第22話 明治六年政変
明治元年(1868年)、日本は王政復古を成し遂げ、かつての幕府による統治を脱し、天皇のもとでの新しい体制を築き上げていた。その新政権の一環として、日本は隣国である李氏朝鮮に使節を派遣し、天皇による新たな政権成立を知らせることを決定した。
対馬藩を通じて朝鮮に使節が送られたのは、厳粛な儀式が行われた後のことであった。しかし、当時の日本では、朝鮮に対する「上下関係」を意識する風潮が強まっており、朝鮮政府がかつて江戸幕府将軍と対等な関係にあったことを問題視していた。そのため、新たに送られた国書には、従来のものとは異なり、「勅」や「皇」という、天皇を強調する言葉が含まれていた。
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「この国書を受け取ることはできない!」
朝鮮の高官、金大人(キム・テイン)は、険しい顔で使節団を前にして言い放った。
日本からの使節、佐々木重兵衛(松重豊)は、一瞬の間を置き、慎重に応答した。
「どうしてそのようなことをおっしゃるのですか?これは天皇陛下からの正式な国書であり、貴国への誠意を示すものです」
金大人は冷ややかな目で佐々木を見据えた。
「天皇…陛下?日本では天皇を敬うのは当然かもしれないが、我々朝鮮はこれまで徳川家と対等に外交をしてきた。今さら上下の関係を認めることはできない」
佐々木は一瞬言葉に詰まったが、再び穏やかに口を開いた。
「しかし、時代は変わりました。我々は新たな日本を築こうとしています。これを機に、貴国とも新しい関係を築くことを望んでいます」
金大人は頑なな様子を崩さず、国書を手に取らずにそのまま押し返した。
「この国書には『勅』『皇』という言葉が含まれている。これは我々を格下と見なす表現に他ならない。受け取るわけにはいかない」
佐々木はため息をついた。彼もこの事態を予測していなかったわけではないが、実際にこうして断られると、次の一手が限られてくる。
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その後も、日朝関係は一向に改善する気配を見せなかった。朝鮮国内では、興宣大院君が力を持ち、儒教の復興と攘夷政策を進めていた。これにより、日本との接触を断ち切ろうとする意見がますます強まっていた。
明治4年(1871年)、日本はついに清との間で日清修好条規を結び、両国が対等な関係にあることを正式に確認した。この出来事は、日本国内で朝鮮に対する「上下関係」を再び意識させるきっかけとなった。そして再び、朝鮮に対して送られた国書には「天子」という言葉が含まれていた。
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「これは日本からの挑発だ…」
李朝の廷臣たちは、集まって国書を囲み、深刻な表情を浮かべていた。若い臣下が声を震わせながら口を開いた。
「このような国書を受け入れることは、朝鮮の誇りを傷つける行為です。絶対に受け取ってはなりません」
長老である金大人は静かに頷いた。
「その通りだ。天子とは、我々の皇帝を指す言葉ではないか。日本が我々を格下と見なす意思を示している以上、これを受け入れることはあり得ない」
一方で、別の臣下は慎重な態度を示していた。
「しかし、もしこの関係を悪化させれば、我々にとっても不利な状況が生まれるかもしれません。日本は既に清と対等の関係を築いています。慎重に対応するべきではないでしょうか?」
金大人は眉をひそめたが、すぐに強い意志を持って応えた。
「我々は朝鮮の誇りを守らねばならない。儒教の精神と国是が揺らぐことは許されない。日本との関係が悪化したとしても、我々の立場は変わらない」
こうして、朝鮮側は日本の国書を受け取ることを拒否し、日朝関係は一層緊張することとなった。
日朝関係の断絶は徐々に日本国内でも注目されるようになり、政界においても朝鮮との外交問題が議論され始めていた。特に、新政権における外務省の高官たちは、朝鮮との関係改善を試みつつも、事態の悪化に苛立ちを募らせていた。
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明治政府の会議室にて。木製の長いテーブルを囲んで、数名の政府高官が集まっていた。彼らの表情はどこか重苦しく、部屋全体に緊張感が漂っていた。
「国書が再び受け取られなかったという報告だ」
外務省の次官、井上馨(瀬戸康史)は厳しい顔で報告書を読み上げた。彼は眉をひそめ、手元の書類を机に叩きつけた。
「朝鮮は我々を一向に認める気配がない。」井上は苛立ちを隠さなかった。
