蕃先生 その2

第11話 わかりませんけど

 ばん先生 その2



 ―――――――――



 ばん先生は教室を出て、施錠をする。


 そして待っていた生徒に声を掛ける。


「おまたせ。じゃあ、行こうか」

「はーい」その生徒は元気よく返事をして、「教室、異常ありませんでした?」

「なかったよ。いつも通り」ばん先生は施錠を終えて、廊下を歩き始める。「そういえば気になってることがあるんだけど、聞いてもいい?」

「へぇ……交換条件ってやつですか?」


 ばん先生が首を傾げると、その生徒が続けた。


「数学のテスト問題を教えた代わりに、情報を聞き出そうってことですか?」

「ああ……そんなつもりはなかったけれど……」言われてみれば交換条件みたいになっていた。「じゃあ、そうしようか。私の質問に答えてくれたら、他の科目の問題も教えてあげるよ」

「あんまり嬉しくない条件ですね……数学以外は大丈夫なんですけど……」だから数学の問題を聞いてきたのか。「まぁ、いいですよ。答えられないことは答えませんけど」


 ばん先生としても無理強いをするつもりはない。答えにくい質問をするつもりもない。


 階段を下りながら、ばん先生は言う。


彼方かなた此方こなたさん、って知ってる?」

「ああ……先生のクラスにいる美人さんですよね」やはり美人という評価らしい。「名前は知ってますよ。話したことはないですけど」

「どんな人に見える?」

「どんな人って……クールで、ちょっと無愛想? まぁ見た目だけの話ですけど」


 だいたい合っているかもしれない。やはり見た目というものは重要なファクターだ。


 その生徒は首を傾げて、


彼方かなたさんがどうしたんですか?」

「ちょっとクラスで孤立してしまっていて……なんとかクラスになじませてあげたいんだけど……」


 孤立は悲しい。だから友達を増やしてあげたい。


 ばん先生としては当然の結論だったのだが、


「別にいいんじゃないですか? 孤立していても」意外な答えが返ってきた。「今は学校以外にコミュニティを作るのも難しくないですし……クラスで孤立しているからって、問題ってわけでもないですよ」

「……そういうものなの?」

「そうなんじゃないですか? 最近の子はインターネットとか、当たり前のように使いますからね。彼方かなたさんは好きで孤立してるように見えますよ」


 好きで孤立。なんとも意外な言葉だ。


 孤立というものは悪いことだと思っていた。だから当然孤立している人も悩んでいるのだと思っていた。

 

 しかし最近の生徒はそうでもないらしい。ああ……なんか自分は年齢を重ねたのだな、と変なところで悲しくなってしまった。若者と価値観が合わなくなってきている。


 その生徒は言う。


「まぁ……彼方かなたさんに直接聞いてみたらどうですか?」

「……直接?」

「はい。結局は……人の心なんてわかりませんよ。本心が知りたいなら、直接聞くしかないと思います。答えてくれるかどうかは、わかりませんけど」


 ……なるほど……それもそうかもしれない。


 こうやって外部から情報を仕入れようとしても意味がないのかもしれないな。この人の言う通り、本人の心は本人に聞くしかないのだろう。


 ……


 ならば行動は1つだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る