発注ミスのその先に 

 アイツは、どでかい箱に入ってやって来た。

 何とかリビングに入れ、俺は期待と不安に胸を膨らませながら開封した。

 そして一瞬固まった。 


 ——は?


 確かにそれは、俺がオーダーした通り、色白で、目を閉じていても分かる綺麗系な顔立ち、明るい茶色のセミロング……。

 だがしかし、しかしだ。


 俺は蒼白になって注文履歴を確認した。

 ‼︎

 『women's』にチェックが入っている。


——女性用……。


 あの夜、疲れ果てていた俺はアンドロイドの性別を聞かれていると勘違いして、女性用をオーダーしていたらしい。

 目の前で、眠り姫のように美しい男が横たわっている。

 

 どうする? 

 返品する?

 いや、セミオーダーは返品不可だったはず。

 では有料引き取りで送り返すしかないのか……。 

 返したらこいつはどうなるんだろう……壊されて捨てられる? 俺の間抜けなミスのせいで。

 流石にそれは無責任というか酷いのではないか。


 半日程あれこれ悩んだ末に、俺は覚悟を決めて、初期設定を開始した。

 1日のルーティン、食事の好み、起床時間、掃除の頻度等々を決めて、最後に名前だ。


「ルネ」


 男にこの名前はどうだろう……とも思ったが、結局は元々考えていた名前を入力した。


——起動。


 瞼が開き、美しいヘーゼルアイと目が合う。

 彼は2、3度瞬きをすると、ゆっくり起き上がった。


「初めまして、桂人くん。僕はルネです。これから君を誰よりも側で支えます。一緒に幸せになりましょうね」


「……」


 おおっ。動くと本当に人間そのもの、凄い技術だなこれ。

 美男子で、声も爽やかさの中に甘さを感じる癒し系イケボだ。

 よく出来ている。

 俺は感心してルネの全身を観察した。

 

「あの、お気に召しませんでしたか?」


 ルネは不安そうに尋ねてきた。

 

「いや、そんな事ないよ。格好いいよ」


 そう答えるとルネは、はにかんで微笑んだ。中々に可愛い仕草をするではないか。


「マジで凄いな。俺が女だったら、抱きついちまいそうだ」


「良いですよ、遠慮なく抱きついてください。僕は君のものですから」


 ルネは腕を広げた。


「……。うーんとだな。ルネは学習能力が高いんだったよな」


「ええ。体験から自ら学んで成長できるように設計されています」


「じゃあさ、ちょっと話し合おうぜ」


 俺は、ルネをソファに移動させて、これまでの経緯を説明した。



「それは……かえって申し訳ないことをしましたね。僕なんかが出てきて、さぞ、がっかりされたでしょう。それに、高い買い物なのに、発注画面が紛らわしいなんて、クレーム案件になるのではないでしょうか。今ならまだ別な子との交換ができるかもしれません。急いで連絡をしてはいかがでしょうか」


 俺の説明を聞いた後、ルネは思いがけない提案をした。

 クレーム返品?

 確かに、出来るかもしれない。一瞬、このクオリティで好みの女の子が来たら最高なんじゃないかとも考えた。

 でも、俺は覚悟を決めてこいつを起こしたんだ。


「ありがとう。でも、もし戻ったらルネは消えちゃうんだろ。それは申し訳ないよ。それに俺、嫁がどうしても欲しかったって訳じゃなくてさ、ちょっと寄り添って話を聞いてくれる相手が欲しかっただけなんだ。まだ出会って数分だけれど、ルネと俺の相性ってそんなに悪くない気がする。このまま友達として居てくれないかな」


 ルネの表情が明るくなった。


「良いんですか?」


「もちろん。ルネも、その……本来なら女性を幸せにするために生まれてきたはずなのに、こんなおっさんとの生活で申し訳ないけれどな、頼むよ」


「とんでもないですよ。桂人くんは本当に優しいですね。君のパートナーに選んで頂けて僕は幸せです。これから末長くよろしくお願いします」


 ルネが差し出した手を俺は握り返した。

 それは俺より少し華奢だけどしっかりした男の手で、温かかった。

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