第28話 理解できない

 聞いたことのある声だった。誰の声だったか思い出す前に、私は背後から羽交い締めにされた。


彼方かなたさん……!」その声は私を羽交い締めにしたまま、彼方かなたさんに声を掛ける。「大丈夫……?」


 彼方かなたさんは数回咳き込んでから、


「……龍太郎りゅうたろうくん……?」


 ……そうだ……この声は龍太郎りゅうたろうくんの声だ。クラスの仲間である龍太郎りゅうたろうくんの声だ。


 今……私は龍太郎りゅうたろうくんに羽交い締めにされている。そのことをようやく理解した。


 龍太郎りゅうたろうくんは彼方かなたさんの無事に安堵してから、私に言う。


ばん先生……全部聞かせてもらいました」

「……手伝ってくれるの?」

「……は……?」

彼方かなたさんを殺すの、手伝ってくれるの?」


 私が言うと、龍太郎りゅうたろうくんの声が困惑したものに変わる。


「……なにを言っているんですか……?」

「だって……このまま彼方かなたさんを生きて帰したら、私……捕まっちゃう。そうなったら……困るでしょ?」


 これから彼ら彼女らは受験をしなければならない。そのときに担任教員がいなければ困るだろう。


 なぜか言葉を失った龍太郎りゅうたろうくんの代わりに、彼方かなたさんが言った。


ばん先生……あなたは、教師をやっちゃいけない人だ……」

「……なんで?」

「……私たちは……先生の青春を再現するためのコマじゃないんです。私たちの青春は私たちだけのものだ。あなたがどこでどんな青春を追い求めようと勝手ですけど……生徒に自分の青春を押し付ける人は、教師になんてなっちゃいけない……!」


 ……


 私が私の青春を押し付ける?


 彼方かなたさんはなにを言っているのだろう。押し付けるも何も、青春の形は1つしかないだろう。


 友達と一緒に仲良く卒業する。クラスメイトと団結して一生懸命頑張る。それ以外の青春がどこにある。


「大丈夫だよ彼方かなたさん」

「……?」

「ちゃんと私が導いてあげるから」

「……」彼方かなたさんは怯えた表情を強くして、「……あなたは……なに……? ごめんなさい……今の私には、あなたを受け入れることができない……あなたの考え、理解できない……あなたの言語がわからない……」


 それはこっちのセリフだ。私には彼方かなたさんの言葉、考えがまったく理解できない。


 ……


 言葉が理解できないのなら、やることは1つしかない。


「ごめんね龍太郎りゅうたろうくん」


 言って、私は龍太郎りゅうたろうくんの足を全力で踏みつける。骨を折るくらいの気持ちで、全体重を乗せて踏み潰した。


「――っ……!」


 龍太郎りゅうたろうくんが声にならない悲鳴を上げてうずくまった。


 拘束が外れたのを見計らって、私は龍太郎りゅうたろうくんに追い打ちをかける。


 2人とも殺せばいい。そうだ……遺書の中では2人は恋人だったことにしてあげよう。亀吉かめきちくん殺しの罪の意識から、恋人と一緒に命を絶ったことにしてあげよう。そうすればきっと2人も幸せだ。


 そう思って龍太郎りゅうたろうくんの頭を殴りつけようとしたときだ、


ばん先生……」異様に冷たい彼方かなたさんの声が聞こえてきた。「……ごめんなさい……」


 ……


 彼方かなたさんが懺悔をした理由。私にはわからなかった。


 ……次の瞬間……


 景色が一回転した。

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