第29話 苦手ではありました


 まず腹部に衝撃が走った。彼方かなたさんの肘打ちが私の腹部に直撃して、深く押し込まれた。


 痛みを感じる一瞬前に、彼方かなたさんが私の腕を掴んで投げ飛ばした。


 気がつけば私は地面に転がっていた。仰向けに寝転んだら、建物の隙間から青い空が見えた。


 投げ飛ばされた衝撃は少なかった。彼方かなたさんが私にケガをさせないように手加減をしてくれたことが伝わってきた。


 そのまま彼方かなたさんは私の腕を捻り上げて、関節を極める。

 

 手慣れた動作だった。どうやらかなりケンカ慣れをしている様子だった。


 彼方かなたさんは私の動きを封じてから、龍太郎りゅうたろうくんに言った。


龍太郎りゅうたろうくん……大丈夫……?」

「う、うん……」龍太郎りゅうたろうくんは足の痛みを堪えながら立ち上がって、「……なんだか僕は……余計な助太刀をしたみたいだね……」


 今の彼方かなたさんの動きを見る限り、先程首を絞められていた状態からも逆転できただろう。あのまま絞め殺されるつもりもなかっただろうから、ただ龍太郎りゅうたろうくんが痛い思いをしただけである。


「そんなことないよ。ありがとう。助けてくれて……嬉しかった」それは事実なのだろう。「……ごめん……警察、呼んでくれるかな」

「う、うん……」


 それから龍太郎りゅうたろうくんはスマホを取り出して、警察に通報を始めた。


「まって龍太郎りゅうたろうくん」私は言う。「せめて……せめて卒業まで……!」

「ダメです」答えたのは彼方かなたさんだった。「もうあなたに……その資格はありません」

「それを決めるのはあなたじゃないでしょ……!」

「そうですね……じゃあ、警察でも同じことを話してみればいい。あなたが教壇に立つ資格があると思われたのなら、あるいは見逃してくれるかもしれません」


 ならば熱意は通じるだろう。私の熱い気持ちを伝えたら、きっと警察も感動するに違いない。


 彼方かなたさんは私を拘束したまま言う。


「私……あなたのこと、嫌いじゃなかったんですよ」

「……そうなの?」

「苦手ではありました。でも……嫌いじゃなかった」その違いが私にはわからない。「目的のためなら、どんな犠牲を払ってでも突き進む。年齢なんて関係なく、理想を追い求め続ける。そんな姿は……尊敬してました」


 ……


 彼方かなたさんは続ける。


「でも……あなたはやり方を間違えた。少なくとも私が見逃せない方法を選んでしまった」……やり方を……間違えた……「もしも次があるのなら……今度は違うやり方を試してみてください。遅いなんてことは……ないと思います」

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