第2話 破壊神、学院に入学する――そのいち

 ところ変わって聖サンクチュアル女学院。


「む、何故この場所には女しかおらんのだ」


 奇異の視線に晒されながらも何処吹く風、破壊神ヴァルギリオンはあのクレーターに現れた女学生の小脇に抱えられたまま、よっこいよっこいと学院内に運ばれていた。


「女学院だからね、先生も用務員さんも全員女の人だよ」


 聖サンクチュアル女学院。

 天から飛来する未知の存在『ゴシック』、それを解析するために作られた研究学院である。

 この学院はただの学舎ではない。学院の生徒も教師も全てが『ゴシック』の調査員、未知を解明することを至上命題に掲げる世界有数の研究機関でもあるのだ。


 学内にいるのは全員女、唯一の例外はファンキー過ぎる格好をしたクソガキただ一人。

 物珍しさからか、それとも他の理由があるのか。女学生に運ばれる彼の周囲には一定の距離で多くの生徒が集い、ひそひそキャーキャーと黄色い声が響いていた。


「『ゴシック』の研究には魔法が使えなきゃいけないんだけど、魔法適正は女の人にしかないんだ」


「魔法だと?」


「魔の女神サフィール様の加護によって扱える奇跡のこと。ほら、あれがサフィール様だよ」


 廊下から見える中庭、その中央には神々しい輝きを放つ女神像があった。


「なるほど、魔の霧が濃いのはサフィールの手が伸びているからか。しかし女神とはバカなことを言う、人の子。サフィールは男だろう」


「えっ? あっ、ちょっと!?」


 女学生の腕からするりと抜け出すとヴァルギリオンは中庭の女神像に向かってポテポテと走り出した。周囲から悲鳴のような歓声が沸く。可愛い、めちゃ可愛い、小さい、モチモチしてる、一ダースくらい欲しい、ちょうど切らしてた、云々。


 女神像の前までたどり着くと彼は不敵な笑顔を浮かべた。


「ふん、何が奇跡だ。女好きで有名なヤツのことだ、大方チヤホヤされるために女神だと偽りを下界に教えたに違いない」


 そして拳を振りかぶり女神像へと打ち付けた!


「……………………ぐぅうっ、なんだとぉ!?」


 破壊神は右の拳を抑え踞った。


「な、何やってるのっ!?」


 慌てた様子で彼に駆け寄る女学生。


「何故だ、このオレ様の拳が弾かれただと……!?」


「当たり前だよ石像だよっ!?」


「まさか像そのものにもサフィールの力が宿っているのか……? こんな妙な女の格好をした像に……? しかしヤツ程度の権能でオレ様の力が弾かれる筈がうぐぅなんだこの拳の痛みはサフィールの呪いか!?」


「折れてる折れてる折れてるってばっ! ちょっと手を見せて!」


 拳は真っ赤に腫れ上がっていて骨が折れていた。騒ぐクソガキを抑えつつ、少女は回復魔法を唱える。すると、みるみるうちに腫れが引いて骨折も治ってしまった。


「おっ? おおっ? これは……」


「ふぅ、突然何をするのかとびっくりしたよ。リオンくんったら突拍子もないことをして怪我するんだから。男の子ってみんなこうなの?」


「貴様、人の子の姿をしているが……まさか再生の女神セリシアではないか?」


「えっ、えぇっ!? 確かにわたしの名前はセリシアだけど女神様なんかじゃないよ!? 人間さんだよ!?」


「ふん、ただの人の子に神である我が身を癒せるものか。オレ様を毛嫌いしていた貴様が何のつもりかは知らぬが恩は恩だ、感謝してやる」


「えぇ……凄く上からの感謝だ……それにセリシアなる女神様知らないんだけどわたし……」


 女神セリシアは破壊神ヴァルギリオンと対を成す神である。後者が破壊を司るのに対し前者は再生を司る。故に女神セリシアはヴァルギリオンを最も毛嫌いしていた神の一柱であった。


