冒険者ギルド

目が覚めると、茶色の天井が目に映った。その天井は長年の歳月を感じさせるように少しぼろついており、所々に染み付いたシミやかすかに剥がれたペンキがその歳月の長さを物語っていた。


「夢か・・・」


いつぶりか分からない程に夢を見るのが久しかったラークス・ロニングは無意識に言葉を漏らした。

そして後悔していた。今より幼いとはいえ、あの時質問しなかった自分に。


「うわっ」


ラークスは自分が汗だくになっていることに気が付いた。シーツは肌に張り付き、体温が高まっていることを感じ取っていた。夢の中で感じたことを色濃く残しながら。

ラークスは掛け布団をめくり、ベッドから立ち上がった。


「さむっ」


今は秋の終わりが近く、冷えた空気がラークスの肌を刺激した。

カーテンを開けると、朝の光が闇に包まれていた部屋全体を照らした。部屋は7畳ほどの広くも狭くもない大きさで、ベッドの他に少し大きめの机と本棚、そして椅子とクローゼットが設置されていた。本棚にはびっしりと本が立てかけられ、勉強熱心であることが見て取れた。

立ち上がったラークスは軽く体を伸ばし、別の部屋にあるシャワールームへと足を運んだ。普段は服を着替え、顔を洗っているが、今日は汗を大量にかき、気持ちが悪く感じていたので先に浴びることにしたのだ。

シャワーを浴び終えたラークスは、出掛けるために身支度の準備に取り掛かった。10歳の時に父が老死し、ラークスはそこから西に向かった場所にあるこのクマーク王国に11歳から住み始め、今までの約3年間冒険者として活動を続けていた。情報収集、仲間作り、旅に発つための資金の調達を主な目的としており、毎朝早くから夕方まで依頼を受注していた。

身支度を済ませ、最後に部屋の隅にある大きな鏡で自分の姿を確認した。

ラークスの顔はかなり整っていた。引き締まった頬に、ぱっちりとした大きな瞳、滑らかに伸びた鼻。そして黒髪を後ろに流すことで、彼の顔立ちを一層際立たせていた。母親は人間族であるためラークスはエルフと人間のハーフであるが、エルフは血が薄いためラークスには父親の面影はほとんどない。あるとすれば、黒い瞳の奥底に潜み、ひっそりと輝いている青色だけだ。

上半身は膝下まで伸びた緑色のロングコートを羽織っており、コートの内側には黒と白のシャツ。腰には革ベルトが巻かれており、そのベルトには父から授かった杖、後ろにナイフを掛けていた。

そして下半身には動きやすそうな黒いパンツと茶色のブーツを履いていた。


「よし!」


十分に身なりが整っていたのでラークスは気合を入れ、玄関のドアを開け外に出た。早朝の街には無数の歩く音が響き渡っていた。整備された石畳に靴底が触れる乾いた音、革靴が特有のコツコツという心地の良い音など。それらが混じり合っていた。無表情な人、眠たそうに目をこすっている人、眉をひそめている人など多くの人が行き交っていた。

ラークスが住んでいるこのクマーク王国はモンスターの侵入を防ぐために、周りが分厚い壁で囲まれた円状の国である。そしてこの王国で最初に視界に飛び込んでくるだろう鮮やかな赤色の石造の屋根。全ての建築物の屋根が赤で彩られており、別名「赤の街」と呼ばれている由縁でもある。ラークスもクマーク王国に初めて来たときは、その街並みに茫然自失したものだった。

ラークスは今喫茶店へ向かっていた。父に朝食はきちんと食べるようにしろと言われたからだ。父曰く、エネルギーを補充しないと一日は始まらないということらしい。そのため彼は毎朝必ず喫茶店へ赴き、しっかりと朝食を食べているのだ。


ーーーーーーー


約10分後。ラークスは目当ての喫茶店に到着した。


「おはよう。ノラン」


そして入口のすぐ側に立っている男にラークスは親しげに声をかけた。


「よお」


ノランと呼ばれた男はラークスの方に振り向いた。

ノランは茶色の短髪で、第一印象は青少年といった感じだろう。上半身には青い服を着ており、その下には肘まで隠れる黒い袖をしていた。腰には1本の剣を携え、複数のポーチが付いたベルトを着用していた。