「これ以上待つべきか、それとも別の手を考えるべきか…」その言葉に、他の者たちもそれぞれ思案を巡らせた。
若手の官僚、中村(白洲迅。刑事7人に出てた)が静かに口を開いた。「朝鮮側が儒教の復興を掲げている以上、我々との関係改善は難しいのではないでしょうか。朝鮮にとって、我々の天皇制は馴染まないものなのです」
井上は深くため息をついた。「確かに、彼らにとってはその通りだろう。しかし、我々としてもこれ以上朝鮮との関係が悪化すれば、将来的に大きな問題になるだろう」
その時、年長の政治家であり、明治政府の中で影響力を持つ岩倉具視(中村雅俊)が静かに声を上げた。「朝鮮との問題は一筋縄ではいかない。我々は内政も安定していない状況だ。無理に彼らと対立するのは避けねばならない」
「それならどうするというのですか?」中村は岩倉を見つめた。
岩倉はゆっくりと口を開いた。「慎重にことを進めるしかない。直接的な対立は避けつつも、我々の立場を保つ。そして、必要とあれば、我々の力を見せつけることも視野に入れねばならない」その言葉には冷静ながらも断固たる意志が込められていた。
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一方、朝鮮国内では、興宣大院君が儒教の教えに基づいた統治をますます強固に進めていた。彼は日本との関係断絶を強く支持し、攘夷政策を推進していた。
大院君は宮殿内の会議室で、側近たちを前にして声を荒げていた。「日本が我々に上下関係を押し付けてこようとしているのは明白だ。我々は彼らに屈してはならない!」
その場にいた若い廷臣の一人、李星鎮は黙って大院君の言葉を聞いていたが、やや不安げに眉をひそめていた。「しかし、大院君、もし日本がさらに強硬な手段に出れば、我々はどう対処すれば良いのでしょうか?清との関係もありますが…」
「清国が我々の宗主国である限り、何も恐れる必要はない」大院君は厳しい表情で応じた。「日本など、我々の儒教の教えの前では無力だ。必要であれば、我々は兵を上げる用意もある」
***
数か月後、事態はさらに悪化した。日本政府は、朝鮮が国書を拒絶したことに対し、いよいよ武力行使の可能性を議論するに至っていた。幕末から明治維新にかけての急速な改革で、近代化を進めていた日本にとって、朝鮮との関係を放置することはもはやできなかった。
東京のある夕暮れ時、外務省の官邸で、再び井上馨が重い沈黙を破った。「このままでは、朝鮮との外交は行き詰まる。武力による威嚇もやむを得ないのかもしれない」
その言葉に反応したのは、大久保利通(田中圭)だった。彼は慎重な表情で言葉を選びながら言った。「朝鮮に武力を行使すれば、清との緊張も高まることになるだろう。我々はそのリスクを十分に承知しているべきだ」
「だが、行動を起こさなければ、我々の意志を示すことができない」井上は強い調子で返した。「このまま何もしないわけにはいかないのだ」
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一方、朝鮮では大院君が儒教復興と攘夷の旗を掲げ続け、内部の政治は強硬路線を維持していた。だが、彼の政策に異を唱える者も少しずつ現れていた。
若い臣下の李星鎮は、再び大院君の前で口を開いた。「大院君、日本との断絶が続けば、我々の内政にも影響が出るのではありませんか。もし彼らが軍を動かした場合、我々に対応できる準備はあるのでしょうか?」
「準備など必要ない!」大院君は厳しい声で言い放った。「我々は清国と共に立ち向かえばよい。それが儒教の教えに基づく正しい道なのだ」
だが、李星鎮はその言葉にどこか不安を覚えた。情勢は日本と朝鮮の間だけでなく、清国も巻き込んだ大きな局面へと進もうとしていた。
政変が終結したのは、内外の圧力と冷静な判断の産物であった。朝鮮では、ついに興宣大院君が失脚し、彼の強硬な攘夷政策も終わりを迎えた。内部の不満と清の干渉が引き金となり、彼の権力は次第に失われ、朝鮮国内の政治情勢は転換期を迎えたのである。
### 斬首の前夜
明治4年12月4日、冷たい冬の風が吹き抜ける日本橋小伝馬町。河上彦斎(青木崇高)は、心の内にさまざまな思いを抱えながら、運命の時を待っていた。彼の視線は、暗い牢獄の壁を越え、かつての仲間たちの顔を思い浮かべていた。彼らと共に過ごした日々、志を共にした者たちの笑顔が、今は遠い記憶の中にあった。
彼は心の中で歌を詠む。
「いざさらば、我が志は果たさずとも、
風に舞う葉のように、去りゆく運命よ。」
