第6話 誤解

 階段と階段の中間。踊り場のところで結鶴ゆづるくんが彼方かなたさんに問い詰める。


「おい……! なんで茉莉まつりちゃんを突き飛ばした……?」


 結鶴ゆづるくんを含む仲間たちは、どうやら彼方かなたさんが茉莉まつりちゃんを突き飛ばしたと誤解している様子だった。


 実際には正反対で彼方かなたさんが助けてくれたのだけれど。


「……」彼方かなたさんは頭を抑えて立ち上がって、「誤解……」

「5回もやったのか……?」

「……そうじゃなくて……」


 彼方かなたさんは傷が痛むのか、珍しく歯切れが悪かった。


 ともかく、恩人がこんなに責められているのは見ていられない。


「ちょ、ちょっと待ってよ……!」茉莉まつりちゃんは間に割って入って。「誤解だよ。彼方かなたさんは……私を助けてくれたんだ」

「……え……?」結鶴ゆづるくんが茉莉まつりちゃんを見て、「……助ける……?」

「そ、そう……階段から足を踏み外しちゃって。彼方かなたさんはそれを受け止めようとしてくれたの。もしあのまま転落してたら、私は生きてなかったかも……」


 結構豪快に落ちたのだ。彼方かなたさんが階段の途中にいなければ、あの世行きだったかもしれない。


「……ホントか……?」

「うん……」


 それを聞いて、結鶴ゆづるくんは気まずそうな雰囲気になって、彼方かなたさんに向き直った。


「……スマン……早とちりしたみたいだ……」

「……気にしてないよ……」彼方かなたさんは茉莉まつりちゃんをチラっと見て、「……大事には至らなかったのなら、良かった……」

「ああ……そうだ茉莉まつりちゃん。ケガしてないか……?」


 結鶴ゆづるくんは茉莉まつりちゃんに目線を戻して、そう言った。


「う、うん……」全身が痛いけれど、命に別状はない。「彼方かなたさんが守ってくれたから……」


 そこで会話が途切れた。彼方かなたさんに冤罪をかけてしまったという気まずさが沈黙を生み出していた。


 彼方かなたさんは茉莉まつりちゃんと仲間たちに一礼をして、また階段を下り始めた。


 少し、足がフラフラしているように見えた。ついていくべきかと迷っていると、


「ちょっと……彼方かなたさん」龍太郎りゅうたろうくんが彼方かなたさんの隣まで移動して、「保健室に行ったほうがいいと思うよ」

「……心配してくれてありがとう。でも、大丈夫」


 彼方かなたさんが軽く微笑んで見せると、


「で、でも……」龍太郎りゅうたろうくんは顔を赤くして、「頭を打ってるかもしれないし……心配だよ」

「……そんなこと……」

「せめて家まで送るよ。途中で倒れてたりしたら冗談にならないから」


 そんな会話をしながら、龍太郎りゅうたろうくんと彼方かなたさんは階段を下りていった。


 茉莉まつりちゃんもその背中を追いかけようと一歩踏み出すと、


「野暮なことするなよ」結鶴ゆづるくんに肩を掴まれた。「龍太郎りゅうたろうは……要するに彼方かなたと一緒に帰りたいんだよ。邪魔しないでやれ」

「え……?」素で驚いてしまった。「龍太郎りゅうたろうくんって……彼方かなたさんのことが好きなの……?」

「だから野暮なこと言うなよ……。見ればわかるだろ?」

「……全然わからなかった……」

「……それくらい把握しとけよ……」


 ……そんなことを言われても困る……


 龍太郎りゅうたろうくんが彼方かなたさんのことを好きだったとは……まったく気がつかなかった。


 しかし好意というものが相手に伝わっているのなら……


 茉莉まつりちゃんが結鶴ゆづるくんに恋をしていることもバレているのだろうか……?

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