第3話 破壊神、学院に入学する――そのに

「…………。『ゴシック』特有の反応はなし、そして精神汚染検査もクリア。正真正銘の人間ね、とても健康体だわ」


「誰が人間だ、オレ様は神であるぞ」


 学院の研究室の一つ、その中でルイーナによる様々な検査が行われた。

 その結果、クソガキについて少しだけ分かったことかある。


 ヴァルギリオンと名乗るこのチビッ子は、『ゴシック』による干渉を受けていない。

 『ゴシック』はある時を境に突如として天から飛来するようになった未知なるモノの総称である。形態は様々であり、強大な武器であることもあれば新種の生命体の場合もあり、それだけでなく質量を保持しない純エネルギー体すら存在した。時に有益であり、時に無益であり、多くの場合被害をもたらす厄災である。

 そして『ゴシック』はどれもが程度の差こそあれ、知的生命に対する汚染作用を有していた。耐性のない者が接触すれば精神に不可逆の変調をきたす。


 『ゴシック』の落下地点にこの男児が存在した理由は不明だが、一切の干渉を受けないほどの類い稀なるゴシック耐性を彼が保有しているのは間違いない。


 しかし、それだけだ。検査結果は彼が世の理から逃れられぬ正常な生命、ヒト科ヒト属に属するホモサピエンスであると証明した。科学は神の存在を否定したのだ。


「ヴァルギリオン君。キミは神ではありません、人間です」


「下界に落とされ人の子を実際に見るのは初めてであったがここまで愚かであったのだな。神を人間と見紛うとは」


 言葉を受けて、心底呆れ果てたというため息をヴァルギリオンは漏らした。同時に全く同じものをルイーナも吐き出した。互いが互いに呆れ合っていた。


 ルイーナがクソガキに目を合わせながら問いかける。


「破壊神ヴァルギリオン、ですか。えぇ、仮にそのような神がいたとして、その神はどのような姿なのでしょう?」


 問われ、寛容であると自称する神は鷹揚に頷く。


「決まっておろう。筋骨粒々にして万物を畏怖させる益荒男よ。金剛の鎧を身に纏い夜の布をたなびかせる三面六臂、それがオレ様である」


「では、こちらに来てください」


 ルイーナに連れてこられたのは検査室の一角。そこにはなんと銀で作られた鏡があった。

 彼女に促されヴァルギリオンはそれを覗き込む。


「なっ……これはどういうことだ……」


 なんということだろう、そこには腕は二本で頭が一つ、奇妙な格好をした愛らしい男児が映っていた! 三面六臂には色々足りない、益荒男というにも何もかもが足りない、筋骨粒々どころか子ども特有の柔らかさに満ちたごく普通の少年ボディではないか!


「これが……オレ様、なのか……」


 愕然とした表情をクソガキは浮かべる。端からみればおやつ抜きを宣告された子どもさながら。腕と頭が文字通りの意味で足りていないことに今更気づいたのか、仕切りに顔と腕をペタペタ触り驚く姿はちょっぴりだけユーモラス。


 かと思えば、彼ははっと顔を上げてルイーナを見上げた。


「フハハハハハハッ! 人の子よ、幸運であったな」


「えっ」


「これは下界に肉体が馴染んだ結果であろう。破壊神たるオレ様が本来の姿であれば下界など一瞬で消滅してしまう」


「えっ……?」


「おそらく追放の際にオレ様は気を遣ったのだ。意図的に世界を壊すのであればともかく、無意識に壊してしまうのではなんたる理不尽か。それでこのような姿になったのだ」


「えぇ……?」


 否。

 実際は他の大勢の神によって力を封じられた結果である。


「こほん」


 訳のわからないことを捲し立てる男児のペースに飲まれぬよう咳払いを一つして、ルイーナは笑顔を浮かべた。

 ルイーナは貴族であり、貴族同士の付き合いの経験も深い。他家に向かった際幼少の男児の世話を任されたことも少なくなかった。故に、このような『流行り病』を患う者の存在も経験則から知っていた。


