ペットボトルの中身が入れ替わる? そんなバカな……
タクシーに乗り込んできた乗客は、50代半ばの男性だった。落ち着きのある面持ちだが、その額には微かに汗がにじんでいる。どうやら急いでいるようで、ドアが閉まると同時に「新宿まで急いでください」と短く指示を出した。私はアクセルを踏み、車を走らせた。
しばらく沈黙が続く中、後部座席からバッグを漁る音が聞こえた。男性は何かを取り出したようだ。ミラー越しに確認すると、彼の手には透明なペットボトルが握られている。どうやら水を飲もうとしているらしい。
ペットボトルのキャップを開ける音が響き、男性は一口飲んだ。そして突然、戸惑いの表情を浮かべて、ペットボトルを凝視し始めた。
「ん? おかしいな……」
彼の小さな独り言が聞こえ、私はミラー越しにちらりと目をやる。何か問題でもあるのだろうか?
「どうしましたか?」と私は声をかけた。
「いや、これ……水だったはずなんだけど、なんか変な味がするんだよな……」男性は困惑した様子でペットボトルを見つめ続けている。
「変な味、ですか?」
私は驚きを隠しながらも冷静に対応した。飲み物の味が突然変わるなんてことが本当にあるのだろうか?
「さっきまでは普通の水だったんだよ。でも今、なんだか変な味がしてるんだ」と、男性はペットボトルを私に見せようとした。
私は運転中で振り向くことはできないが、話が少し奇妙だと思った。ペットボトルの中身が急に変わるなんてあり得ない。
「何かの勘違いじゃないですか?」と私は言った。「水の味が急に変わることなんて、普通はありませんよ」
「でも、ほら見てくれ。さっき飲んだ時は確かに水だったんだ」と、男性はペットボトルをもう一度確認しながら言った。
私は運転しながらも冷静に考えた。ラベルを見ると、そのペットボトルはインド料理店の自家製飲料のようだ。男性が少し前に購入したものだろう。ふと気づいたのは、これが「ラッシー」ではないかということだ。
「もしかして、そのペットボトル、中身はラッシーではありませんか?」と私は問いかけた。
「ラッシー?」男性は不思議そうに首をかしげた。
「確かにインド料理店の飲み物だけど、普通の水だと思ってたんだよ」
「ラッシーはヨーグルトをベースにした飲み物です。油分や水分が含まれていることがあるので、時間が経つと分離することがあります。特に自家製だと、こういうことがよくありますよ」と私は説明した。
「そうか、確かにさっき振ってから飲んだから、最初は水のように見えたのかもしれないな……」男性は自分で納得したようだった。
「そういうことだと思います。タクシーの揺れでまた分離して、今飲んだ時に味が違って感じたんじゃないですか?」と私は笑みを浮かべながら言った。
「なるほどね、ありがとう。こんなちょっとしたことでも気づかないもんだな」と、男性は感心したように言った。
「日常の中にも小さな謎は潜んでいるものですよ」と私は返した。
タクシーは無事に新宿へ到着し、男性は降り際に感謝の言葉を残して去っていった。小さな謎が解け、私は次の乗客を迎える準備を整えた。私の仕事は続く――新たな日常の謎とともに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。