異変

「見えてきたね」


クマーク王国を出て約20分歩くと、2人の視界には横一面に広がる巨大な森が入ってきていた。


「ああ。それにしても、マジででかいよな。この森」


「まあね。でもこの1年間ほぼ毎日行ってるからね。流石に慣れてきたよ」


「確かにな」


ノランは表情を緩めた。

ラークス達は初めてこの森に来た時の衝撃を今も忘れはしていないが、何百回も訪れているので、その光景に驚かなくなっていた。この森を初めて見た人達はラークス達と同様に、森の大きさに驚愕するだろう。世界でも3番目に大きいとされているものだからだ。


「行くか」


「うん。いつも通り頼んだよノラン」


「ああ、任せろ」


森の目の前まで着くと、ラークスとノランはそれぞれ杖と剣を抜き、真剣な表情をしていた。道中とは異なり、森の中には様々な強力なモンスター達が住み着き、いつ襲われてもおかしくない。何が起こるか予測不可能。その為ここで警戒心を強めるのは常識となっているのだ。

ラークス達が森の中に入ると、巨大な木々がそびえ立ち、その高さは10~15mくらいのものが多い。空は緑で覆われ、モンスターの鳴き声が響いていた。まるで別の世界に迷い込んだように感じるだろう。


「周辺には取り敢えずモンスターの気配はないな。先に進もう」


森に入ると直ぐにノランは目を閉じ、その優れた聴覚で周りからモンスターの足音がしないことを確認した。


「了解」


2人はゆっくりと森を進み始めた。

ラークスもノランの耳に頼ってばかりせず、周囲に目を光らせた。些細な事でも見落とすと命取りになる。2人はそれを十分に理解しているので、常に油断せず、慎重に行動していた。


「見つけた。結構近いぞ。あっちだ」


10分程歩いた時、ノランがそう言って指を指した。

ノランの耳は足音の違いも区別できるので、1度聞いたことのある足音なら、そのモンスターを見つけることにも役立つのだ。


「ちょっと待って。印を付けるから」


「おっけい。頼むぜ」


ラークスは懐から小さな赤い布を取り出すと、それを木の枝に縛った。

何度も来ているが、この森はあまりに巨大なため、ラークス達は帰り道に迷わないように印を付けるようにしている。布は雨が降っても問題がないよう考慮した結果から選んだもので、赤は少し遠くからでもよく見える派手な色なので採用したのだ。


「よし。行こう」


「手筈通り、俺が最初に敵の注意を引くから氷魔法頼むぜ」


「うん」


そして2人は標的のいる方へと歩みを再開した。

2人は今回の標的であるロックファンゴを何度か倒したことがあるので、対策は万全となっている。だが2人の間には緊張感のある空気が流れていた。実はこのモンスターはとても気性が荒い。油断した冒険者がよく命を落とすことで有名なのだ。


「!」


「3体だと!?」


5分後現場に到着した2人は目を見開いた。

ロックファンゴは群れることを嫌うと有名で、ほとんどの時間を1人で生きているのだ。実際に2人が前回討伐した際も、単独で行動していたので、群れを作っていることにラークス達は驚きを隠せずにいた。


「なんで3体もいるんだ?」


「・・確かにおかしいね。でも特に問題はないよね」


ラークスはこの2人なら大丈夫だと確信し、ニヤッとしながらノランにそう言った。


「まあそうだけどよ。

・・はっ。じゃあ魔法頼むぜラークス」


ノランはラークスのその自信満々な表情を見て思わず笑ってしまった。

そしてノランは数歩前に出て剣を構え、ノランはその場でしゃがみ込み、左手を地面に付けた。

2人の話声が聞こえたのか、1体のロックファンゴが2人に気が付き視線を向けた。

体長は1mほどの大きさで、前身が緑色に覆われている。4足歩行で足は短いが、頭部を覆うその甲殻は、あまりに硬い為、並みの剣士でも切ることはできない。そして他のモンスターよりも比較的に小さな体に冒険者になり立ての者たちは油断しがちだが、その甲殻を纏った突進攻撃は岩を簡単に粉砕する威力をもつ。


「!」


次の瞬間ロックファングは駆け出してした。ドス、ドスと音を立て、ノランに迫った。

だがノランは動かなかった。

決して怯えたからではない。

計画があったのだ。


「ラークス!」


そしてノランは叫んだ。

ラークスの魔法を待っていたのだ。


「アイス・フリーズ」


ラークスがそう呟くと、地面に触れている左手から、ロックファンゴの足元まで真っ直ぐ瞬時に凍り付いた。凍り付いた部分からは白い煙が発せられ、走っていたロックファンゴは氷の上で足を滑らせ転倒した。


「今だ!」


大きな隙が生まれた瞬間、ラークスはノランに声を上げた。

だがノランはすでに動いていた。転倒し、足をバタバタとして慌てているロックファンゴの横に瞬時に入り込み、首に向け縦に剣を振るった。

首にスッと剣が入り、ロックファンゴは真っ2つになり、ピクリとも動かなくなった。ロックファンゴは頭部が硬いだけで、他の部分は比較的柔らかいため、突進を躱すまたは妨害するなどで隙を作り、1撃で仕留めるのがセオリーとなっている。

そして今のノランの動きは、ラークスのことを相当信頼していなければできない行動だった。そうノランは誰よりも信頼しているのだ。ラークスの実力とその賢い頭脳を。


「ノラン。残り2体も来るよ」


はっとノランが顔を上げると、残りの2体も並行に、凄い速度でノランに近づいてきていた。普通は避ける体制を取る状況だが、次の瞬間、ノランはロックファンゴの方に駆け出した。

