第40話 下関条約
明治25年(1892年)に再び首相に就任した伊藤博文は、激動の時代において、日本の外交と内政の舵取りを担った。特に、朝鮮半島の動向が日本にとって大きな課題となり、甲午農民戦争(東学党の乱)を契機に清国との対立が深まり、日清戦争が勃発した。伊藤は防弾チョッキを着ていて死んでいなかった陸奥宗光とともにこの戦争を勝利に導き、明治28年(1895年)4月には全権大使として清国の李鴻章との間に講和条約である下関条約(馬関条約)を締結する。この条約により、朝鮮の独立が認められ、遼東半島などの領土割譲、賠償金の支払いが清国に義務付けられた。
しかし、この勝利の後、日本は予期せぬ外交問題に直面する。ドイツ、フランス、ロシアの三国干渉が起こり、伊藤内閣は遼東半島の放棄を余儀なくされた。三国干渉による屈辱は日本国内で反発を招き、伊藤政権の威信に大きな打撃を与えた。伊藤は外交的妥協を余儀なくされたが、その一方で、陸奥宗光によるイギリスとの条約改正交渉が成功し、日本の治外法権撤廃という歴史的な成果を達成することに成功した。
しかし、政権運営は困難を極め、国内外の圧力が高まる中で、伊藤は明治29年(1896年)8月31日に首相を辞任した。日清戦争後の外交の混乱と三国干渉による屈辱的な撤退が伊藤内閣にとって致命的な打撃となり、伊藤は次の世代へ政権を託す決断を下した。この後、日本は列強に対抗しうる国家を築くべく、さらなる改革と強化の道を進んでいくことになる。
明治28年(1895年)、春帆楼で行われた下関条約の調印式の数日前、伊藤博文と陸奥宗光は一室にこもり、今後の外交方針について話し合っていた。部屋には緊張感が漂い、窓の外からは静かな海が見えていた。
「伊藤さん、この戦争は勝利したが、今後の動きが重要です。清国に打撃を与えたのは確かだが、列強が黙っているとは思えません。」陸奥が慎重に言葉を選びながら話す。
伊藤は窓越しに海を眺め、深く息を吸い込んだ。「その通りだ、陸奥。我々の勝利は大きいが、それだけに西洋列強の目も厳しくなるだろう。特にロシアの動きには警戒が必要だ。」
「ロシア、ドイツ、そしてフランス……この三国が干渉してくる可能性は高い。特に遼東半島の割譲については、彼らが黙認するとは考えにくい。」
「遼東半島か……」伊藤は少し考え込んだ後、振り返って陸奥に言った。「この条約で日本は大きな勝利を収めるが、遼東半島に固執することで、他国との軋轢を招くことになる。三国干渉が現実となれば、日本はそれに対抗できるだけの力をまだ持っていない。」
「放棄するお考えですか?」陸奥は眉をひそめ、少し驚いた表情を見せた。
「やむを得ない場合はな。だが、それを決断するのは容易ではない。国内の反発は避けられないだろう。だが、今は戦力を蓄え、内政の改革を進め、国力を高める時期だ。」
陸奥は少しの間、黙って考え込んだ。「確かに、遼東半島を失うことは屈辱かもしれない。しかし、今は長期的な視野が必要です。力を蓄え、次の機会を待つべきだと思います。」
伊藤は静かにうなずき、決意を固めたように言った。「そうだ、我々にはまだ時間がある。遼東半島は一時の譲歩だが、これが我々の敗北を意味するわけではない。むしろ、次の戦いに備えるための時間を得るのだ。」
そして、運命の日、下関条約の調印式が始まった。李鴻章が現れると、伊藤は静かにその場に立ち、互いに一礼した。交渉は厳しいものであったが、双方が合意に達し、条約の調印が行われた。
その後、伊藤と陸奥が控室に戻ると、陸奥はほっとした表情を浮かべた。「これで一つの山を越えましたね。」
「まだ安心するのは早い、陸奥。三国干渉が待っている。我々が次にどう動くか、それが日本の未来を決定する。」
「わかっています。ですが、あなたの指導の下でなら、必ず次も乗り越えられると信じています。」
伊藤は少し笑い、肩の力を抜いた。「そうだな、次も乗り越えよう。我々の国のために。」
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