第9話 すぐ終わるから

 教師と生徒の関係はどうあるべきだろうか。


 ばん先生は思う。それは友達のように軽く会話できる関係であるべきだと。


 威厳だとか統率だとか、そんなのもはあまり必要ない。好意を持って彼ら彼女らに接すれば、きっと好意を返してくれる。そう信じているのだ。


 ばん先生は必要な道具をポケットに押し込んだ。そして職員室を出て、担当クラスの教室に向かう。


 現在時刻は17時30分。本来なら17時までに教室の施錠をしなければならないのだが、仕事が忙しくていつも少し遅れた時間になってしまう。


 教室までの道中……


「あ……ばん先生」担当クラスではない生徒も、こうやって話しかけてくれる。「まだお仕事ですか? 大変ですね」

「大変だとは思わないよ」好きでやっていることだ。「それから何度か言っているけれど……もっと友達みたいに接してくれて構わないよ。敬語もいらないし……名前で読んでくれても構わない」

「もうちょっと仲良くなったら、ですかね」その生徒はばん先生に近づいてきて、「今度の数学のテストって、どんな問題が出るんですか?」


 ……


 なるほど……それが目的で近づいてきたのか。


「そんなの数学の先生に聞いたら?」


 数学はばん先生の担当科目ではない。


「数学の先生はケチなので。問題なんて教えてくれないんです。生徒がこんなに必死に頼んでいるのに」

「なるほど……」問題を教えられないのは当然だけれど。「私も問題を教えることはできないけど……」

「けど……?」

「たまたま独り言をつぶやいてしまう可能性はあるよ。それを誰かに聞かれていたとしても、私の知るところじゃない」

「やった」その生徒は明るい表情になって、「やっぱりばん先生、優しいね」

 

 やれやれ……そんな嬉しそうな顔をされたら断れない。もちろん他の教員が作成したテストの問題を流出させるのはいけない事だ。だがバレたりしないだろう。


 ばん先生は言う。


「これから教室の施錠に行くから……その途中で独り言くらい言うかもね」


 そう言ってばん先生は歩き始めた。途中で数学の問題について話しながら、教室にたどり着く。


 教室には夕日が差し込んでいた。なんだかそれだけで青春を感じた。


「そういえば先生。亀吉かめきちくんって元気ですか?」

「元気だよ? どうしたの?」振り返って冗談を言ってみる。「好きなの?」

「……なにバカなこと言ってるんですか……」呆れられた。「そんなわけないでしょう? 苦手な部類です」

「あはは……」そりゃ苦手な人もいるだろうな。「近くで接してみれば、かわいいんだけどね」

「……そうですか? まぁ、それは人それぞれですね」


 そういうことだ。好みなんて人それぞれでいい。


「じゃあ施錠してくるから……ちょっとまっててね」

「教室の点検、ですよね。手伝いましょうか?」


 担当クラスの教室は、毎日担任教員がチェックしなければならない。問題があれば報告するためだ。


「大丈夫だよ。ありがとう」チェックは教員がしなければならないのだ。「すぐ終わるから……ちょっとまってて」


 それからばん先生は教室に入って、その中身を見回す。


 見慣れた教室だった。机が並んでいて、黒板があって、最後方には水槽があり、端っこには掃除道具入れがある。どこにでもあるような教室だ。


 窓が閉まっているか確認する。いくつか施錠されていなかったので鍵をかけて、次に机の並びを確認する。


 廊下側の机が少し乱れていたので、直しておいた。他にもちょっとした仕事を終えて、


「よし……OK」

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