この歌には、彼の決意と無念が込められていた。斬首されることが決まった今、彼はただ、自身の信念を貫くことしかできなかった。
### 反乱者の宿命
彼の過去は、政治的な暗殺事件に絡んだものであった。大村益次郎、広沢真臣の暗殺への関与が疑われ、彼は危険視された。攘夷を唱え、新政府に反抗する者として、熊本藩の策略に巻き込まれていったのだ。明治維新の動乱の中で、彼は勤皇派としての誇りを持ちながらも、次第にその運命に翻弄されていた。
「運命を受け入れよ、我が心に思いを残して。」彼は再び歌を口にした。
「刀の先に、我が命はかかる、
志を果たせぬまま、天に帰る。」
この歌は、彼の無念を代弁するものだった。彼は死を恐れず、むしろその瞬間を迎えることに意味を見出していた。
### 最後の瞬間
斬首の瞬間が近づくにつれ、河上彦斎の心には静けさが訪れた。彼は立ち上がり、最後の瞬間を迎える準備を整えた。周囲の騒音が遠くに感じられ、彼は自らの信念を胸に刻みつけた。
「我が死は無駄ではない。この先、志士たちが続く道となるだろう。」
彼は一瞬、未来を見据えた。そして、刀の鋭さが自らの運命を切り開くことを理解した。彼の心は、剣のように研ぎ澄まされていた。斬首の刃が下りる瞬間、彼は静かに息を引き取った。
「さようなら、我が志。
風に舞う葉のように、自由に舞い去れ。」
彼の歌声は、静かに消えていった。
明治5年(1872年)、日本の内閣官邸で、伊藤博文は窓の外を眺めていた。遠くに霞む富士山の姿を見ながら、彼の胸中には複雑な感情が渦巻いていた。朝鮮との関係はようやく一つの転機を迎えたものの、今後の外交方針についてはまだ多くの課題が残されていた。
「大院君が失脚したとの報告がありました」
背後から聞こえてきた声に、伊藤は静かに振り返る。そこには井上馨が立っていた。井上は疲労感を滲ませながらも、どこか安堵の色を見せている。
「そうか…。ついに、か」伊藤は小さく頷きながら、自らの座に戻った。「興宣大院君が追われたことで、我々の状況も多少は好転するだろう。しかし、これで全てが解決したわけではない」
井上は眉をひそめた。「おっしゃる通りです。朝鮮内部の混乱は続いており、新たな指導者がどう動くか予測できません。それに、清の介入もまだ終わったわけではない」
伊藤は重々しく口を開いた。「だが、今こそ我々が動く時だ。朝鮮が新たな道を選ぶ前に、日本の影響力を確立する必要がある。明治維新を成し遂げたこの国の未来のためにも」
井上は一瞬目を伏せ、深く息を吐いた。「博文、あなたはいつも冷静だ。だが、我々がここで誤った手を打てば、清との戦いは避けられなくなるかもしれない。それでも、あなたは進むおつもりですか?」
伊藤は目を鋭くし、力強く頷いた。「進まねばならぬ。我々は新しい日本を築くために、かつての殻を破った。その決意を今、外交においても貫かなければならない」
***
その後、伊藤博文は朝鮮に対して再度外交交渉を試みることを決断する。興宣大院君の失脚により、政権を握った閔妃(みんび)や彼女の支持者たちに対して、日本との新たな関係構築を提案する場が整えられた。閔妃は、清との関係を維持しつつも、日本との関係改善を慎重に模索し始めた。
「我々が取るべき道は、朝鮮をただの従属国として扱うのではなく、彼らに自立を促すことである。」
伊藤は井上をはじめとする外務省の高官たちにこう語った。「清国との対立を避けつつ、朝鮮が我々の影響下に入るよう、注意深くことを運ばねばならない」
井上は静かに頷いた。「武力ではなく、外交による支配ということですね」
「そうだ。明治維新が我々に教えたのは、国を守るために柔軟な手段を取る必要があるということだ」
伊藤の言葉には確固たる信念があった。「力で押し通せば、一時は効果を得られるかもしれない。しかし、長期的に見れば、それでは持たない。我々が築くべきは、相互の信頼と利益だ」
井上は再び、伊藤の冷静な判断に感嘆した。「分かりました、博文。あなたが描く未来を信じます」
***
こうして、伊藤博文の主導のもと、日朝間の新たな外交路線が模索され始めた。彼は決して力に頼らず、また一方的な支配を目指すのでもなかった。彼の目指すのは、両国が互いに利益を享受できる関係であり、それこそが長期的な安定をもたらすという信念だった。
興宣大院君の政権が終わりを告げたことで、朝鮮の政治は新たな局面を迎えた。そして、それは日本にとっても新たな外交の始まりを意味していた。
伊藤はその未来を見据え、再び窓の外を見つめる。遠くに霞む富士山の姿は、変わらず雄大で、彼の心にさらなる決意を刻んでいた。
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