ノラン・ガガンドはラークスと約1年半前に出会い、そこから共にクエストを受ける仲になった。

ラークスにとっての今いる唯一の仲間だ。


「それにしても良さそうな奴マジで見つからないな。旅をするなら、あと1人ぐらいはそろそろ見つけたいところだけどな」


喫茶店に入り、注文を終えるとノランが口を開いた。

ラークスはノランのことを信頼し、父のこと、そして父から聞いたこと全てを打ち明け、一緒に世界を巡らないかとノランを勧誘した。ノランはそれに賛同し、一緒に旅をしてくれると承諾してくれたのだ。


「そうだね。でも探すの結構難しいんだよね」


ラークスは椅子に寄りかかり、天井をぼーっとした様子で眺めた。

彼らは仲間探しに難渋していた。

旅には危険がつきもので、凶暴なモンスターなどと遭遇する。その為ある程度の実力がなければすぐに死んでしまうし、足手まといにもなる。だがある程度の実力がある者は王国の騎士団や冒険者パーティーとして活躍しているのが現実で、誘うことができないでいる。それに信頼できる人物もそういない。

そんな感じの理由で、ラークス達は現在仲間探しに手こずっているのだ。


「まあすぐに見つかるさ。因みに俺は前衛が欲しいけどな」


ラークス達の戦闘での役割は、ノランが前衛で敵を攻撃し、ラークスが後衛で魔法を放ち援護をするといった感じだ。


「俺は正直どっちでもいいけど。でも確かに前衛の方がいいかもね」


ノランが弱いというわけではない。前衛が2人いた方が安定するし、なにより前衛は体力の消耗が激しいので、1人より2人の方が断然良い。ラークス達はそういったことが分っているから、前衛が欲しいと言っているのだ。


「ていうか、そもそもこの国の冒険者の数が少なくないか?」


「そうかな?あんま感じたことないけど」


「俺の昔いた国にはうじゃうじゃいたからさ。こっちの比にならないくらい」


「へえぇそうなんだ」


「多分だけどこの国だと騎士団が人気なんだろう。ここは治安もすごくいいしな」


ラークスは大きく目を開き、それと同時に唇も無意識に少しだけ開いていた。

ラークスはクマーク王国以外の国で暮らしたことがなく、他の国で暮らしたことがあるノランとは違い、いろいろな物事を比較することができない。そのため、この国は他の国とこういった違いがあるのかと驚くと同時に、そのまだ見たこともない未知なる世界にワクワクしていたのだ。


「そう言えば、ノランはなんで冒険者をやっているの?」


ノランとは1年もの間一緒にいるにも関わらず、彼がなぜ冒険者をやっているのか一度も考えたことがなかった。だが、この時ラークスはふと興味が湧いたのだ。真っ直ぐな人間であるノランが、騎士団を選ばなかった理由に。


「そうだなぁ。強いて言うなら冒険者って自由そうでいいなって思ったからかな。ほら、騎士団って厳しいイメージが強いじゃん。俺はそういうのあんま好きじゃないからさ」


「ちょっと意外だね」


ラークスはその予想外の回答に拍子抜けした。


「え?なんで?」


「ノランからは騎士団に向いてそうなオーラを感じたからさ。冒険者を選んだちゃんとした理由があるかなって思ったんだ」


「まじ?俺って騎士団に向いてそうな感じすんの?」


ノランは眉を上げ、驚いた表情をした。ノラン自身、騎士団が性に合っているなんて思ったこともなければ、そんなことを1度も言われたことがなかったのだ。


「違う違う。個人的に向いてそうだなって思っただけだから。あんまり気にしないで」


「はあぁん。まあじゃあ気にしないでおくぜ」


ノランはにっと笑った。その笑顔は太陽に照らされ、まるで彼の明るい性格を表しているかのようだった。


ーーーーーーーーーー


「よし。今日もやるか」


ラークス達はあれから食事を済ませ、クエストが募集されている冒険者ギルドに足を運んでいた。この冒険者ギルドは「ダンファ」という名前で、クマーク王国東北東にある1つしかない冒険者ギルドだ。そのためか、ギルドの中は多くの冒険者で賑わっており、剣や槍を持った強靭な肉体をしている男たちや、長い杖をもった魔術士のような服装をしている男女がごった返していた。朝の時間は依頼のゴールデンタイムと言われており、お昼頃には報酬の高い依頼の殆どが無くなってしまうので混雑してしまうのだ。


