第21話 しばらく

 そのまま、なんとなく授業が始まった。不穏な空気を含みつつ、いつもの日常が繰り返され始めた。


 どのクラスに行っても、生徒たちがソワソワしていた。すでに亀吉かめきちくんがバラバラにされて殺されたということは、多くの生徒の耳に入っているのだろう。


 ……


 そこまではいい。学校で事件が起きたらザワザワするのはよくわかる。


 でも見逃せない意見もあるのだ。


「やっぱり彼方かなたさん……事件とか起こすような人だったんだ……」「俺はやると思ってた」「変人だもんね。なにやるかわかんないから……近寄らないほうがいいよ」


 彼方かなたさんに対する誹謗中傷。もちろん耳にするたびに注意をしたが、効果はあまりないようだった。


 多くの人が彼方かなたさんを犯人だと思っている。噂が噂を呼んで、もはやその空気を覆すことは難しそうに思えた。


 ……


 少し……想定外だった。まさかここまで彼方かなたさんに対して疑惑が集中するとは……


 彼方かなたさんはそんな空気の中、いろいろな調査を続けていた。疎まれても、逃げられても、陰口を叩かれても、彼女はずっと行動していた。


 自分のクラス、他のクラス……生徒から当時の情報を仕入れていた。その姿はまるで物語の中に登場する探偵みたいで、場違いにもカッコいいと思った。


 多くの人が彼方さんを疑う中でも、彼方かなたさんのことを信じている人もいる。


 茉莉まつりちゃんと同じクラスの龍太郎りゅうたろうくんも、そのうち1人だ。


 彼方かなたさんと龍太郎りゅうたろうくんは校舎裏にいた。どうやら誰にも聞かれたくない話をするようで、人目のつかない場所にいた。


 茉莉まつりちゃんは建物に隠れて、その話を盗み聞きしていた。


彼方かなたさん……」龍太郎りゅうたろうくんが言う。その姿はどこか不安そうだった。「な、なにか……わかった……?」


 彼方かなたさんは一瞬の間をおいて、


「全部わかった。犯人も動機も……証拠もある」……そこまで……? 「あとは……その証拠を突きつけるだけ。学校が終わり次第、警察に行くつもり」


 ……


 ……


「だ、誰が犯人なの……?」

「……」彼方かなたさんは周囲を見回す。茉莉まつりちゃんは顔を引っ込めて、その視線を回避した。「……誰かには話しておいたほうがいいみたいだから、話すね」

「……?」

「犯人から狙われないとも限らないから」


 真相にたどり着いた探偵は邪魔でしかない。犯人にとっては。


「だ、大丈夫……僕が守るから」

「……ありがとう」彼方かなたさんは少し嬉しそうに笑ってから、「……ちょっと話がそれるけれど……」

「……?」

「……私……まだ、前の恋を引きずってる。新しい恋をすることは、しばらくはできないと思う」龍太郎りゅうたろうくんは彼方かなたさんのことが好きなのだ。「……ごめんなさい……」

「え……あ……」龍太郎りゅうたろうくんは見るからに肩を落として、「……そっか……」


 こうして高校生の恋が1つ散った。まぁ後腐れなく直接フラレたほうが傷は浅いかもしれない。叶わない未練を抱き続けるよりも。


「で、でも……諦めたくはないから……」龍太郎りゅうたろうくんは粘りを見せる。「……まず友達から、とか……」

「……それは構わないけれど……」

「ありがとう」まだ彼は諦めていないようだ。「いつか……いつか振り向かせて見せる」


 ポカンとした表情を浮かべる彼方かなたさんに、さらに龍太郎りゅうたろうくんは続けた。


「さっき彼方かなたさんは……は新しい恋はできないと思う、って言ってたよね」

「……うん……」

「しばらく、って……どれくらいかな……?」

「……どうだろう……それは時と場合によるとしか……」人によっても異なるだろう。「明日かもしれないし、明後日かもしれない。来年かもしれないし……数十年後かもしれない」


 訪れない可能性だってあるのだろう。


 それを聞いて龍太郎りゅうたろうくんは強がった笑顔を見せて、


「じゃあ……その時に僕が一番近いところにいれば……振り向いてくれる可能性があるってことだよね」


 彼方かなたさんは少し意外そうな顔をしてから、楽しそうに笑った。


「そうだね……いつまでも、後ろばっかり見ていても始まらないよね……」


 過去のことにばかり囚われていては前に進めない。


 そんなことは茉莉まつりちゃんだってわかっているけれど……


 それから龍太郎りゅうたろうくんは話をそらす。


「それで……犯人は誰なの?」

「……誰にも言わないでね」


 ……


 ついに彼方かなたさんがその名前を告げる時が来た。


「鍵を施錠してから私が教室に入るまで、誰も鍵を開けていない。ならば犯行が可能なのは2人だけ」2人……「1人は私。だけど……もう1人犯行が可能な人がいるハズ」

「……まさか……」

「そう」彼方かなたさんはハッキリと言いきった。「ばん先生」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る