第12話 生徒と教員は

 ばん先生は職員室に戻った。数学の問題を聞いてきた生徒は試験問題をある程度聞けて、満足したように帰路についていた。


 学生はこれから家に帰って宿題やら予習やら復習やら、遊びやら人付き合いやらをしなければならないのだろう。高校生も大変なものだが、高校教員はもっと大変だ。


 ばん先生は自身の机から連絡簿を引っ張り出す。そしてとある人物の電話番号を記憶して、また職員室を出た。


 さて人の少ないところはどこだろう。しばらく廊下を歩いて、結局は校舎裏に移動した。この時間帯でもまだ生徒が多かったので、校舎の中では目立ってしまう。


 校舎裏は少し肌寒かった。今日はこの時期にしては寒いな、なんて思いながらばん先生はスマホをポケットから取り出した。


 ばん先生がスマホを手に入れたのは最近のことだ。若者と話を合わせるために購入したのだが、どうにも操作が複雑で慣れない。


 今の若者は、この機器を当然のように使いこなすのだ。まったく最近の若者は成長速度が著しいな。


 おぼつかない手つきでスマホを操作して、先程記憶した電話番号に発信する。


 数回のコール音が鳴って、


『はい、彼方かなたです』


 彼方かなたさんの声が聞こえてきた。たしか彼女は一人暮らしなので、当然のことだった。


「突然ごめんね」

『……』彼方かなたさんは声だけで電話の相手が誰か理解したようだった。『……ばん先生、ですか?』

「そうだよ」できる限り優しい声音を心がけながら、ばん先生は言う。「最近、学校はどう?」


 彼方かなたさんは明らかに警戒心の強い口調になっていた。あんまり信用されてないんだな、と少し悲しくなった。


『変わりはありません。不満もありません』

「それは本心?」

『……私がクラスで孤立しているのは、それを私が望んでいるからです。クラスメイトも、それは理解してくれてると思いますが』


 彼方かなたさんは孤立したくて孤立している。そのことは結鶴ゆづるくんも龍太郎りゅうたろうくんも理解しているのだろう。他の人だってそうだ。


「でも……」ばん先生としては見過ごせない。「とりあえず……私と友達にならない? タメ口で、名前で呼んでくれても構わないんだよ?」

『……前にも言いましたが……私は、生徒と教員は一定の距離感を保つべきだと思っています。友達という関係ではなくて、しっかりと上下関係を明らかにすべき。それが私の考えです』


 相変わらず真面目なことだ。最近の若者にしては珍しいと思う。


「うーん……」この堅物を、どうやって切り崩すか。「とりあえず……明日、直接お話してみない? 朝の……誰もいない教室で。それだったら本心が話せるかもしれないよ」

『ですから私は――』

「明日の朝6時。教室で会おうよ。その時間なら誰もいないから。職員室にいるから呼びに来て」

『……あの……先生……』

「朝が早くて嫌なのはわかるよ。でも……こういうのは早いほうがいいと思うんだ。ほら……彼方かなたさんも、もう3年生でしょ? 早く青春を経験しないと、手遅れになるかも」

『……』

「大丈夫。私がなんとかするから。明日からは彼方かなたさんも友達の仲間入りだよ」

『……えっと……』

「お礼はいらないよ。じゃあね」


 伝えることは伝えて、ばん先生は電話を切った。


 少し強引なのは理解している。しかし時には強引さも必要なのだ。相手が歩み寄ってくるのを待っているのでは間に合わない時がある。


 彼方かなたさんの青春。クラスの青春。そして自分の青春のためにも、ここは強行突破するしかない。


 ともあれ……明日の朝6時。彼方かなたさんを教室に呼び出した。

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