ラークスの真実探求の旅路

夢

森の奥深く、木漏れ日が差し込む静寂の中に、木製で建てられた一軒の家がひっそりとあった。その家はまるで森と一体化したかのように自然の中に溶け込んでおり、まるで最初からここにあったかのように感じられる。木の板でできた壁には古びたランプがいくつか吊り下げられ、カランカランと音をたて風に揺られていた。

家の前には少し大きめの庭が広がり、鳥のさえずりが聞こえ、ひんやりとした新鮮な空気が鼻の中に流れ込み、自然を強く感じさせた。

「ラークス」

庭の奥で１人魔法の特訓をしていたラークスを彼は呼んだ。

「何？父さん」

ラークスは手に溜めていた魔力を消し、少しけだるそうに後ろへ振り返った。

父さんと呼ばれた男は切り倒された木の上に腰を掛けながら少しだけ口角を上げ、その青色の瞳でラークスを見つめていた。

彼はほっそりとした体つきで、キリっとした目つき、そして誰もが最初に目に入るであろう特徴的な長い耳をしていた。

「今日はそこまでにしておけ。やりすぎは体に毒だ」

上を見上げると空にうっすらとオレンジが混ざり、一日の終わりを示しているようだった。

昼頃から始めた特訓だったが、ラークスは夢中になりすぎていたので体の疲れと同様に今の今まで気づいていなかった。

「はいはい。今日はここまでにしとくよ」

ラークスは深い息をつき、魔法によりほこりがついた服を手のひらで払った。

本音を言えばもう少し続けていたかったが、父はこうなると何度も辞めるよう注意をしてくるので潔く諦めたのだ。

だがラークスは父のことが大好きだった。とても優しく、どんな時でもラークスのことを優先的に考え、行動する。父親として当たり前なのかもしれないが、簡単にできるものでは決してない。

ラークスはそういった彼を１人の父親として尊敬もしているのだ。

「先にお風呂入っちゃうね」

家の入口の前まで歩き、そう言った。

普段は夕飯を食べた後に入浴を済ませているが、今日は何故だか分からないが先に入りたくなったのだ。

「もう少しで夕飯だから長く入りすぎるなよ」

父はラークスのいつもと違うルーティーンに少し驚いたが、その態度や表情から特に問題はないと判断した。

「はーい」

ラークスは彼に向けていた視線を扉に戻し、家の中へ入って行った。

ーーーーーーーーーー

風呂から上がり、洗面所の扉を開くと、リビングから漂ってきた香ばしい匂いが鼻を刺激した。その匂いに導かれるようリビングへ行くと、父が鍋の中にあるスープをぐつぐつと煮立たせ、お玉で優しくかき混ぜていた。外はすっかりと暗くなり、部屋の真ん中にある机の上にはパンや肉、野菜など出来立ての料理がいつもよりも多く置かれていた。

家の内部もほとんどが木造で造られ、暖炉の炎が揺らめくたび、その茶色がさらに鮮やかな色合いを放っていた。

「お、いいタイミングだ。丁度料理ができてきたぞ」

ラークスの存在を察知したのか、手を動かしながら父がそう告げた。

「今日はいつもより豪華だけど何かあったの？」

普段とは異なる光景に不思議に思いそう聞いた。

「なんでだろうな。私自身も何故だが分からないが今日の夕飯は豪華にしようと思ったんだ」

顔は見えないが、ラークスは彼が笑ったように感じられた。

(今日はおかしな日だ)

ラークス自身もそうだが、この日は彼も何の理由もなく普段とは異なる行動をとったのだ。変に思っても仕方がないのかもしれない。

「よし。出来たぞ」

そう伝えると彼は混ぜるのを止め、その鍋を机に運んだ。

そしてトンっと、大きな音をたてないようゆっくりと机の真ん中に置いた。

すると、さらに香ばしい匂いが漂い、ラークスの空腹感を刺激した。

見なくてもラークスには分かってしまっていた。大好物のトマトスープだと。

そのスープは沈みかけた太陽のように赤く、透明感を伴っており、その美しい色にラークスは目を奪われた。

「そんなところで突っ立ってないで、ラークスも早く座りなさい」

父は椅子に座りながら、お前も早く座れと催促した。

ラークスははっと我に返り

「ごめんごめん。お腹すいてたから」

そう言い、机の前にある椅子に急いで座った。

この家ではラークスが産まれたからずっとラークスと父の2人で暮らしており、互いに向かい合うよう椅子が２つ設けられている。母はラークスが産まれてすぐに亡くなってしまい、ラークスは母の顔や性格などの情報を一切知らない。知りたいとは思っているが、父の心中を察し自分からは触れないようにしているのだ。だがラークスからすれば、父という存在がいるだけでもとてもありがたいと感じていた。

「そうか。じゃあさっさと食べるか」

「うん」

「「いただきます」」

2人は目を閉じ、手を合わせることで、動物や自然への感謝を表した。

その姿勢のまま数秒時間が経過すると、ラークスは木製のスプーンを手に持ち、むさぼりつくようにトマトスープを食べ始めた。大好物かつ腹がいつも以上に空いていたこともあり、手を止めることなくすぐにスープを飲みほした。彼は反対にスープのコクをしっかりと味わうようゆったりと食べ始め、ラークスがスープを食べ終えた時にはパンにも手をつけ始めていた。