このまま行けば彼はロックファンゴの突進をもろに食らうだろう。誰の目からもそう見えるはずだ。

だがそんなことは起きなかった。

1体目の時と同様に、ロックファンゴの進行方向の地面が一瞬で凍り付いた。

ラークスの氷魔法だ。ノランはラークスなら前回と同様にやってくれると信じていたのだ。

2体のロックファンゴは勢いよく横転し、動きが止まった。

そして次の瞬間、右側に倒れている1体のロックファンゴの首に刃が通った。ノランは瞬時に右側へ周り込み、相手に立ち上がる時間を与えなかった。


「アイス・フォール」


同様にラークスも、左側のロックファンゴに向けてすぐに魔法を放った。

瞬く間にロックファンゴの頭上4mくらいに大きな氷の岩が形成され、それが頭に落とされた。

ぐしゃっという音が響き、ロックファンゴは絶命した。


「周辺に他のモンスターはいそう?ノラン?」


ロックファンゴを倒して終わりではない。戦闘の音を聞きつけ、別のモンスターがやって来ていることは良くある。特にこういった周りの視界が悪い場所では、気が付かないことが多く、常に周りを警戒する必要があるのだ。


「いや、特にはいないと思うぜ」


「よし。俺は尻尾を採取するから引き続き見張りを頼むよ」


ラークスは頷き、そう言った。

モンスターを討伐した報酬を貰うためには、証拠としてそのモンスターの決められた体の一部を持っていき渡す必要がある。ロックファンゴの場合は、尻尾っと定められているのだ。


「ああ。

それにしてもラークス。おまえのそれ完全にずるだよな」


「え?それって?」


ラークスはロックファンゴの死体に近づいていたが、足を止め、疑問な表情を浮かべながら聞き返した。


「詠唱の省略のことだよ」


「ああ」


そのことかと理解したラークスは死体に歩みを再開した。

通常、魔法を放つ時は、正しい詠唱が必要不可欠な要素となっている。もしも詠唱を間違えたり、省いたりなどすれば魔法は発動しない。しかしラークスは詠唱を省略しても魔法を問題なく発動出来てしまうのだ。

例えばラークスが最初に放った地面を凍らせる魔法「アイス・フリーズ」は本来、初級の場合では「氷よ、我が手に集え、そして、全てを凍てつかせる力を我に与えよ。アイス・フリーズ」という詠唱になっているのだが、ラークスのように数秒早く魔法を発動できるということは、戦闘の中で他の魔法士よりも優位に立っているということになる。これは魔法士以外から見てもズルいと感じてしまうだろう。


「ああってお前、相変わらずだな。何回も言うけど、めっちゃ凄いんだからなそれ」


「うん。でも父さんは無詠唱で魔法を発動していたんだ。それと比べるとちょっとね」


ラークスの言葉を聞いたノランはまたかとため息を吐いた。


「父さんは父さん、ラークスはラークスだろ。凄いんだから自信持てって」


ラークスのその自信のなさに、ノランはもっと胸を張っていて欲しいと思っていた。

そして付け加えるように


「氷魔法も使えるんだからさ」


と言った。

この世界の魔法には四大元素である、火、水、土、風、そして氷、雷、無属性が存在している。その中でも雷魔法とラークスがロックファンゴとの戦闘で使用していた氷魔法は使える人間がほとんどいなく、かなり重宝されているのだ。


「そうだね。俺もそろそろ自分の魔法に自信を持てるようにするよ」


一体目の尻尾を切り終えたラークスは、ノランの方に顔を向け笑いながら言った。自分の魔法に自信がないラークスにとって、いつもそう言ってくれるノランという存在はとてもありがたかった。そしてノランのお陰でラークスは、まだ時間は必要だが、最近から自分の魔法に誇りを持つよう意識するようになっていた。


「ああ。絶対にそれがいい」


ノランはラークスのその返事に、喜びを頬に浮かべるのだった。


ーーーーーーーーーー


「終わったよノラン」


残り2体からも尻尾を切り取ったラークスはそれらをポーチに入れ、目を瞑り、周りに耳を澄ませていたノランに終わったことを報告した。


「おう。サンキュ」


ノランは閉じていた目を開け、返答した。


「ノランもありがとう。帰りも頼むよ」


「任せとけ」


ラークス達は今日の仕事を終えたので帰路に着くことにした。

そして来た道を引き返して、赤の布を回収し、少し歩いた時だった。


「ん?」


突然ノランが立ち止まった。


「どうしたの?何か聞こえた?」


「誰かが戦ってる。1人でだ」


「え?本当?」


ラークスはその言葉に思わず目を丸くした。

この森に1人で入るなんてあまりにも危険な行為だからだ。


「ああ。しかも一度も聞いたことのない足音も聞こえるぜ」


「・・それはおかしいね」


ラークス達が今いる場所は森の出口付近で、その辺りに生息しているモンスターの足音をノランは全て覚えている。つまりこの辺りに生息していないモンスターが乱入してきているということになる。この1年、ほぼ毎日森に入っていたラークス達は、一度もこんなことを経験したことがなかった。異常事態。そう察していたのだ。


「どうする?ラークス?」


ノランはそう投げかけたが、助けに行きたいと思っていた。だが未知のモンスターとの戦闘は命を落とす危険性が高く、決断できずにいた。

またラークスも同様に悩んでいた。こういった事態が初めての経験で、あまりにも危険すぎるが、このまま何もせず見捨てるのも気が引ける。そういったジレンマに陥っていた。

だが


「行こうノラン」


ラークスは決断した。

「もし目の前に困っている人がいたら、できるだけ助けてあげなさい」という父の言葉を思い出したからだ。


「ああ。援護頼むぜラークス」


「うん。任せてノラン」


そう言い2人は笑った。

そしてノランが音のした方向へとラークスを誘導し、駆け足で向かうのだった。

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