「ヴァルギリオン君……長いですね、リオン君でいいでしょう。リオン君、これまでの記憶は確かでしょうか」


「ふぅん、どういう意味だ?」


「とりあえず昨日のことは思い出せますか?」


「そんな昔のことなど覚えておらん」


「記憶喪失でしょうか? ご両親のことは?」


「神に親など存在せん。世界の始まりとともに存在する唯一にして絶対なる者達、それが神々である」


「親はいない……『ゴシック』の落下による被害で孤児となる子どもは多いそうですね。後で行方不明者のリストと照合する必要がありますか」


「人の子よ、貴様は何を言っている?」


「人の子ではなく……いえ、確かに人の子ではあるのですが。わたしのことはどうかルイーナさん、あるいはルイーナお姉さんとでも呼んでください」


「何故オレ様が人の子の名前など覚えなくてはならぬ」


 偉そうに振る舞うリオンだが、どうにもルイーナは困ってしまう。

 彼はとても偉そうだ。態度もあまり協力的ではない。だというのに、どうにも彼に対して苛立ちを感じない。


「可愛い……もしかすると、これが庇護欲なのでしょうか?」


 それもひとえに、リオンが愛らしいからだ。


 聖サンクチュアル女学院には女しかいない。その上彼女たちは未知なる危険を探求する調査員でもある。常時危険に晒される立場と言っても過言ではない。彼女たちは神経を張り積めて日常を送っていた。


 故に、そこに通う者にとってか弱く愛らしい男児というのは魅力的に映るのだ。たとえそれが小生意気なクソガキであったとしても。むしろ虚勢を張っているようで可愛い度が上がってしまうまである。


 どうしましょう、お姉さん困ってしまいます。

 そんな感情も込められたルイーナの破壊神に対する大変不遜な呟きは、幸か不幸か本人には聞こえなかったようだ。


「しかし下界は珍しいものが多い。奇妙な道具だな」


「おや、こういうものに興味があるのですか?」


「聞いたことがあるぞ。人の子は弱い、故に道具を作り知識を積み重ね神の権能を再現するのだと」


「触ってみますか? えぇと、大丈夫そうなのはこれとかでしょうか」


 ルイーナが手渡したのはメモリのついたカウンターであった。『ゴシック』の反応を検知する手のひらサイズの装置であり、調査域における『ゴシック』の位置特定や危険度の推移などに使用されている。

 また『ゴシック』の反応は神の加護と似た反応を示すこともあって、この機械は奇跡の証明にも使われることがあった。


 現在、機械の針はゼロを指し示している。


「わたしも未熟ですね、あなたから神の加護を感じたと思いましたが実際は何の反応もありませんでした」


 ルイーナも研究者として自らの能力と経験にプライドと自身を持ってはいた。しかし自身の直感を機械が示す数値よりも信用できるかといえば答えは否だ。


 彼は、リオンは『ゴシック』耐性の非常に高い災害孤児。被災の衝撃で記憶が混濁しているのだろう。現実的な落としどころとしては納得できる。


「神の加護など感じるものか。加護というのは弱者に与える施しであろう、オレ様は神そのものだ――むっ?」


 その時、大気が震えた。


「な、何事っ!?」


 空気が地面を揺らすほど大きく揺れた。研究室の近くから破砕音が轟き、ガラガラと何かが崩れる音。リオンが握る機械の針が振り切れ警報音が響き渡る。


「嘘っ……『ゴシック』が学園に落下してくるなんて……!」


 研究室の壁が崩落する。その向こう側に赤熱した卵形の何かが見えた。熱せられた金属のようなそれはひび割れ、中から人型の巨体が姿を表す。


「コォ――――シュ――――」


 それは、幾重にも骨が重なって作られた巨人だった。不気味な紫の斑点に冒された数多の骨が集まり形を成した化物。骨色の剣と骨色の盾を持った騎士。


「異常生命型の『ゴシック』……! リオン君、今すぐここから逃げてくださいっ!」


「ふむ、先ほどから貴様らが口にする『ごしっく』とやらが気になっていたが、よもやこんなもののこととはな」


 ルイーナの必死な叫びを受けつつ、なんてことのないようにその異形を見上げてリオンは呟いた。


「ただのゴミではないか」

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