「どれにする?ラークス?」


ラークス達は人混みを潜り抜け、依頼書が貼られている大きな掲示板まで向かった。掲示板には沢山の依頼書が貼られており、ノランはどの依頼を受注するか、ラークスに問いかけた。

依頼には薬草の採取、護衛、配達、モンスターの討伐など様々なものがある訳だが、冒険者は命が伴う仕事であり、他の冒険者達も真剣な表情で掲示板に目を凝らしていた。


「うん。今日はこれにしよう」


ラークスはそう言うと、掲示板に貼ってある1枚の依頼表を手に取った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

危険度レベル3

内容 ロックファンゴ3体の討伐

報酬 金貨2枚と銀貨5枚

場所 グロスの森

期限 受注から3日後まで

依頼主 ダンファギルド

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「今日もあの森でいいのか?」


依頼書を覗き込みながら、ノランがこの依頼でいいのかと確認した。グロスの森はクマーク王国の北側に広がっており、その大きさはかなり広大だ。危険度レベルは1~9に別けられ、数字が大きくなるほど難関になってくる。因みに1日に受注できる回数は2回までとなっている。


「そうだね。ノランもいるし、報酬もいいからね」


森は木が多い為、動きづらい、長い武器が扱いにくい、死角が多いというデメリットがある。そのため他の依頼よりも不人気かつ危険度が上がるので、報酬が高めに設定されている。

だがノランは聴覚がとても優れているという特殊な体質を備えているため、剣が振りにくいだけで、最も危険視されている死角があるという問題がある程度無くなるのだ。

受注しない手はない。


「じゃあさっさと済ませるか」


ラークスは頷いて肯定した。


「これお願いします」


そして、その依頼書を受付カウンターへ持っていき、そこに立っている女性のギルド職員に渡した。

女性は依頼書を受け取ると


「確認します。

ロックファンゴ3体の討伐ですね。では、ギルドカードの提示をお願いします」


と言った。

ギルドカードには自分の魔力を流すと、名前や年齢などが記録され、主に身分証明として使われている。どこのギルドもそうだが、依頼を受注する場合には必ずこのギルドカードを職員に見せる必要がある。その1番の目的は、冒険者のレベルが依頼の難易度に適切かどうかを確認することで、冒険者が簡単に命を落とさないよう対策をしているのだ。

2人は慣れた手付きで、鉄でできたギルドカードをポケットから出すと、それを相手に見えやすいよう反対にして机の上に差し出した。


+++++++++++++++++

名前 ラークス・ロニング

性別 男

年齢 14歳

レベル 4

+++++++++++++++++


+++++++++++++++++

名前 ノラン・ガガンド

性別 男

年齢 15歳

レベル 4

+++++++++++++++++


因みに依頼された危険度のレベルが3と仮定すると、最低でもレベル3が2人必要とされているが、ラークス達は危険度レベル3をメインにこなしている。常に不測の事態を想定しているのだ。


「ありがとうございます。これにより依頼の受注が完了しました」


女性は机に置かれたギルドカードにじっくりと目を通し、問題が無かったことを笑顔で伝えた。


「ありがとうございます」

「あざす」


受注が無事に完了したので、ラークス達は女性に軽くお礼を伝えた。


「お気をつけて」


このギルドでは最後にお辞儀をし、そう言うように決められている。ほとんどの場合は機械的に伝えることが多いが、ラークス達の時は、本気で心配をしているように感じ取れた。それは、ラークス達の普段の言動が良く分かる光景だった。

そしてラークス達は後ろに振り返り、手を振りながらギルドから出ていくのだった。

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