「凄く美味しいよ父さん。おかわりしてもいい？」

まだまだ食べ足りないという様な顔色でラークスが口を開いた。

「ああ、もちろんだ」

彼は手に持っていたパンを皿に戻しながらニコッと笑い、嬉しそうに答えた。

彼はラークスのことが愛おしくて堪らなく、特にこういったところが大好きだった。ラークスは人に優しく、どんなことも誤魔化さず素直に褒めてくれるので、毎日料理を作ることが楽しみになるなど、沢山の物事を好きにさせてくれた。そういった性格を１人の息子として誇りに思い、ラークスには人をやる気にさせる才能があるのではないかと感じていた。

ラークスは今も机にある料理を美味しそうな表情でバクバクと食しており、その姿を見ていると、彼自身で作った料理だが無性に食べたくなり、手が料理に吸い付つかれるよう無意識に動かしていたのだった。

ーーーーーーーーーー

「「ごちそうさまでした」」

２０分後２人は食事を済ませた。

料理はすべて食べつくされ、机には空になった白いお皿が何枚にも重ねられていた。

「もうお腹いっぱいだよ」

ラークスは腹をポンポンと叩きながら、満足したように椅子にもたれかけた。

「それにしてもトマトスープが本当に好きだな。多めに作った分もすぐに無くなってしまったしな」

「まあね。美味しすぎてつい」

彼は少し照れくさそうに頭をかいた。そして心から思った。今日も料理をして良かった。日頃から料理の研究をしておいて良かったと。

その様子を見たラークスは微笑み、今なら教えてくれるかもと話を続けた。

「じゃあ今日こそ教えてよ。人族以外の種が滅んだ理由と１０００年前まで存在したはずのエルフ族、獣人族、ドワーフ族、ヴァンパイア族が歴史からその名前を消されていることをさ」

ラークスは父が持っていた本をこっそりと読んだときに、疑問に思ってしまったのだ。人族以外は過去には存在しないという記述に。街に行った際、作り話を読んだことがあった。エルフは耳が特徴的でどの種族よりも長いと。そして街には1人もいない、その作り話に書いていた通りの人物が目の前にいたのだ。当然、不思議に思うだろう。

そしてラークスは父に聞いた。

父さんはエルフなのかと。本当は人族以外の種族が存在したのかと。

ラークスはこの時の父の様子を今でも覚えていた。

長考する父の姿を。

そうラークスは今まで父の悩む姿を見たことがなかったのだ。

そして彼は誰にも話してはいけないと言い、イエスだと答えた。

自分はエルフで他の種族も存在していたと。

ラークスにとってそれは衝撃的なことだった。

その為ラークスはそれからほぼ毎日、父にこのことについて聞くようになった。

だが父はエルフ族、獣人族、ヴァンパイア族が１０００年前までは存在していたということ以外は何も話してくれなかった。

父は恐れていたのだ。全ての真相を話せばラークスに危険が及んでしまうかもしれないと。

だが今日は違った。

「んーー」

父は手を組み、少しの間考え込んだのだ。

いつもは考える素振りも見せない父が考え込む。あり得ない事態だとラークスは思った。

すると不意に椅子から立ち上がり、窓際へ向かった。

そしてその青い瞳で、月明りで照らされた森を見つめながら

「分かった」

と言った。

父はしばらく森の様子を見つめていたが、ラークスのほうに振り返り、ラークスの元まで歩み寄った。

そして座っているラークスと同じ目の高さになるようにしゃがみこんだ。

ラークスはその彼の真剣な表情を見て、ピンっと背筋を伸ばした。

「ラークス。もしも１０００年前に起きた悲劇を知りたいのなら、強くなり、心の底から信用できる仲間を探し、世界を巡り、色々な人と出会いなさい。そして約束しなさい。私のこと、昔には人間以外の種族が存在していたことは信用した人間以外には話さないと。そうすれば少しは分かるかもしれない。対策はしたが綻びはある」

とラークスの手を握り締めながら言った。

(仲間？対策？)

その多くの情報にラークスは何がなんだが分からなくなり困惑していた。

なんで仲間が必要なの？対策って一体なに？

父にそう問いかけようとしたが、口が動かない。

ラークスは困惑した。

そして

「えぇぇそれってヒントじゃん。それじゃ分からないよ」

ラークスの意思とは別に勝手に口を開いていた。

(なんだこれは？)

ラークスはその光景にさらに動揺した。

「そうか。いつかわかるようになるさ。

さあ、かた〇け〇〇を〇〇〇か」

だがそんな暇もなく、父の声が段々と遠のいていき、視界が暗くなっていく。

待ってくれ。

聞きたいことが山ほどある。

父さん、父さん。

薄れていく意識の中、ラークスは必死に声を出そうとした。

だがその努力は虚しく、ラークスの意識は暗闇の中に沈んでいくのだった。