 当然そんな女神が聖サンクチュアル女学院に、ひいては下界になど降りているはずもない。人間セリシアとは偶然名前が一致していただけであった。


「何故人間のフリなどしている、セリシア」


「フリじゃないよ正真正銘人間だよ!?」


「ふん、オレ様には教えたくないのか。まぁいい、治療に免じて見逃してやろう。それよりサフィールの本体はどこだ? この像に力を分けているということはさほど離れていない場所にいるのだろう」


「サ、サフィール様を探してどうするの……? こんなところにいないと思うけど……」


「知れたことよ。オレ様の拳を傷つけた報いだ、殺してやる」


「とてもバチ当たりだ!?」


「案するな、貴様も知っての通り神とは法則、摂理そのもの。たとえ滅ぼそうともその内甦る、下界の人の子がヤツの死で魔法とやらを永劫使えなくなることにはなるまい」


「知っての通りって言われても知らないよ!?」


「そうさな……復活までは三万年程度か、その間は不便するだろうが一眠りしておれば過ぎる程度だ」


「時間感覚おかしくないかな!? 三万年も魔法使えなかったら人間滅んじゃうよ!?」


 そうして騒いでいるのを聞き付けたのか、遠巻きに生徒らがセリシアとヴァルギリオンの会話を眺めている中、一人の少女が彼らに歩み寄ってきた。


「この騒ぎはなんでしょうか」


「あっ、ルイーナ会長!」


 現れたのは、聖サンクチュアル女学院生徒会長、ルイーナ・アルグストであった。貴族しか名字を持たぬこの世界でアルグストの名を持つ者である。


「なんだ人の子よ。今オレ様達は神同士の話をしている」


 破壊神は下界の人間など気にしたことがなかった。身分や階級の制度など当然知らぬ。故に彼にとって、貴族であろうと生徒会長であろうと相手は等しく人の子である。


「あら……この子は?」


「『ゴシック』の落下点にいたんです、おそらく近隣の村で遊んでいた子どもが巻き込まれたのかなって思ったんですけど」


「この子、神の加護を受けている気配がありますね」


「ええっ!?」


 ルイーナは世界を司る神々、その祝福について調査を行っている第一人者であった。貴族という身分と財力を生かし盛大にリソースを使い研鑽を積んでいる。一目でそのクソガキがただのクソガキではないことを見抜いた。


 屈んで視線を合わせるようにして、ルイーナはクソガキに尋ねる。


「あなた、お名前はなんていうのかしら」


「ほう、人の子よ。貴様もオレ様を恐れぬか」


 恐れようがなかった。なにせ相手は可愛らしい十歳児。たとえ将来獅子になろうとも赤子や稚児は愛らしく、恐れおののくには威厳もなにもが足りなかった。


「良い、その胆力に免じて答えてやろう。オレ様は破壊神ヴァルギリオン、古きを滅ぼす神である」


「破壊神、ヴァルギリオン……? 遺跡にも古文書にも記されていない名前……『ゴシック』にもそんな名前はなかったはず……」


 ルイーナは彼の名乗りを彼に加護を与えている神の名であると解釈した。

 実際は当人である。目の前のクソガキは正真正銘の破壊神だ。


 悲しいかな、子どもの発言を素直に信じるほどの純朴さはルイーナにはなかった。学者、調査員としては当然であった。


「あなた、名前は?」


「あっ、はい! 一年の探索科、セリシアです!」


「そう、セリシアさん。この子だけれど……この子自身が『ゴシック』、あるいは『ゴシック』の影響を受けている可能性があります。神の異物による精神汚染かもしれない、調査のために少しだけ預からせてもらうわ」


「えっ……えぇっ!? そうなんですか!?」


「安心して、子ども相手に悪いようにはしないから。調査が終わり次第探索科の方に連絡を入れるから引き取りに来てね」


「あっ、あっ、はい!」


 むんず、と破壊神はルイーナに捕まった。


「むっ、何をする人の子よ、無礼者め!」


 吠えるクソガキの言葉は当然のように無視され、彼はどこかへと連れていかれた。

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