがありますからね。ひまりさんに万が一にでも害が及ぶような事がない様、警戒しておかなければ。)


 家政婦の枠を超え、ボディーガードの様な思考をし、椿はひまりの魔法適性検査への同行に望むのであった。


 そして、魔法適性検査を受ける当人である、ひまりは、多少緊張しているのかというと……


 (椿ネェからのプレゼント。わくわく。)


 魔法適性検査の事より、プレゼントの方に興味が持っていかれていたのであった。

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