トンネルで消えた緑の宝石
タクシーのエンジン音が低く響く中、私はハンドルを握りながら、バックミラー越しに後部座席に座る女性をちらりと見た。彼女は、手元の小さなケースに視線を落とし、何かをじっと見つめている。その表情には、困惑と少しの不安が浮かんでいた。お客様の様子には常に気を配るよう心掛けているが、この女性の様子は少し気になった。
しばらくの沈黙の後、彼女はポツリと声を漏らした。
「おかしいんです。さっきまでこの宝石、緑色だったのに、今は赤く見えるんです」
彼女のその言葉に、一瞬驚いたものの、すぐに理由が頭に浮かんだ。目の前に広がるトンネルの中、車は走っている。トンネルの中の照明は独特で、外の自然光とは異なる人工的な光が車内にも影響を与えていた。
「宝石ですか?」私はミラー越しにそのケースを見ながら、穏やかに声をかけた。
「それ、アレキサンドライトじゃありませんか?」
彼女は目を見開いて、私の方をじっと見た。
「そうです、よくご存じで。でも、どうして色が変わったんでしょう?」
私は軽く笑いながら、視線を前に戻した。
「アレキサンドライトは、光の種類によって色が変わるんです。自然光の下では緑や青に見えるんですが、人工光、特に白熱灯のような光の下では赤く見えることが多いんですよ。今、トンネルの中だから、その照明が影響しているんだと思います。」
バックミラーに映る彼女の顔には驚きの色が広がり、手元の宝石を改めて見つめ直している。
「なるほど……そんな宝石だったんですね」と、彼女はつぶやいた。
タクシーがトンネルを抜け、再び外の自然光が車内に差し込むと、彼女の手元にある宝石は再び緑色に戻った。彼女はその瞬間に微笑んだ。「また緑色に戻りましたね。光の影響だったんですね」
「そうですね」と私はうなずいた。
「アレキサンドライトは、光に反応して色を変える特性があるので、外と室内で違う色を楽しめるという面白い宝石なんですよ」
彼女は感慨深げに頷き、宝石を再びケースに戻しながら微笑んだ。
「目から鱗です。こういうことがあるんですね」
「日常の中にも、こういう小さな謎が隠れているものです」と私は答えた。
車は再び街の喧騒の中へと走り出した。私は次の目的地に向かいながら、ふと、また別の乗客との会話が楽しみになっていた。何気ない日常の中にこそ、たくさんの謎が潜んでいる。それを見つけ、解く瞬間の快感はたまらない。次はどんな謎が待ち受けているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。