第14話 功山寺挙兵

 序章

**1864年(元治元年)、蛤御門の変後のある日**


 その日、伊藤博文(山崎賢人)は長州藩邸で待機していた。京での戦いが終わり、長州藩が大敗したという報せが届いてから、彼の胸中は重苦しいもので満たされていた。激しい戦闘が繰り広げられたという蛤御門の変。友人であり同志でもあった入江九一(向井理)も、あの戦場にいたのだ。


 長州藩は幕府軍と衝突し、多くの仲間が命を落とした。その中に、九一も含まれているのかもしれない。博文はそんな不安を抱えながら、部屋の片隅で一人、静かに座していた。外では足音が響き、藩士たちの落ち着かない動きが感じ取れたが、博文はただじっと待ち続けた。


 突然、扉が開かれ、使者が現れた。その表情は暗く、重い知らせを伝える者のものだった。


「伊藤様…ご存知かもしれませんが、入江九一様が…蛤御門で討死されました」


 その一言が博文の耳に届いた瞬間、彼の心臓は一瞬止まったかのように感じた。九一が…死んだ。彼とは何度も語り合い、未来の日本について夢を描いてきた同志だった。それが、今やこの世にはいない。


 博文はしばらく言葉を発することができなかった。沈黙が部屋を支配し、使者もまた言葉を待っている様子だったが、博文はそれを察し、なんとか口を開いた。


「九一が…本当にか…」


 声は震えていた。だが、目には涙は浮かんでいなかった。それは、九一が己の信念を貫き通して命を落としたことを理解していたからかもしれない。彼らが選んだ道は、容易なものではなかった。国を変えるためには、多くの犠牲が避けられないという現実を、博文も覚悟していた。


「そうか…九一も、武士として最後まで戦ったのだな…」


 博文は静かにそう言うと、深く息をついた。その瞬間、彼の脳裏には九一との数々の思い出が蘇った。彼の笑顔、共に過ごした日々、そして未来への希望を語り合った時間。そのすべてが、彼の胸に重くのしかかった。


「九一の魂は、きっと新しい日本のために生き続けるだろう…」


 博文は心の中でそう誓った。彼は悲しみに打ちひしがれていたが、それ以上に、九一の死を無駄にしないためにも、自らが成し遂げなければならないことがあると強く思った。九一の志を背負い、これからの時代を切り開くために、より一層の覚悟を固めるのだった。


「九一のためにも、私はこの戦いを最後まで続ける…」


 博文の心は強く、決意が固まっていた。

### 第一幕:長州藩内の動乱


 1864年、長州藩は深刻な危機に直面していた。下関戦争と禁門の変での大敗を受け、藩内では幕府に恭順を誓う「俗論派」と、攘夷を掲げる「正義派(革新派)」の間で激しい政争が巻き起こっていた。伊藤博文(山崎賢人)は藩の外交担当として、井上馨(瀬戸康史)と共にオールコックら外国人と交渉にあたっていたが、国内の緊迫した状況に気を取られないようにしていた。


 伊藤は井上と共に外国との関係を築きつつ、藩内の対立が激化していくのを見守る立場にあった。


「攘夷も幕府も、どちらも答えじゃない…俺たちは別の道を探すべきだ」


 伊藤は心の中でそう呟きながらも、表向きはどちらの派閥にも加わらなかった。しかし、井上が俗論派に襲撃され重傷を負ったという報せが届いたとき、伊藤の心は乱れた。


### 第二幕:井上馨の襲撃


 9月のある晩、伊藤の隠れ家に密使が訪れた。


「伊藤様、井上様が…俗論派に襲われ、瀕死の重傷を負われました。早急に手を打たなければ…」


 その言葉に伊藤は言葉を失った。幼なじみであり、共に未来を描いてきた井上が危険な状況にある。だが、今は自分の行動もまた危うい。伊藤は短くうなずき、行方をくらます決意をした。


「俺も追われる身だ。今は下手に動けない…だが、必ず機会は来る。井上を信じて待つしかない」


そう言うと、伊藤は荷物をまとめ、密かに藩内から姿を消した。


### 第三幕:高杉晋作の決起


 それから数か月後の1864年12月、状況は急転直下する。長州藩が幕府に恭順の意を示す中、ひそかに挙兵を計画していた高杉晋作(佐藤健)が功山寺で決起したのだ。この知らせを聞いた伊藤は、心が激しく揺れた。


「高杉さんが…」


彼は長い沈黙の後、立ち上がった。もう迷っている時間はなかった。伊藤はすぐに準備を整え、高杉晋作のもとへ向かった。


### 第四幕:伊藤の帰還と決意


 功山寺にたどり着いた伊藤が目にしたのは、少数の兵士たちと高杉晋作の決然たる姿だった。寒風が吹きすさぶ中、高杉は静かに伊藤を見つめていた。


「伊藤、よく来てくれたな」


「高杉さん、俺は…俺は今まで迷っていました。藩の未来のために、攘夷や幕府に頼らない新しい道を模索していたつもりでしたが…」


伊藤は言葉を詰まらせた。高杉が黙って耳を傾ける中、彼は続けた。


「だが、俺は結局逃げていただけかもしれない。井上が傷つき、藩が分裂しても、俺は動けなかった。けど、高杉さんの決起を聞いて、俺は自分の怯えを振り払うことができた。ここで何もしなければ、俺は一生後悔するだろう」


「伊藤、お前はずっと俺たちのことを考えていたんだろう?それは逃げでも怯えでもない。だが、今こそ行動する時だ。お前の力が必要なんだ」


高杉は伊藤の肩に手を置き、力強く言った。


「一緒に戦おう、伊藤。ここからが本当の勝負だ」


その言葉に伊藤の迷いは完全に消えた。彼は力士隊を率い、高杉のもとで戦う決意を固めた。


### 第五幕:戦火の中で


 翌朝、伊藤は力士隊を率いて高杉晋作の軍に合流した。少数ながらも士気の高い兵士たちが、次々と集結していく。伊藤は戦場で仲間たちと共に戦い、俗論派を次々と打ち倒していった。彼の胸中には、藩を守るという強い信念があった。


「ここで退けば、長州の未来はない」


 戦火の中で、伊藤はそう呟き、刀を握りしめた。高杉や奇兵隊が繰り出す戦術は鋭く、俗論派を圧倒していく。戦いの激しさが増す中、伊藤は冷静に指示を出しつつ、仲間たちの戦いぶりを見守っていた。


### 最終幕:戦いの後と伊藤の回想


 戦いが終わり、正義派がついに長州藩の政権を握った。藩内の権力が刷新され、未来が明るく見えた瞬間だった。しかし、伊藤はその勝利を噛みしめることなく、一人静かに思いにふけっていた。


夜、彼は高杉晋作と共に山の中腹に立ち、戦場を見下ろしていた。月明かりに照らされた彼らの姿は、勝者でありながらも静かなものだった。


「俺の人生において、唯一誇れることがあるとすれば、このとき、一番に高杉さんのもとに駆けつけたことだろう」


伊藤は静かに言った。その言葉に、高杉は微笑んだ。


「お前が来てくれたこと、俺は信じていたよ。これからの長州、そして日本の未来はお前たち次第だ」


 功山寺挙兵は、元治元年12月15日(1865年1月12日)に高杉晋作ら正義派の長州藩諸隊が、俗論派(保守派)打倒のために功山寺(下関市長府)で起こしたクーデター。 回天義挙とも。これに端を発する長州藩内の一連の紛争を元治の内乱という。結果は、第一次長州征討以降主導権を握っていた保守派を破って長州を再び討幕へと導くこととなった。


 

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