第27話 枯れてない

「青春といえば恋だよね。彼方かなたさん、好きな人はいる? ああ……死んだんだっけ?」

「……」

「私はいるよ。この事件が終わったら、結鶴ゆづるくんに告白するつもり」今から胸が高鳴ってくる。「受け入れてくれるかなぁ……どう思う?」


 私が結鶴ゆづるくんに告白したらどうなるだろう。


「……困るでしょうね……高校生が60歳に近い人から告白されて……でも彼は仲間思いで熱血漢だから、無下に断ることもできない。とても……困ると思います」


 ああ……なんだ彼方かなたさんもそういう事を言うのか。


「あなたも……年齢のことを言うの? たしかに私はもう60近いけど……青春に年齢なんて関係ないよね?」


 私は結鶴ゆづるくんに恋をした。それだけ。たまたま大人と子供だっただけ。


「……何度も言いますが……私は教師と生徒は適切な距離感を保つべきだと思っています。恋心を抱いてしまうのは本能的なものかもしれませんが……告白など論外だと思います」

「なんで?」まったく彼方かなたさんの言葉が理解できない。「あなたも私を……オバサン扱いするの?」


 まだだ。まだ私は……まだ、なにかあるはずだ。


 私が彼方かなたさんに一歩踏み出すと、距離感を保つように彼方かなたさんが後ろに引く。


ばん先生……」

「私まだ、枯れてない」私は彼方かなたさんに近づきながら、「トレーニングだってしてる。ほら……結構肉体も若いままだよ。同僚から良い筋肉してるって褒められることもあるんだよ」

「……先生……」

「スマホだって勉強してるし、若い子たちと話だって合わせられる。何より心は高校生の乙女なの。私にだって、まだ青春を楽しむ権利があるはず」


 まだ枯れてない。まだ咲ける。私という花は、こんなところで踏み潰されていい花じゃない。


 私は言う。


「あなたなんて……ちょっと若いだけじゃないか……! ちょっとかわいくて頭が良いだけ……」

「……」

「それだけで青春を謳歌するの? 私がこんなに苦しんで手に入れようとしたものを……?」


 あとちょっとだったのに。あと少しで理想の青春を手に入れられたのに。


 どうして青春は遠ざかっていった? その答えはすぐに出た。


 目の前の女が悪い。コイツさえいなければ、私は輝かしい青春を手に入れられたのだ。


「アナタさえいなければ……!」


 全部この女が悪いのだ。そう気づいた瞬間、全身の血液が沸騰したように熱くなった。


 亀吉かめきちくんをバラバラにしたときも、こんな感覚だった。ゾーンに入るとはこんな状態のことを言うのだろう。


 感覚が研ぎ澄まされて、なんでもできる気がしてくる。


 そう……不可能なんてない。信じていれば必ず夢は実現する。


 彼方かなたさんは泣きそうな目で後ずさっていく。そして壁に背中が当たって、


「先生……」

「安心して彼方かなたさん」私は彼方かなたさんの首に手をかける。「あなたが死んで、クラスは団結するから。彼方かなた此方こなた亀吉かめきちくん殺しの罪の意識に耐えられなくて、自ら死を選んだ……そんな遺書を書いてあげるから」


 そうすれば私は……まだ青春を続けられる。こんなところで……終わってたまるか……!


 彼方かなたさんの細い首に両の腕の力を込めていく。


 ありったけの力を込める。普段から鍛えているのだ。高校生程度なら簡単に締め殺せる……


 ハズだった。


「やめろ……!」


 背後から声が聞こえてきた。

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