茉莉ちゃん その2

第20話 くだらない?

 茉莉まつりちゃんその2




 ―――――――――




 クラスの仲間である亀吉かめきちくんがバラバラにされて殺されていた。


 そのことがクラスに伝わったのは、翌日の朝のホームルームの時間だった。


 教室は静まり返っていた。いつもの和やかな雰囲気は一切感じられなかった。


 そのことを聞いて、数人が息を呑んだ。女子生徒の中には口を抑えて吐き気をこらえている人がいた。


 それも当然だろう。クラスの仲間がバラバラにされていたのだ。それくらいのショックを受けるのが当たり前である。


 結鶴ゆづるくんが怒りの表情で立ち上がって、


「誰がやったんだよ……! なんでそんなこと……!」

「落ち着いて……!」龍太郎りゅうたろうくんも混乱した様子で、「そんな……やめようよ、犯人探しなんて……」

「だが……」

「……誰が犯人でも、嫌だ……」クラスの誰かが犯人だなんて考えたくもないのだろう。「……きっと……部外者が入ってきたんだよ。その部外者に亀吉かめきちくんは殺されたんだ。そういうことにしておこうよ……」


 龍太郎りゅうたろうくんの意見も茉莉まつりちゃんには理解ができる。


 このまま犯人探しなんてしなくて、なんとなく事件を終わらせる。それも可能なのだろう。むしろ正着手かもしれない。


 だけれど……


「犯人は見つけるよ」茉莉まつりちゃんが言う。「クラスの仲間を殺した犯人……見つけないといけない」

茉莉まつりちゃん……」龍太郎りゅうたろうくんが泣きそうな顔で、「で、でも……」

「みんなで話し合えば、きっと大丈夫だよ」


 クラスの団結があれば乗り越えられるハズだ。


 結鶴ゆづるくんは怒りの収まらない様子で、


「話し合う必要なんかねぇよ。犯人なんか……すぐわかるだろ……!」結鶴ゆづるくんは彼方かなたさんを指さして、「どう考えても彼方かなたが犯人だろうが……!」

結鶴ゆづる……」龍太郎りゅうたろうくんが立ち上がって、「よくないよ。証拠もないのにそんなこと……!」

「証拠? 証拠ならあるだろ。夜中には誰も教室に入ってなくて、最初に教室に入ったのが彼方かなたなんだ。じゃあ……彼方かなたにしか犯行は不可能だ……!」

「だから部外者が入ってきて……!」

「窓も割らずに、どうやって入るんだよ……! お前、彼方かなたのことが好きだからかばってるだけだろ……!」


 龍太郎りゅうたろうくんは痛いところを突かれた様子で、


「い、今はそんなこと関係ないよ……」好きなことは否定しないようだ。「とにかく……彼方かなたさんはやってないよ……そうだよね……? 彼方かなたさん……」


 龍太郎りゅうたろうくんは弱々しい表情で彼方かなたさんに聞く。


 クラス中の目線が彼方かなたさんに向いた。その視線には、明らかに敵意というものが込められていた。多くの人が彼方かなたさんを犯人だと思っているようだった。


「……私はやってない……」彼方かなたさんは冷静な表情のまま、「物理的に私に犯行が可能だったことは認める。でも……動機がないよ。なんで私が亀吉かめきちくんを殺すの?」


 結鶴ゆづるくんが答える。


「そりゃお前……推理小説に憧れて、とか……」

「じゃあ格闘ゲームが好きな人は、ケンカに明け暮れるの?」

「……」結鶴ゆづるくんだって自分の論が苦しいことは理解しているのだろう。「……犯人の気持ちなんてわかんねぇよ……」

「そう……私もわからない。なんで犯人は亀吉かめきちくんを殺したのか……」


 彼方かなたさんは動機ばかりを気にしている。


 つまり……もしかして犯人に心当たりがあるのだろうか?


 結鶴ゆづるくんはまだ彼方かなたさんを犯人だと思ってるようで、


「そうだ……事件を起こして、自分が解決する。そうやって褒められたいんだろ? そうしたらクラスの仲間に入れてもらえるかも、仲良くなれるかもって……」


 彼方かなたさんのマッチポンプ説。


 それを否定したのは龍太郎りゅうたろうくんだった。


「そんなくだらないことで、クラスの仲間を殺したりしないよ」


 思わず茉莉まつりちゃんが割って入った。


「くだらない? そんなことないよ。クラスの仲間に入りたいって思うのは当然のことだよ。そのための行動を……くだらないなんて言わないで」

「え……あ、ごめん茉莉まつりちゃん……」


 怖がらせたかったわけじゃない。


 茉莉まつりちゃんは続けた。


「……私だって彼方かなたさんがやったとは思ってないけどね……」


 結鶴ゆづるくんが叫ぶ。きっと彼も怖いのだろう。誰が犯人かわからなくて混乱しているのだろう。


「だったら誰なんだよ……! 誰が犯人なんだ……! やっぱり彼方かなたしか……!」

「やめてよ結鶴ゆづる……」


 龍太郎りゅうたろうくんが苦しそうに顔をしかめる。


 クラスの空気はもはや最悪だった。誰も言葉を発せられなくなるほど重苦しい空気に包まれていた。


 そんな中、彼方かなたさんが言った。


「……自分の身の潔白は、自分で証明するよ」


 彼方かなたさんの言葉に言い返せる人は、誰もいなかった。

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