第19話 好きなんですよ

 彼方かなたさんとばん先生は3年2組の教室にたどり着いて、教室を見回す。


 彼方かなたさんが言った。


「教室の中は密室でした。扉の鍵も、窓の鍵も施錠されていました」

「それは間違いないよ。私も確認したからね」前日の夜にばん先生自身が施錠したのだ。「警備員さんは、夜中には誰も学校に来てないと証言してる」


 この事実から考えられることは、やはり彼方かなたさんが犯人であるということになるだろう。


 彼方かなたさんは教室をフラフラと歩く。なんだか物語に出てくる名探偵みたいで、少し興奮してしまった。


「……亀吉かめきちくんは窓際の床にいました」すでに警察が処理を終えているから、今は見られないけれど。「……」


 彼方かなたさんは考え込むように押し黙ってしまった。


 美少女が真剣な表情をしているのは絵になるが……


「……どう? なにかわかった?」

「……」彼方かなたさんはばん先生を見つめる。なんだか見透かされたような気がしてドキッとした。「……わからないのは動機です。なぜ亀吉かめきちくんを殺したのか……その動機がわかりません」

「……恨まれてた……って、そんなわけないか……」だって亀吉かめきちくんである。「犯人の動機かぁ……私には全然わからないな」


 一瞬、彼方かなたさんににらみつけられた気がした。でもそれはきっと気のせいで、すぐに彼女は視線をそらした。


 それから彼方かなたさんが言った。


「とりあえず……まだ情報が足りません。どれだけ考えても推測の域を出ませんからね」その物言いだと、仮説はあるようだった。「明日から学校が再開されるんですよね?」

「予定通りに行けば、そうだね」

「……では……情報収集が必要なようですね……」

「情報収集? 犯行時刻は夜中でしょ? 生徒に聞いたって意味ないんじゃない?」

「好きなんですよ、無意味なこと」


 はぐらかされた気がした。


 ならばそれを利用していこう。


「じゃあさ……無意味な会話しようよ。なんの意味もない世間話を」どうせ手がかりは今この場にはないのだ。「最近あった嬉しいことは?」


 彼方かなたさんは突然の世間話に戸惑いつつも、


「……終了したと思ってたシリーズの最新刊が、突然出版されたことです」

「なるほど……じゃあ、悲しかったことは?」

「……前の校長先生のことが結構好きだったんですけど……異動になっちゃいました」彼方かなたさんは肩をすくめてから、「今の校長先生が嫌いってわけじゃないですけどね」


 人間には得手不得手がある。人間関係に対しても同じだ。苦手な人間もいれば得意な人間もいる。それだけ。


「じゃあ……好きな人とかいるの?」

「……それは恋愛感情として、ですか?」

「もちろん」


 高校生なら恋愛の1つや2つするだろう。


「……1年生の頃、いましたよ。憧れの先輩だったんですけど……」彼方かなたさんは遠い目をして、「……気がつけば……私のほうが年上になってました」

「あ……ごめんなさい……」亡くなったのか……「無神経だったね……」

「いえ……大丈夫ですよ」


 あんまり大丈夫そうには見えないけれど。とはいえ軽々しく踏み込める話題じゃない。


「じゃあ……えっと。クラスで仲の良い友達は?」

「……今のクラスにはいませんね。そもそも私の友達って、小心こごころさんしかいませんし」

小心こごころさん……2年生のときに同じクラスだった人?」

「はい。ひょんなことから仲良くなりまして」


 ……どうやって仲良くなったのだろう……この彼方かなたさんと友達になるとは、よほどの豪傑に違いない。


「今のクラスにも友達、作ろうよ」そこで盛大に冗談を言ってみる。「茉莉まつりちゃんとか、オススメだよ」


 笑いどころのつもりだったのだが、


「……」冷めた目で見られた。「……何度も言いますけど……私は――」

「頑固だなぁ……」呆れ果てるほどには頑固だ。「まぁ……いつかあなたもクラスの仲間になれるよ。心配しなくても大丈夫」


 ばん先生のその言葉に、彼方かなたさんは困ったように目線をそらしただけだった。


 ……


 本当に頑固な生徒だ。教師から見れば問題児である。


 ……


 やはり生徒の問題は、生徒が解決したほうが良いのだろうか?

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